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10話 将来的な問題

「──うん、これでよしっと」


「タマモのごはんやさん」の営業終了後、タマモは厨房そばのカウンターで書類作業に勤しんでいた。


「タマモのごはんやさん」はの営業時間はだいたい3時間ほど。現実世界で言えば、とても短いものである。


 だが、このゲーム内世界では、一日が現実の半分。約12時間であることを踏まえたうえで、現実世界に置き直すと、昼営業と夜営業が3時間ずつの料理店と言えばいいだろうか。


 現在タマモが行っていた作業は2日分の売り上げの集計である。無論、材料費や人権費などの諸経費をさっ引いた上でのものである。とはいえ、「タマモのごはんやさん」の材料費はあってないようなものであった。


 メインであるキャベベ炒めの主材料であるキャベベやフライドポテテのポテテもまた自家栽培のものである。元の種や種芋等は最初に農業ギルドで買いはしたものの、それ以降はすべて収穫したものから賄っているので、そちらの費用は最初の購入分だけ。


 水は目の前を流れる小川からのものだし、肥料は最初期に作った腐葉土で賄っているため、どちらもやはり費用は掛かっていない。


 仮に主材料の材料費を出そうとした場合、初期の種や種芋等の購入費くらいだが、それとてもう何世代も重ねているため、材料費を計上しようにもなかなかに難しいことになってしまっているため、ほぼロハと言っても差し支えのない。


 主食であるご飯や汁物の味噌なども徐々に購入から自家栽培へとシフトしつつある。まだ現在の収穫量だけでは賄えないため、いまは消費の半分以上は購入したものではあるが、購入費が掛からなくなるのも時間の問題と言ってもいい。


 残る材料費は油や醤油と言った調味料くらい。とはいえ、その調味料も一度に大量購入しているため、一食で換算した場合の材料費は驚くくらいに低い。とはいえ、プレオープンの際と比べると高騰はしていた。


 ただし、プレオープンのときとは違い、キャベベ炒めは定食になっているうえにサイドメニューだがフライドポテテが追加されてもいる。材料費は当時よりも高騰しているものの一食の単価も上がっているため、材料費に利益が吸われ尽くしているという状況にはなっていない。


 ただ、当時にはいなかったスタッフ等の人件費が経費に上乗せされているため、当時より利益が大きく出ているというわけではない。人件費自体はいまのところ、全員同等にしていた。それは看板娘であるユキナはもちろん、その叔父であり、ホールスタッフのチーフを任せているデントも同じであった。


 さすがにホールスタッフのチーフであるデントと、看板娘とはいえ特に役職のないユキナの人件費が同等というのは問題なのだが、当のデントから給料は同じでいいと言われているので、それに甘える形になっていた。


 だが、いつまでも好意に甘えるわけにはいかない。利益がもう少し見込めるようになれれば、いくらかの格差を生じさせなければならないが、いまのところはデントの好意に甘えるしかなかった。


「……いまのところ、利益は悪くないですね。でも、いつまでも利益が出るというわけでもないですし」


 そう、いまのところ利益はあるし、開店して間もないというのに人気店の一角になってもいる。


 だが、それがいつまでも続くとは限らない。いまの人気は開店したばかりであるため、物珍しさと前回のプレオープンの話題性があるからだ。


 料理の味自体は絶品とまではいかないが、それなりではあるだろう。ただ、そのメニュー自体の品数が少ないことが短所と長所を両方抱えることになる。メニューが少ないということは、その分先鋭化するこということになる反面飽きやすいという問題が生じる。かといってメニューが多くなれば飽きられることはないが、メニューが多くなるということはその分だけ材料が必要となり、自然と材料費は高騰してしまうという問題が生じる。


 メニューの豊富さを優先するか、メニューは少なくとも味で勝負するか。その店の方針によるが、基本的に料理店の方針はどちらかになる。


 いまのところ「タマモのごはんやさん」は味で勝負するという形になっている。だが、その味自体は絶品というにはまだほど遠い。ヒナギクに師事をしてようやく半年ほど。それまでほとんど調理自体をしたことがなかったことを踏まえれば、半年でここまで来たと思えば十分なレベルであろう。


 それにある程度までは技術を磨いたら、あとは実践で磨くというのは調理だけではなく、生産等の技術がものをいう職においては当たり前のこと。逆に言えば半年ほどの師事でタマモはすでにそこまでたどり着いたということ。初心者マークは外せるレベルだろう。


 だが、それは同時にここからが大変であるということ。基本が身についたら、あとは徹底的に実践を行い、基本形からの発展である。その道程は基本を身に付けるまでのそれよりもはるかに過酷である。それはどんな職であっても変わらない。ゆえにその道を行くものを「プロ」と呼ぶのだろう。


 タマモはいまようやく「プロ」の道を踏み出したというところ。いままでは「プロ」への道を踏み出すための準備期間だった。その準備期間を経て、歩み始めたばかりのいまは、理想的すぎる状況下にあると言ってもいい。


