4話 特訓
「回生の青果」を手に入れる──。
「フィオーレ」の面々の想いは一致した。
一致はしたが、いくら前回の「武闘大会」で善戦したとはいえ、優勝にはほど遠かったのは事実である。
そのうえ、優勝するには、アンリを、いや、アンリとクーを殺害した張本人であるアオイが率いる「三空」を打倒する必要がある。「三空」は前回の大会の優勝クラン。それも他を圧倒しての優勝だった。その「三空」と比べて「フィオーレ」は本戦二回戦で敗退した。激戦の末での敗戦ではあったが、それでも負けは負けだ。一度も負けることなく、勝ち続けた「三空」との差はたしかに存在している。
前回よりもタマモたちはレベルも上がり、スキルも増えているとはいえ、それは決してタマモたちだけではない。他のクランとて当時よりも進化している。それは優勝した「三空」も同じなのだ。
唯一のアドバンテージがあるとすれば、タマモがクラスチェンジを果たしたということ。
現時点でクラスチェンジを果たしたプレイヤーはタマモのみ。クラスチェンジを果たしたことでステータスが元の数値の倍となり、大きく伸びた。
だが、倍にはなったが、それでようやくほとんどのプレイヤーの初期ステータスと互角になれたという程度。つまり、クラスチェンジを果たしても、ステータスの低さという問題はいまだ改善されていないということである。
もっとも低ステータスというのは、あくまでも表面上のことではあるのだが。タマモが所持する各称号。その中には戦闘時においてステータスを増加させるという効果の称号がいくらかあった。その効果に加えて、クラスチェンジを果たしたことでセットできる職業が5つに増えたうえに、セットできる職業も一般職から下級職になったことで補助効果のあるスキルも強力になった。それらすべてを併用すれば、タマモのステータスは決して見劣りするというほとではなくなっている。
加えて、クラスチェンジをしたことで得たふたつのスキル「先見の邪眼」と「幻影の邪眼」がエグい。
「幻影の邪眼」はアオイを完全に手玉にするほどの強力な幻覚効果を与えるもの。タマモが所持していた「幻術」の完全上位互換である。その分タマモのスキル欄からは「幻術」は消えてしまっている。どうやら「幻影の邪眼」に統廃合されてしまったようだが、タマモとしてはなんら問題のないことである。
そして「先見の邪眼」はいわゆる未来予知だ。それもほぼ確定した。ほぼというのは完全なる未来予知というには若干見劣りがあるからだ。だいたい9割弱の正確性はあるようだが、1割程度は想定から外れることがある。そのため、完全確定した未来予知というわけではない。が、9割だったとしても相手の行動を読めるというのは破格にもほどがあるスキルだ。
さらにトドメとばかりに、「三尾」から進化した「五尾」の存在だ。「三尾」の時点でタマモのステータスをはるかに超えていたのだが、「五尾」になったことでその差はより大きく開いた。AGIとLUCを除く各ステータスはタマモのそれの15倍の150である。タマモのステータスで最も高いAGIでさえ12倍以上。LUCにおいては25倍ともはや比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの差である。
しかも「三尾」の頃とは違い、「五尾」には「意思疎通」なるスキルがあり、その名の通り「五尾」との間での言葉のやり取りができるようになったのだ。これにより、戦闘中でもタマモは「五尾」と話し合いながら戦闘が可能となったが、いままでとは違い、戦闘に一点集中ができなくなったという弊害もある。「五尾」と話し合いをしつつ、戦闘を行うということは、戦闘中に思考を分散するという離れ業をするということである。
もっともその離れ業に対して「え? できないんですか? できますよね? できないわけがないですよね? だって私の主であれば、それくらい当たり前にできますよね? むしろできて当然のことなのに、なにを渋っているのか全然意味わかんないんですけど?」となぜか「五尾」に徹底的に煽られしまったのだ。
その煽りに対してタマモができることは、「も、もちろんですよ」と答えるという一択であった。
なお、その問答はレンとヒナギクにはまだ聞こえていなかった。というのも、「五尾」と意思疎通ができるのはあくまでもタマモだけだった。だが、いまはそれを改善し、というか、「五尾」に頼み込み、ふたりとも意思疎通ができるようにしたのだ。
