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16話 そのぬくもりに誓いを

「──それで、どうにもレベルアップが遅いんです。掲示板を見てももっと早くレベルアップができるはずなのに、どうしてかなぁって思っているんですけど」


「あぁ、そのことですか。その問題はボクも直面していますよ」


「タマモさんもなんですか?」


「ええ。というか、ユキナちゃん以上に直面していると言いますかねぇ」


「どういうことですか?」


「実はですね──」


「タマモのごはんやさん」が開店して現実換算で数日が経った。


 ゲーム内換算だと約1週間。いまのところ、売り上げの問題はない。


 だが、いずれ問題となるものは、少しずつだが顕在化していった。


 そのうちのひとつが、ホールスタッフのチーフをしているデントと看板娘として早くも地位を確立しているユキナの待遇である。


 ふたりは現在の「タマモのごはんやさん」において、重要な戦力だった。


 そのふたりの待遇、特に給与面において、いまのところ、他のスタッフと同一ということになっている。


 タマモとしては他のスタッフよりも給与等で優遇しようと考えていたが、当のふたりから当面の間は格差はなくてもいいと言われているため、いまのところはその言葉に甘えさせて貰っている。


 だが、いつまでもこのままというわけにはいかない。


 同じ仕事でも、能力差があるというのに、待遇が同じというのは問題である。


 優遇するとして、一番わかりやすいのが給与面の格差だ。


 時給を上げて、月給に差を生じさせることが、もっともわかりやすい待遇面の差となる。


 いまのところ、各種手当てなどの現実世界同様の処置はするつもりはない。というか、そういう制度まではいまのところ、ゲーム内世界にはない。


 さすがにゲーム内でも現実同様の制度などいらないというのが、プレイヤーのみならず、運営の考えであるようだ。


 そのため、各種手当て等を除外すると、やはり一番わかりやすい待遇の差が、給与の格差となるのだが、当のふたりが給与は他のスタッフと同じでいいと言われているので、当面は現状のままだが、いずれはきっちりと格差を生じさせるつもりだ。


 加えて、出勤のローテーションも今後は見直さないといけない。武闘大会までは毎日営業するつもりではいるが、いつまでもというわけにはいかない。


 ログイン限界である4時間のうちの3時間を営業時間に充てている現状は、スタッフたちに無理をさせているものだ。


 本来であれば、ゲーム内世界をそれぞれが自由にプレイできる時間の大半を、タマモの都合で奪い取っているのだ。


 それぞれゲーム内での約束や、組んでいるクランでの用事もあるだろうに、いまはそれぞれに約束や用事などを個々人で調整してくれている。


 調整と言えば聞こえはいいが、要はしなくていいはずのことを無理をして付き合ってくれているということだ。


 それを今後も続けるというのは、あまりにも不義理すぎる。


 武闘大会までの一ヶ月間ならばまだしも、それ以降もいまのままというのはデントとユキナの待遇面以上の問題となってしまう。


 武闘大会後は、営業する時間、いや、日数を減らしてそれぞれの都合に合わせて営業日を調整する必要性がある。


 いまのところは、まだタマモの胸の内にだけある予定であるが、いつかは全スタッフの前で話す必要があることであろう。


「──へぇ、そんな仕様があったんですか。どうりで何回戦ってもぜんぜんレベルアップしないわけですね」


 ユキナは合点がいったと言うように、ぽんと手を叩いて頷いていた。


 今後の営業に関するあれこれを考えながらも、ユキナの疑問に対する答えを口にできていたことに少しだけ驚きながらも、タマモはステータス欄を表示させていた。


「どうにもこのゲーム内では「妖狐族」は、レベルアップのための必要経験値が多いみたいなんです。通常の「妖狐」でも他の種族よりも倍の経験値が必要となるんですよ」


「じゃあ、他の人よりも倍戦ってようやくってことですか」


「そういうことです。ただ、それは通常の妖狐であればですけどねぇ」


 ふぅと小さくため息を吐くタマモ。我ながら憂いが含まれているなぁとしみじみとタマモは思った。そんなタマモの様子になにかしらを察したようで、ユキナは「もしかして」と恐る恐ると声を上げた。


「タマモさんは、もっと経験値が必要なんですか?」


「……ええ、以前のボクは「金毛の妖狐」っていう特別な種族だったんですけど、通常の横よりも3倍必要だったんですよ」


「……3倍?」


「ええ。通常の妖狐よりも3倍です。つまり、他のプレイヤーと比べたら6倍の経験値が必要でしてね」


「……うわぁ」


 ユキナがいままで見たことがない表情を浮かべた。わかりやすく言えば、ドン引きであった。普通に考えれば、レベルアップするだけで通常よりも6倍も経験値が必要なんて言われれば、誰だって同じような顔をするであろう。