 しかし、いつまでもその理想的な状況が続くわけではない。表面化している問題はいまのところ存在していない。だが、表面化はしていなくても、少しずつ形になりつつあるものはあるのだ。


 特に顕著なのがデントの待遇面の問題だ。いまのところは好意に甘えていてもそれを恒常化させるのはさすがにまずい。


 次はメニューの品数。いまのところはキャベベ炒め定食とフライドポテテの2本柱で保っているものの、いつまでもそのふたつだけで保つわけもない。


 いまのところ、将来的な問題となりうるのはそのふたつだ。だが、そのふたつは逆に言えば、おいおいと解決まで持って行けるものでもある。早急にどうにかできる問題ではないということは、時間を掛けられる問題ということでもあるのだ。足早に解決したくはあるが、拙速は危険でもある。だから、いまのところは保留という形にしておけることだ。


 ゆえに、一番の問題と言えるものではない。むしろ、いまのところ表面化はしていない中で、一番悩ましい問題は他に存在していた。


「お、お疲れ様です」


 ひどく緊張した声がタマモの耳朶を打った。同時に視界の端にココアが注がれたマグカップが置かれた。視線を上げると、声同様にひどく緊張した様子のユキナが立っていたのだ。


「あぁ、ユキナちゃん、お疲れ様です」


「は、はい。お疲れ様です」


 ユキナに声を掛けると、ユキナは見ている側が恐縮するほどに緊張している。タマモとしてはどうしてそこまで緊張するのかがわからなかった。嫌われていないというのは、こうして「タマモのごはんやさん」に協力してくれることから明らかだし、もう営業が終了しているというのに差し入れを持ってきてくれることからも見て取れる。


 だからこそわからない。なんでこの子はこんなにも緊張しているのかが、タマモにはいまいち理解しきれなかった。


「エリセは?」


「えっと、御山に行くって仰っていました」


「あぁ、様子を見に行ってくれているんですか」


「そう、みたいですよ。それで、そのタマモさんになにか差し入れをって言われたので。コーヒーとかがいいと思うんですけど、私コーヒー苦手だから、ココアでいいかなぁって」


 両手の人差し指を突き合わせながら、ユキナはちらちらとタマモを上目遣いで見つめている。恋愛ゲームの攻略ヒロインとかにいそうだなぁとつい思ってしまうタマモ。だからと言って、ユキナを攻略するというわけではない。そもそもしようとも思っていなかったし、ユキナの実年齢を聞けば、攻略云々などを考えること自体がまずい。下手したら捕まるレベルだ。


 そもそも、ユキナの年齢を考えれば、そういうことに興味を示すにはまだ早いだろう。あと何年かすれば、いやでもそういう甘酸っぱい時期が訪れるのだ。もっとも当のタマモにはそんなイベントは訪れることもなかったので、甘酸っぱい時期が実際にはどういうものなのかはまるでわからないのだが。


「構いませんよ。ココアは好きですからね」


「そ、そうですか。ならよかったです」


 ほっと安心するように息を吐くユキナ。外見の年齢は同い年くらいに見えるだろう。若干タマモの方が年上にも見えるが、ほぼ誤差と言ってもいいレベルだ。


 だからこそ、もう少し気軽に接してくれてもいいとタマモは思っているのだが、当のユキナはどうしても気軽とは真逆の対応をしてくれる。現にいまも喜んではいるものの、倒れてしまうのではないかと思うほどに緊張しているように見える。


 どうしてそこまで緊張するのか。やはりタマモには理解できなかった。


 そう、デントの待遇やメニューの品数という問題とは別の問題になりえそうなものというのはユキナの存在だった。仕事をさぼるわけではない。むしろ、とても真面目ではあるのだが、タマモと接するとどうしてか異様に緊張してしまうのだ。


 その理由がタマモにはわからなかった。ただ、それが後々問題になるかもしれないという危惧があったのだ。どうしてそう思うのかもやはり理由はわからない。わからないが、放っておいていいことではないのだ。


 ただ、実際にどうすればいいのかはわからない。だからこそ、いまのところ放置しているしかなかった。


「あ、あの、タマモさん」


「なんです?」


「えっと、その、いろいろとお聞きしたいことがあるのですけど、いいですか? あ、もちろんお邪魔でなければでいいんですけど」


「いいですけど、ボクに答えられることってほとんどないですよ?」


「そ、それでもいいんです。だから、その」


 もじもじと内股になりながら、ユキナは上目遣いでタマモを見やる。そんなユキナの姿に苦笑しながら、タマモは隣の席を指先でとんとんと叩いた。


 ユキナの表情は満面の笑みになたった。その笑みを見やりながら、これからどう接していけばいいんだろうと思いつつも、タマモはつい数日前のユキナとの出会いを思い出していた。


お忘れかもですが、タマちゃんは結構モテますし、

無自覚にタラシます←

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