とはいえ、タマモのように常時接続というわけではなく、要所要所で「五尾」からの指示が飛ぶという程度。ただし、それは個人個人にではなく、全員にタイムラグなく同時に指示が飛ぶうえに、「五尾」を通してそれぞれに意思疎通をしあえるというおまけ付きだ。
それがどれほどまでに有用性のあるものなのかなんて考えるまでもない。当初はそこまでできると思っていなかったが、「五尾」が「お試しですが、こんなこともできますよ」と言って、レンとヒナギクと言葉を交わすことなく、それぞれに意思疎通をしあえるようにしてくれたのだ。
もっともそのときには「お試し終了です」と「五尾」はすぐに接続を切ってしまったが、情報の伝達というのが戦闘において、どれほどまでに重要性があることなのかなんて教わるまでもないことであった。だからタマモたちは「五尾」に今後も接続できるようにと頼んだ。
だが、最初「五尾」は「やです」の一点張りであった。どれだけ頭を下げても答えは「やです」であった。……端から見れば、自分の尻尾に対して頭を下げるという、なんともシュールな光景だろうという自覚はタマモにもあったが、それでもタマモは諦めることなく頼み込んだ結果、「五尾」は渋々と頷いてくれたのだ。もっとも条件付きではあるのだが。
その条件は、ひとつが最高級のブラシでタマモみずから「五尾」を隅々まで心を込めてブラッシングするということ。もうひとつが眠る際、つまりログアウトの際に「五尾」に愛情たっぷりのキスするということ。そのふたつを「五尾」は条件として挙げたのだ。
ブラッシングに関しては理解できるが、キスに関しては完全に理解の外ではあったが、「どっちもちゃんとしてくれないのなら、やでーす」とやけに反抗的であった。
結局どちらの条件をタマモは呑むことになった。条件を呑むことを伝えると、「五尾」は「まったく面倒で仕方がありませんが、主がそこまで言うならやりましょうかね。本当に面倒で仕方がないんですけどね? 本当の本当に面倒で仕方がないですけど、主がそこまで言うのであれば私も協力することにしましょう」となんとも面倒なことを言っていた。
なお、そのときの「五尾」との会話を後にヒナギクとレンに伝えると、ふたりが揃って「……面倒くせぇ」と漏らしたのは言うまでもない。
それでも、「五尾」の能力がいろんな意味で有用なのは言うまでもない。ただ、どんなに有用であったところで、それを十全に使いこなせなければ無意味である。
十全に使いこなすための特訓が必要だった。その訓練地として選ばれたのが現在タマモがいる氷結王の御山であった。焦炎王の地底火山でもよかったのだが、選定の際に、地底火山はガルドを通して「ガルキーパー」の面々が入り浸っているという話を焦炎王に聞いたため、あえなく落選となった。
対して氷結王の御山は入り浸っているプレイヤーはいまのところいない。せいぜいがテンゼンくらいだが、そのテンゼンにしても出場は個人部門であるため、クラン部門に出場するタマモたちにしてみれば、特に居合わせても問題はない相手である。レンとの個人的な感情があるという程度。そのレンにしても、テンゼンと貌を合わせてもお互いに無視し合うという形に落ちついていた。
なによりも候補地として決定した一番の理由が「回生の青果」の使用条件は状態のいい亡骸があるということだった。これに関しては氷結王が全面協力してくれたことで、アンリの亡骸は別途で用意された氷室にて凍結処理することで解決した。
その氷室にログインしてすぐにタマモは毎朝足繁く通っていた。それも今し方終わり、これから氷結王の眷属の長であるシュトロームを始めとしたスライムたちとの戦闘訓練である。「五尾」の能力を完全に使いこなすには実戦を繰り返す以外に方法はなく、その戦闘相手としてスライムたちは実にちょうどいい相手であった。
なにせ相手取るスライムたちはすべて物理にも魔法にも耐性のある、格上連中ばかりである。そんな相手との戦闘に勝る訓練はない。そのため、こうしてタマモはエリセとともにシュトロームたちの待つ御山の北側へと移動していた。そうしてエリセとともに向かった北側にたどり着くと、そこにはすでにウォーミングアップを終えたヒナギクとレン、そしてシュトロームを始めとした格上のスライムたちが揃っていた。
「来たか、妖狐よ。では、始めるとしよう」
いつも通りの落書きのような顔でなんとも言えない声で話すシュトローム。その声に「はい」と頷きながら、タマモはエリセから離れてヒナギクとレンの元へと向かった。その胸に武闘大会での優勝という目標を抱きながら。今日もタマモたち「フィオーレ」の特訓は始まるのだった。
五尾さんはわりと面倒くさいタイプなツンデレさんです←




