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5話 問題点

「──ふむ。問題は妖狐にあるな」


 シュトロームを始めとした氷結王の眷属である高位スライムたちとの特訓の最中のこと。


 位階としては3段階目、シュトローム曰く「厄介になる」辺りの高位スライムたちとの模擬戦が終わった後のこと。その模擬戦を観戦していたシュトロームがそう口にした。


「タマちゃんに、ですか?」


「私たちではなく?」


 シュトロームの言葉を受けて、ヒナギクとレンは揃ってシュトロームにと聞き返していた。なお、意思疎通のためにふたりもまた「物々交換者(水)」の称号を得ていた。


 タマモのときと同様に、ふたりもまた沼クジラと行っているのだが、タマモが行った個体である別名肉塊とは違い、氷結王の御山にと新しく飛来していた別の沼クジラとであった。その沼クジラもまた肉塊と同じくキャベベを、自身が育てていた沼レンコンとの交換で同意してくれたのだ。


 余談ではあるが、「物々交換者(水)」を得る際に、ふたりとも大いに悩んでいた。その理由が肉塊の言葉をタマモを通さずに理解してしまうことに躊躇していたからである。当初新しく飛来した沼クジラも肉塊と同じ穴の狢ではないかと思っていたのだ。


 だが、その沼クジラは肉塊とは違い、かなり礼儀正しい淑女であった。ただ、やはりと言っていいのか、肉塊ほどひどくはないがやはり少々問題はある個体であった。とはいえ、肉塊ほどひどくはない。むしろ、肉塊と比べるまでもなく人畜無害な個体であったのだ。


 それゆえにその個体は肉塊ではなく、「リリィさん(タマモ命名)」と呼ばれることになった。名前はリリィさんの性癖、いや、趣味に由来する。曰く──。


「恋愛って素敵よね。異性同士も素敵だけど、一番素敵なのは女の子同士がキャッキャッウフフするのが(以下略)」


 ──とタマモとエリセとのやり取りを見て、目を輝かせながらひれとひれを合わせて静かに拝み始めたのである。その言葉を聞いてタマモは「沼クジラってこんなんばっかりなんですか?」と思わずにはいられなかったが、実際に言葉を交わしてみると肉塊とは異なり、セクハラ発言は一切しなかったし、そういう目を向けてくることもない非常に大人しい個体であったのだ。


 リリィ曰く「理想の推しを見つけたというのに、嫌われたり、疎まれたりするのは初心者のすること。推しにはノータッチ。それがワタクシたちの流儀ですもの」とのことである。肉塊ほどではないものの、リリィもまた若干の残念さを漂わせてはいた。


 だが、重ねて言うが、肉塊ほどひどくはないのだ。肉塊同様に拗らせてはいるが、肉塊とは違って被害は皆無である。若干視線が生暖かい程度であり、肉塊のような気持ち悪さはなかった。あくまでも視線が生暖かいだけである。……ある意味、肉塊よりも性質が悪いと言えなくもないが、総合的に踏まえると肉塊よりも大幅にましであった。


 そんなリリィの性質を物々交換する前にヒナギクたちにも話したが、ふたりは若干のためらいを見せてはいたものの、最終的には「肉塊じゃないから」とリリィとの物物交換を行ったのである。


 そうしてふたりもまた「物物交換者(水)」の称号を得ることになり、リリィはもちろん、シュトロームを始めとしたスライムたちとの会話が可能となったのである。


 ちなみにタマモたちが現在いる場所は、以前肉塊が占拠していた沼であった。その沼にリリィは間借りしているのだ。ただ、肉塊の不法占拠ではなく、リリィは飛来した際に、御山の北側の管理者であるシュトロームに許可を貰い、間借りをしているので、肉塊とは違って常にボコられてはいない。


 むしろ、新しい食材である沼レンコンを供給してくれる存在として、スライムたちに好かれていた。それはシュトロームも同じであり、現在シュトロームはリリィの背中に乗って、タマモたちの模擬戦を観戦していた。それは背中に乗られているリリィも同じようで、「ロームさんと同意見です」と頷いている。なお、ロームさんはリリィが命名したシュトロームの愛称である。


