22話 私が普通だと思えば、それが普通なんだよ Byヒナギク
それは暴風だった。
ただ腕を伸ばされただけだったはずなのに、タマモに襲い掛かったのは暴風としか言いようがないほどの強風だった。
少し体をずらすだけでは、その風の前ではかえってバランスを崩されるだけ。かと言って大きく避けてしまったら、勝利条件の達成などできなかった。
「ほらほら、逃げちゃダメだよ、タマちゃん」
ニコニコと笑うヒナギク。そう、ニコニコと笑いながらヒナギクは攻めたてて来る。それはまさに嵐のようだった。
同じ嵐であっても、レンのそれとはまるで質が違っていた。
レンの場合は、手数が多すぎるという意味合いだった。
実際レンの攻撃はすべて多彩であった。ただ多彩ではあったが、威力自体はそこまで高くないというのはわかっていた。
ただあまりにもスピードがありすぎていた。それこそ目にも止まらぬ速さというところだろうか。
もっともレンの場合はだいぶ手加減をしてくれていただろう。
絶対的に安全なものとレンは何度も言っていたから、おそらくは安全になる程度には加減してくれていたはずだ。
そんなレンとは対照的にヒナギクのそれは加減という問題ではないのだ。
ただ腕を振るうだけで暴風が起こり、腕を振り下すだけで地面が割れ、触れただけで木が折れるという、まさに自然界の嵐そのものである。
レンがスピードであれば、ヒナギクは典型的なパワーファイターというところ。
これで戦士でも格闘家でもなく、後衛の治療師なのだから笑えない。
……治療師というのは典型的なパワーファイターでなければ務まらない職業だったのかとタマモは内心首を傾げていた。
(って、そんなことを考えている場合じゃないですよ!?)
タマモはずれていた思考を慌てて戻した。だが、戻したときにはすでに遅かった。
「隙だらけだよ?」
ヒナギクの右手がタマモの頭上に迫っていたのだ。もう回避は間に合わないし、受けることなどもってのほかである。タマモは涙目になりながらまぶたをぎゅっと閉じた。そして──。
「はい、タッチ」
「ぐぼぉ!?」
ヒナギク的には優しくタッチしてくれたのだろう。
しかしタマモにとってそれは優しいというレベルではなかった。そういうレベルを通り越していた。
みずからの口から上がったとは思えない妙な声を上げながら、タマモは地面とキスをすることになった。
……セカンドどころかサードさえもとうに終わっていた。口の中には甘酸っぱさはない。あるのはただ土の味だけだった。
「もうタマちゃん。ダメだよ? 特訓とはいえ、ふざけていたら怪我しちゃうんだからね?」
しかしタマモに地面とキスをさせてくれているヒナギクは、タマモの行動をおふざけだと取ってくれたようだ。
……だれがこんなことをおふざけでやるものかとタマモは思ったが、悲しいことにヒナギクには通じない。
「ひ、ヒナギクさんの力が強すぎるんですよぉ」
「そんなことないよ? 普通だもの」
「……絶対普通じゃないですよぉ」
そう、ヒナギクの言う通り、これは普通ではない。普通であっていいわけがないのだ。
むしろこれが普通となったら、いままでの常識がすべて覆りそうである。
それくらいにいまのタマモに起きていることは普通ではなかった。
しかし当のヒナギクが普通だと言う以上はなにを言っても無駄である。
「ほら、お釈迦様だって「我思うがゆえに我あり」と言っているじゃない? それと同じ。私が普通だと言えば、それが普通なんだよ」
「……なんですか、そのジャイアニズムに似た考えは?」
某ガキ大将の「おまえのものは俺のもの。俺のものも俺のもの」という名言とヒナギクの言っていることはとてもよく似ていた。
ただあのガキ大将ほどに横暴ではないだけで、実質同じだと言っていい。しかしヒナギクはやはり無自覚だった。
「まぁまぁ、それはいいからさ。ほら続きしようか。次はもうちょっと力を籠めるね」
「意味がわからないんですけど!?」
力が強すぎると言ったのに、なぜ緩めるのではなく、力を籠めるのか。まるで意味がわからなかった。
「うん? だって力を籠めれば、それまでは手加減していたんだなぁって言うのがわかるじゃない? だからだよ?」
「言っていることがおかしいですよ!?」
たしかにそう捉えることはできる。できるが、やはりそれはおかしいだろう。
力が強いと言われるのであれば、より力を籠めればそれまでは加減していたと思ってもらえるというのはどう考えてもおかしい。
むしろどうやったらそういう発想に至れるのかがタマモには理解できなかった。
「さぁ、いっくよー?」
「ま、待って。待ってくださ──ぎゃー!?」
しかしどんなに理解できなくてもヒナギクは止まらない。止まってくれない。
再び脅威の暴風が吹き荒れていく。吹き荒れる暴風にタマモは晒されることしかできなかった。




