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12話 針のむしろ

 エリセと同じ色の髪と毛並みをした妖狐の少女ことユキナ。


 そのユキナに対して、タマモの第一印象は「変わった子だなぁ」というものだった。


 どうしてなのかはわからないが、いきなりタマモの顔を見るなり、奇声を上げたのだ。エリセと同じ色の瞳は、アニメやゲームでよく見るぐるぐる模様を描いていたので、相当に混乱していたということは覗えた。


 加えて、「細かいところを本当に抑えていますよねぇ」とこのゲームの妙な拘りをまた感じさせられたのだが、それはそれであった。


「ど、どどどどうして、あわわわわわわ!」


 タマモが妙な拘りを感じさせれている間も、ユキナの動揺は続いていた。言葉を発しているが、それはまともな言葉になっていない状態であった。そんなユキナを見て大ババ様はニヤニヤと楽しそうに笑っていた。その大ババ様にエリセは呆れたようにため息を吐いていた。


「人悪いどすなぁ」


「さぁて、なんのことやら」


「まぁ、伝えそびれとったうちも悪おすけど、わかっとってこら、さすがに擁護できしまへんよ?」


「ふふふ、いいじゃないか。こういうものはさっさと経験させておくに限る。それに支えとなる存在はやはり必要だからねぇ。その支えはいくらあっても困りはしないさ。それともなにか? おまえさんは自分がいればいいと思っておるのかい?」


「……なにを仰ってるか、わからしまへんなぁ」


「そういうことにしておこうかねぇ」


「……ほんまに厄介どすなぁ、リーゼ様は」


「伊達に千年生きておらんのでな」


 かっかっかと高笑いをする大ババ様と、苦々しい顔を浮かべるエリセ。対照的な反応を見せるふたりに気付くことなく、タマモはいまにも卒倒しそうになっているユキナへと声を掛けていた。


「あ、あの、大丈夫です?」


 恐る恐ると声を掛けるタマモ。その声に「ふにゃぁ!?」と背中を大きくびくんと震わせるユキナ。その思わぬ反応にタマモもまた背中をびくんと震わせていた。


 そのとき、タマモはユキナがタマモ自身にどういう感情を向けていたのかをわかっていなかった。そしてユキナもまたタマモがどういう人柄なのかを理解していなかった。ユキナが知っているタマモは、叔父であるデントが教えてくれた内容と公式のPVで見た武闘大会での姿だけであった。


 ふたりは揃ってお互いのことを理解していなかった。ゆえに、それは必然であったのだ。


「……えっと、失礼しますね?」


 タマモは若干及び腰になりつつも、ユキナの前髪を掻き上げた。いきなりのことにユキナは「……ほぇ?」と固まったが、タマモはユキナの硬直を許可したという風に曲解してしまう。そして前髪を掻き上げたことで露わになった額にみずからの額をこつんと合わせてしまう。


 その瞬間、ユキナは体だけではなく、表情まで硬直した。それはユキナだけではなく、そばに控えていたエリセも同じであった。大ババ様はその光景に腹を抱えて笑い出していたが、当のタマモは三者の反応を気に留めることなく、まぶたを閉じて考え込んでいるようだった。


「……ん~? 熱はないですねぇ」


 タマモはぽつりとそんなことを呟いた。ユキナの体調がよくないのではと思い、とりあえず体温を測ることにしたというのが真相であった。


 なお、余談ではあるが、この測り方はタマモが現実内でもよくするものである。大体の犠牲者は莉亜や藍那、早苗あたりである。時々、父である当主にも行うが、それぞれの反応がどうなるのかはもはや語るまでもない。あえて言うならば、苦笑と硬直、そして卒倒と分かれるというところだろうか。誰がどの反応なのかもまた言うまでもないことであろう。


 さらに余談だが、そんなタマモの体温の測り方を見て、母であるまりなは「本当にユニークよねぇ」と笑っている。笑っているが、わずかにその視線には嫉妬のそれが見え隠れしているのだが、そのことにタマモが気付くよしもない。