「リリィさんも同じ意見なんですか?」


「ええ。ワタクシもタマモさんに問題があると思っておりますの」


 シュトロームの言葉に頷いたリリィを見て、ヒナギクとレンは揃って驚いた顔をしている。レベル差はあるものの、クラスチェンジを果たしたタマモと比べると、いくらか見劣りをするというのがふたりの自己評価であり、その自己評価は概ね間違ってはいないというのが他のスライムたち、タマモたちと模擬戦をしてくれるスライムたちからの評価でもある。


 だが、いまシュトロームとリリィだけはその評価とは異なる感想を口にしたのだ。ヒナギクとレンが驚くの無理からぬことではあるが、タマモはその言葉に自身も思うところがあるようだった。それはシュトロームとリリィのそばで控えているエリセも同じようだが、あえてなにも言おうとしていなかった。


 しかし、シュトロームもリリィもエリセに対して容赦しなかった。


「水の長よ。妖狐を思ってあえて言わぬのだろうが、それはかえって妖狐のためにならぬと思うが?」


「エリセさんがタマモさんをどれほどまでに想われているのかは、とてもとてもよくわかりますけども、いまはそれどころではないのでしょう? 新参者ではあるので事情はまだわかっておりませんけど、現状があまりよろしくないことはわかりますの。それはタマモさんのパートナーであるあなたもご理解しているはずですが」


 シュトロームとリリィは淡々とした口調で、エリセを責めていた。責めるというほどではないのかもしれないが、その口調からは問題を指摘しないエリセの態度を快く思っていないことは明かだった。


「まぁ、水の長も問題ではあるが、我が配下どもにも問題はあるがな。なにせ理解しながらもあえて指摘しなかったのだから、な」


「そこは、まぁ、ご事情を察してあえてということかと」


「それはわかるが、それでも言わなくていいということにはならぬ」


「ロームさんはお厳しいですね」


「リリィ殿が優しすぎるだけだ」


 エリセに対して思うところがあったふたりだったが、いきなり矛先がシュトロームの配下であるスライムたちに、それもタマモたちの模擬戦の相手をしてくれていたスライムたちにと向いた。その言葉にスライムたちはこぞって体を硬直させた。


 だが、そんなスライムたちをフォローするべく、リリィはやんわりとシュトロームを宥めるも、シュトロームはいくらか強行的な態度を取っていた。どうやらエリセ以上に、配下のスライムたちの言動こそに不満が大きいようである。


 そんなシュトロームとリリィのやり取りを聞きながら、スライムたちはみな体を硬直させたままである。


 そのことを理解しているからこそ、リリィはあまり無体なことにならないように尽力しているようだった。シュトロームもリリィの心遣いを理解しているものの、自分たちを頼ってくれているタマモたちにあえて厳しいことを言わないでいる自身の配下たちの態度に思うところがある。


 とはいえ配下たちに説教をすることと、タマモたちの問題を指摘することは別である。むしろ、直下の問題がどちらなのかは言うまでもない。ゆえにシュトロームは配下への説教をしたいところではあるものの、あえていまはと目をつぶることにしたようで、「おまえらには後で話がある」と言うと、再びエリセに目を向けた。


「水の長よ。そなたがあえて言わぬと言うのであれば、我から言わせてもらうが」


「いえ、うちから言いますえ。シュトロームはん、リリィはん、おふたりの言う通りどすさかいね。旦那様のことを想うたら、いまは心を鬼にするべきどした」


「そうか。では、頼む」


 シュトロームは頷いた。その言葉に「ええ」と言いながら、エリセはタマモを見つめながらゆっくりと口を開いた。


「……旦那様は怖がりすぎてる。それが問題どす」


 エリセはまぶたをうっすらと開いていたまぶたを閉じながら、心苦しそうだが、はっきりとタマモの問題を口にしたのだった。

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