 が、タマモの苦難はまだそれでも半分である。


「ええ、それだけでも「うわぁ」って言いたくなりますよねぇ。けどね。それだけならまだましだったんですよ」


「……え?」


 タマモは遠くを眺めるようにしてすっと目を細めた。その様子に「これ以上にまだ苦難があるの?」と言うかのように、タマモとは逆に目を見開くユキナ。そんなユキナを見遣りながら、タマモは自身のEKである進化したフライパンとおたまを取り出した。


「……これがボクのEKです。まだ見せたことはなかったですが」


「いえ、見たことあります。いっぱい」


「? そうでしたか? まぁ、いいかな。えっと、この子たちはかなり特殊なEKでしてね。本来の使用方法でない限り、経験値をろくに取得できないっていう仕様なんですよ」


「本来の使用方法ってことは、お料理するってことですか?」


「ええ。逆に調理しないと経験値はまともに入りません。すべて一律で1になってしまうのです。どんな強敵と戦おうとも例外なく経験値は1だけです」


「……」


 空いた口が塞がらない。


 ユキナのいまの様子はまさにその言葉通りのものである。


 それどころか、表情にははっきりと「嘘でしょう?」と書かれていた。


「それに加えてですねぇ」


「まだ、あるんですか?」


「ええ、まだあるんです。まぁ、経験値関係よりかはましなんですが、ボクのステータス、全体的に低いでしょう?」


「え? ……そう言われれば、たしかに私とそこまで変わらないです」


 そう言ってユキナは自身のステータス欄を表示させた。その欄を見ると、たしかにいまのタマモと大差ない数値が表示されていた。



 ユキナ 


 LV 3


 種族 妖狐


 職業 治療師


 HP 97


 MP 97


 STR 8


 VIT 7


 AGI 9


 DEX 9


 INT 10


 MEN 10


 LUC 7


 スキル 接客、調理、治療魔法、付与魔法、水魔法


 ユキナのステータスは軒並み低めではあるが、タマモの初期値に比べると圧倒的な差があった。タマモの場合は高くても3までであり、ほとんど1か2しかなかったのである。それと比べればユキナのスタータスは圧倒的と言ってもいいレベルである。


 なお、他の種族と比べたら、ユキナは若干低いと言われる程度だが、タマモの初期値は「悲惨」の一言だけであろう。


 そんな悲惨すぎた過去を思い出し、タマモの目はより細められてしまう。その様子から、「どれだけ低ステータスだったんだろう」と若干体を強ばらせるユキナ。


「ユキナちゃんは恵まれたステータスですねぇ。ボクの場合は、初期値が高くて3で、低くて1でしたねぇ」


「……冗談、ですか?」


「いいえ、本当なんですよ。クラスチェンジを果たして、ようやくほとんどのステータスが10を超えてくれましてね。それまではステータスはぜんぶ1桁でしたよ。本当に笑いしか出ませんでしたねぇ」


 あははは、と乾いた笑いを上げるタマモ。ユキナはその声にただ言葉を失った。ユキナ自身、タマモに憧れて妖狐となったのだが、その妖狐はかなり癖のある種族であることを現在は痛感していたが、それでも憧れのタマモのようにと日夜頑張ってはいた。


 しかし、まさかそのタマモが自身の努力なんて鼻で笑えるほどの苦難を歩んでいたとは思ってもいなかった。


「大変でしたね」と言いたいところだが、タマモの苦難の半分さえも経験していないのに、なにを以て「大変でしたね」と上から目線のようなことが言えるだろうか。ユキナは口から出そうになった言葉を飲み込んだ。飲み込んでから、どうすればいいだろうと頭を悩ませる。

 当のタマモは、ユキナが言葉を飲み込んだこととどう言葉を掛けようかと悩んでいるのを理解しながら、「本当に優しい、いい子だなぁ」と改めて感じていた。


(希望もこの子くらい、いい子だったらいいんですけどねぇ)


 ユキナを眺めつつ思うのは、ユキナよりも少し年長な従妹であった。あの従妹もある意味わかりやすくはあるのだが、ユキナとは違い、暴走の危険性が常に付きまとうという厄介な子でもあるのだ。