 そして、このときのユキナの次なる反応がどうなるのかを、タマモが気付くわけもなかった。タマモにとっては、ごく親しい人たちにしかしないものではあるが、このときはタマモ自身動揺していたこともあり、普段なら自身のパーソナルスペース的にごく近しい相手にしかしないはずの行為を初対面の相手につい行ってしまうほどに、タマモは冷静ではなかった。


 とはいえ、初対面でいきなり奇声を上げられ、いまにも卒倒しそうになる相手を見れば、誰だって冷静さなど欠けてしまうものである。タマモのそれはたしかに軽率ではあったものの、冷静ではなかったと思えば、致し方がないことではあった。

 

 だが、ゆえにそれは必然となった。いや、必然と化してしまったのだ。


「……えっと、大丈夫ですか?」


 タマモは目の前にいるユキナに声を掛ける。むろん、額を合わせたままでだった。


 その声にユキナは徐々に覚醒していった。硬直していた表情も少しずつ解放されていったが、同時にその顔はみるみるうちに朱が差していく。タマモの位置からは見えなかったが、頭上の青い立ち耳も心なしか赤く染まっていき、そして──。


「ふ」


「ふ?」


「ふっにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ユキナはお腹のそこからの絶叫を上げ、あるところでぷつんと糸が切れたように仰向けに倒れ込んだのであった。タマモは至近距離からの超音波攻撃に悶絶したが、倒れ込むユキナをとっさに抱き留めた。


「だ、大丈夫ですか!?」


 ひどい耳鳴りを感じつつも、タマモは卒倒してしまったユキナを抱きかかえた。だが、当のユキナはとても晴れやかな笑顔で気絶していた。それこそ、一片の悔いなしとでも言わんばかりの、とても清々しいものであった。


「旦那様?」


 なんでこの子笑っているんだろうと首を傾げるタマモだったが、ぽんと肩を叩かれたことで頭の中は真っ白となった。正確には肩を叩かれたからではなく、その声に対してであった。タマモが恐る恐ると振り返ると、そこには笑顔のエリセがいた。そう、笑顔なのだ。笑顔なのだが、どうしてだろうか、とても怖い笑顔を浮かべたエリセがいた。


 いや、笑顔というよりも、エリセという名の猛獣がタマモという名の獲物に対して牙を剥いている。そうとしかタマモには思えなかったのだ。そうとしか思えない類いの笑顔をエリセは浮かべていた。


「あとで「お話」しまひょね?」


 わずかに首を傾げつつ、エリセは言った。その言動にタマモは背筋をぴんと伸ばして「はい」とだけ頷いた。いや、頷くことしかできなかった。


「……カカア天下の方が家庭はうまくいくというのは道理であるしなぁ」


 大ババ様はタマモとエリセのやり取りを見て、そう締めくくった。要は尻に敷かれているということであったが、タマモ自身決して否定ができないことでもあった。


 そもそも、どうしてこうなったのかもタマモ自身定かではなかったが、下手なことは言えなかった。エリセの言動がどう変化するのかがわからなかったからだ。


 タマモにできたのは自身の腕の中で気持ちよさそうに気絶するユキナを抱き抱えながら、エリセの怒りが収まるのを待つことだけ。もっともユキナを抱き抱えていたら、エリセの怒りが収まるわけもないのだが、そのことにタマモは気付くこともなく、ユキナの意識が戻るまでその体を抱え続けた。


 後にタマモは語る。


「あのときほど、針のむしろって言葉を実感させられることはなかったですねぇ。「あぁ、こういうときに針のむしろって言うんだなぁ」って思いましたねぇ」


 将来的にそんなことを語ることになるとは思うわけもなく、タマモはエリセの視線という名の攻撃に延々と晒されながら、気を失い続けるユキナを抱きかかえ続けたのだった。

いろんな意味で「そうなるよな」というお話でした←ヲイ

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