18話 光明見えずとも
翌日もヒナギクの特訓は続いた。
特訓と言っても、やることは非常に単純で、シュトロームの突撃をあえて受けるということ。
防御のプレイヤースキルを上げるためというわけではなく、ヒナギクのEKである「セミラミス」の進化のためだ。
本来、EKの進化はプレイヤーのレベルが5となることで行われるが、もうひとつの条件がある。レベルが5になるまでにEKを本来の用途で500回使用するということ。
仮にレベル5の間に使用回数が500に至らなかったら、プラス100回上乗せされる。それはEKが進化するまで上乗せされ続けることになる。
現在のヒナギクのレベルはちょうど20だが、シュトロームとの特訓が始まるまで、ヒナギクは「セミラミス」をほぼ使用していなかった。
本来ヒナギクは治療師であるため、前衛としてではなく、後衛として殿を務めるのが役目なのだが、その役目を完全に無視して、格闘士のように肉弾戦を仕掛けるのが、ヒナギクのプレイスタイルである。
その影響で「セミラミス」の使用回数はせいぜい100回、いや、50回も使用していているかどうかというところだった。
上乗せされた回数は15回。1500回の上乗せであり、本来の500回の4倍となる計2000回の使用が「セミラミス」の進化には必要だった。
そして「セミラミス」の本来の用途とは、治療師という職業とマッチした回復だった。ヒナギクがもし本来の治療師の役目を全うするプレイスタイルであったら、とっくに進化はしていたはずだった。
だが、ヒナギクのプレイスタイルでは、回復を施すことが少なかった上に、タマモが戦闘では経験値を稼げないという事情もあり、前回の武闘大会からヒナギクはほとんど戦闘を行っていなかったこともあり、いまだに「セミラミス」は初期段階のまま。
ヒナギクのプレイスタイルにも問題はあるものの、タマモの事情も加わるため、決してヒナギクひとりのせいではないが、そのプレイスタイル事態に問題があることは事実であった。
とはいえ、いまさらプレイスタイルを変えるつもりはヒナギクには毛頭もない。目下の問題は使用回数を2000回行うことである。
その最適解がシュトロームとの特訓であった。
はるか格上であるシュトロームと模擬戦を行う。通常であれば、経験値が普通の戦闘よりも多く取得できるのだが、模擬戦の終わりはいつもシュトロームの戦闘エリアからの離脱だった。
戦闘エリアからの離脱。わかりやすく言えば、某国民的RPGの金属製スライムの逃亡と同じ扱いのため、ヒナギクは経験値を取得していないのだ。
経験値を取得しないうえに、一撃一撃がヒナギクの防御を完全に抜いてくるため、大きなダメージを受けることになる。その分だけ回復を行うことができるため、使用回数はその分増加していく。
本来なら経験値を取得せずに、使用回数だけを伸ばすなんてことはできない。
レンの持つ「ミカヅチ」にしろ、タマモの「おたまとフライパン」にしろ、使用すればその分だけ経験値の取得に繋がるものだ。
しかし、「セミラミス」は回復用の長杖であることが功を奏してた。
レンの「ミカヅチ」は攻撃すればするほど、相対する相手の体力を削り、戦闘終了=勝利になってしまう。そうなると経験値の取得は避けられなくなってしまう。
タマモの「おたまとフライパン」に至っては、そもそもが調理道具であるため、調理を行えば行うほど経験値を取得できるでの、やはり取得回避など望めない。
だが、「セミラミス」は回復用の長杖であり、回復はいくら行ったところで、勝利に繋がることはない。回復とは単体だけで見れば負けないためのものだ。理論上、常にHPを回復し続けることができれば、負けることはない。
無論、回復量を凌駕する一撃を受けたり、回復が間に合わないほどの攻撃を受け続ければ負けることにはなる。
だが、ヒナギクが相対するのはシュトロームだ。シュトロームは絶妙の手加減を行い、ヒナギクの回復量を超過しない程度かつ回復が間に合う頻度で攻撃を行ってくれている。そのため、ヒナギクは経験値を取得することなく、回復の回数だけを稼ぐことが可能となっていた。
もっとも、回復をこなすにも限度がある。
何度も言うがヒナギクは治療師であった。
「EKO」において、治療師を含む後衛の魔術師系のプレイヤーは、軒並みHPよりもMPの方が多い傾向にある。
具体的に言えば、魔術師系のプレイヤーはHPの初期値が60だが、MPの初期値はほぼ倍の100となる。戦士系のプレイヤーはその逆でHPが100で、MPが60となる。ただし、それは通常のヒューマン種であればである。エルフや獣人はまた別の数値となるが、割愛する。
レベルアップ時のHPとMPの上昇量はどのプレイヤーでも一律で現在から10パーセントアップとなる。小数点は四捨五入となるため、現在のヒナギクのMPの総量は615となる。
一番効果が低い魔法でMPの消費は10となる。ヒナギクのMPでなら、61回使用できるということになるが、武闘大会までの一ヶ月をフルに使っても2000回には100回ほど足らないという計算になってしまう。
とはいえ、やらないままではいつまで経っても進化を望めない。
無謀ではあるが、それでもやらないという選択肢はヒナギクには存在しなかった。
もっと言えば、やるしかないのだ。
いまはただ「セミラミス」を振るうことしかヒナギクにできることはなかった。
「さぁ、始めようか、ヒナギク殿」
「お願いします。シュトロームさん」
光明は見えない。
見えないけれど、いまは闇の中をただ歩き続けることだけ。
それだけがいまのヒナギクに行える唯一のことだった。
ヒナギクは「セミラミス」を強く握りしめながら、シュトロームとの対峙を今日も始めた。
シュトロームの姿が消え、強かな衝撃に身を舞わせながら、歯を食いしばって立ち上がる。
すべては強くなるため。
守って貰う存在から対等の存在に戻るために、ヒナギクの挑戦は今日も始まりを告げるのだった。
HPMPは調整するカモです。やっぱり最大値の10%アップは多いですし。