 暴走しやすいという厄介な性質はあるものの、それを差し引いても希望は一般的に「いい子」の範疇にはある。ただ範疇にはあるものの、ことタマモ、いや、まりもに関しての事柄でのみ、リミッターと言うべきか、歯止めとなるべき理性が希薄になりやすい傾向がある。


 そのうえ、その希薄になる傾向がいまひとつわかりづらいのである。


 一言で言えば、どこでどう暴走するのがわからないのだ。


 気づいたら暴走していた。


 それがまりもにとっての天海希望という従妹の印象であった。


 以前電話で話したときも、完全に暴走していたのだが、幸いというべきか、掲示板では恐ろしい勢いで戦闘を繰り返すクランを見かけたなんて話はなかったので、前回は暴走が不発で終わったようであった。


 だが、それは不発で終わった分だけ、その質が上がったということでもある。


 正直な話、一度不発したという事実が、タマモには恐ろしくてたまらないのだ。


 次の暴走は確実に不発した分も含めて、通常の暴走時よりも多大な被害を与えることになるのは目に見えている。


(あの子の、見知らぬクランの方々、本当にごめんなさい)


 これもすべては当時のタマモが希望の勢いに負けて、「最前線の攻略組にいる」なんて嘘を吐いてしまったがゆえの惨事。できることならば、希望の所属するクランメンバーひとりひとりへと謝罪を行いたいところなのだが、当の希望bがいまのところ接触してくる気配がないため、謝罪行脚はいまのところ行えないのだ。


 だが、何事もないなんてことは絶対にないので、いつかは必ず多大な被害を生むことは明らかである。


 そのときのためにいまから少しでも謝罪の準備を進めておこうと密かに決意するタマモだった。


 そうしてタマモがいずれ来る謝罪行脚へと思いを巡らしていた、そのときだった。


「し、失礼します!」


 不意にユキナが叫んだのだ。


 なんだろうと思ったときには、背中に暖かなぬくもりが伝わってきた。ぬくもりとともにいままであまり嗅いだことのない匂いがした。エリセとも、アンリとも違う香り。その香りに戸惑っていると、ユキナの声が、若干震える声が聞こえてきた。


「わ、私はタマモさんになにか言うことはできません。私は、タマモさんと同じ苦労はしていないですから。だから、その、言えることなんてなにもないです。でも、その、私少しでもお力になれればなって思って、だから、えっと」


 しどろもどろになりながら、ユキナは自分の気持ちを語っていく。その内容にタマモはくすりと笑っていた。笑いながら自身の胸元に回っていた小さな両腕にそっと触れた。ユキナは「ぁ」と小さく声を漏らす。その声に胸のうちが少しだけ温かくなるのをタマモは感じた。

「ありがとう、ユキナちゃん。その気持ちだけでも十分嬉しいですよ」


「……ごめんなさい。こんなことしかできません」


「いいんですよ。君のその気持ちだけでボクは十分に嬉しいです」


「でも」


「それにですね。そもそもの話、ユキナちゃんだけじゃなく、どんな人だって誰かのためにできることなんて、ほとんどないんですよ?」


「え?」


「どんな立派な人でもですね。自分以外の誰かにできることなんて、せいぜい背を押してあげることか、手を差し伸べることくらいなんです。あとはその人自身がどう行動するかくらいしかないんですよ。ユキナちゃんはユキナちゃんができることをしてくれている。ユキナちゃん自身を責めることはないのですよ」


 背中を押すこと、手を差し伸べること。誰かのためにできることはそのふたつしかない。そうタマモは思っていた。だからこそ、ユキナはもうユキナにできることを精一杯にしてくれている。ユキナがユキナ自身を責めることなどないのだ。


 あとはもうタマモ自身が行動するだけ。そのための勇気をユキナは与えてくれた。だからこその「ありがとう」だった。


 ユキナ自身もっとやりたいことはあるだろうに、そのやりたいことの時間を消費してタマモに付き合ってくれている。タマモから返してあげられることなんてほとんどないというののに関わらずだ。


 いや、付き合ってくれているのはユキナだけじゃない。デントやほかのスタッフたちだって、食材を提供してくれるプレイヤーたちだって、みんなそうだ。


 みんなの好意があってこそのいまがある。その好意に胡座を搔くつもりはない。


(……頑張らないとですね)


 目的のために、アンリを取り戻すために、絶対に負けられない。その思いを新たにタマモは胸に宿した。胸に宿しながら、ユキナの精一杯のエールに不思議な心地よさを感じつつ、タマモはログイン限界までの時間をユキナとともに過ごすのだった。


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