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21話 降臨する悪魔

 ちょっとだけホラーチックに書いてみました←

 呼吸が荒い。


 息を吸って吐く。ただそれだけの行動をするのでタマモは精いっぱいだった。


 周囲を見渡し、安全を確認する。建設中のログハウスの裏手から表を伺うが誰もいなかった。


(……よし、誰もいないのです)


 誰もいないのであれば逃げられる。いやこれ以上の機会など存在しない。


 であれば油断することなく、隙を見せることもなく、そして失敗もせずに逃げればいいだけのことだ。そのための第一歩をタマモは踏み出そうとして──。


「タマちゃん? どこ行ったの?」


「っ!」


 ──悲鳴が上がりそうになった。とっさに口元を押さえることで悲鳴が上がるのを止めることができた。しかし口元を押さえた際に、わずかにだが物音を、ログハウスの壁を叩いてしまった。


「うん?」


「しまった」と思ったときには、すでに相手に気付かれてしまった。


 いや、まだタマモがここにいることには気づかれていない。ただ物音が立ったということは、なにかが起こったということでもある。


「そっちにいるの?」


 不思議そうな声を聞きつつ、タマモはどうするべきかを考えていた。


(こ、このままじゃ見つかってしまうのですよ!)


 相手はまだログハウスの裏手には来ていない。


 しかしログハウスの裏手に広がっているのは雑木林だけ。身を隠すことができる場所など一か所もないのだ。


 強いて言えば、いくらか離れた場所にあるそれなりに大きな木の裏手くらいだ。


 しかしそこまで音を立てずに向かえる時間はない。すでに相手の足音が聞こえてきていた。


「タマちゃーん。かくれんぼはおしまいにしようよー」


 パキパキと小枝を踏みしめる音とともに相手の声が聞こえてきた。


 いままであれば、すぐにでも姿を現していた。しかしいまだけは顏を合わせたくないのだ。


 少なくともこの恐怖が薄れるまでは逃げ続けていたいとタマモは思っていた。


(でもそのためにはここからどうにかして逃げないといけないのですよ)


 捕まれば下手したら死ぬ。相手は笑顔のままでタマモを死へと追いやるだろう。まさに悪魔のような笑顔でだ。そんな悪魔に捕まるわけにはいかないのだ。


(でもどうしたら。もう時間はないですし)


 ログハウスの裏手に回ったのは失敗だったかもしれない。こんなことであれば、全力で走り抜けて小川を超えればよかったといまさらながらに思う。


 だが、すでに悪魔はこちらへと向かって来ている。逆側を突いたとしてもすぐに気付かれかねない。


 となればどこかに隠れてやり過ごすしかない。そのどこかがまだ見つかっていないのだが。


(こんなところで。こんなところでボクは終れないのです!)


 タマモは諦めることを諦めている。こんなところでは死ねない。死なないためにできるかぎりの力で抗おうと決めているのだ。


 わずかでもいい。ほんのわずかな時間であっても悪魔をやり過ごすことができればいい。


(どこかに。どこかにないですか!?)


 必死に周囲を見回すタマモ。そんなタマモをあざ笑うかのように足音が近づいてくる。胸が嫌なほどに高鳴るのを理解しながらタマモは周囲を見回し、そして──。


「ここかなぁ?」


 ──悪魔の声が聞こえてきた。だが悪魔はタマモには気づいていなかった。タマモはすぐそばにいるのに悪魔はそのことに気付いていない。


(……はぁはぁ、よかった。気付かれていないのです)


「おかしいなぁ。物音が聞こえたんだけど?」


 はてと不思議そうな声を上げる悪魔。そんな悪魔からゆっくりと距離を取り始めるタマモ。


 タマモの位置からでは悪魔の足しか見えない。顏がどこを向いているのかはわからなかった。


 それもそのはず、タマモがいまいるのはログハウスの床下だった。


 ログハウスはまだ完成には程遠いが、すでに床下の工事は終っていたのだ。


 そしてその床下はしゃがみ込めば隠れるほどの広さはあった。


 そのスペースにタマモは隠れたのだ。そしてタマモが隠れるのとほぼ同時に悪魔は裏手にたどり着いた。


 あとわずかでも遅れていたら、見つかっていたところだったが、タマモはギリギリで隠れることができた。


 しかしいまはまだ隠れることができただけである。まだやり過ごせたわけではない。


(いまのうちに。いまのうちに距離を空けておくのです)


 そろりそろりと音を立てずに移動をするタマモ。悪魔は相変わらず周囲を見回している。まだタマモを見つけられていないようだった。


(このままなら逃げられそうです)


 ほっと一息を吐きつつ、反対側への移動を行っていたタマモだったが、やはり現実はタマモには厳しかった。


「きゅ、きゅ、きゅ」


 不意に真横から声が聞こえてきた。顔を向けるとそこにはクーがいた。なぜかクーがいた。それもなぜか短く鳴いているクーがいたのだ。


(く、クー!? 声を出しちゃダメです! 気づかれちゃうのですよ!?)


 口元に人差し指を当てて、静かにしろと伝えるもクーはなぜか短く鳴き続けている。まるでなにかしらの暗号を伝えているかのようだ。


「ああ、そこにいたんだ?」


 こうなれば実力行使で黙らすしかない。そう思ったタマモの耳にとても楽しげな声とともにぺたぺたという不思議な音が聞こえてくる。タマモは錆ついたロボットのようにゆっくりと振り返ると──。


「かくれんぼはおしまいだね、タマちゃん」


 ──すぐ真後ろでニコニコと笑う悪魔が、ヒナギクが迫っていた。


 タマモはこれでもかと目を見開きながら悲鳴を上げた。悲鳴を上げながらも必死に反対側へと移動しようとした。だが──。


「はい、捕まえた」


 ──逃げ出そうとするよりも早くヒナギクの手でタマモの襟を掴む方が速かった。


「た、助けて。誰か、誰か、誰かタスケテぇぇぇぇーっ!」


 タマモは必死に抵抗しながら助けを呼んだ。しかしその抵抗をあざ笑うかのようにタマモの体はタマモの意思を無視して引っ張られていく。


 遠ざかっていく光にへと必死に腕を伸ばす。しかし光には届かない。ただ闇へとタマモは呑み込まれていき、そして──。


「よいしょっと。さて、特訓の続きだよ、タマちゃん」


 ──床下からヒナギクによって引っ張り出されてしまった。


 ヒナギクはニコニコと笑っている。その笑顔がとても怖かった。


 怖いけれど、タマモにはどうすることもできなかった。


 どうすることもできないまま、特訓用のスペースにへと引きずれられていくタマモ。


「……オテヤワラカニオネガイシマス」


「うん、善処するよ」


 せめて優しくしてほしい。そうお願いしたが、ヒナギクからの返答は善処するのひと言だけである。


「善処する」という言葉でこちらの希望が叶うことなどほとんどありえない。そのことはタマモとて理解していた。


(ああ、またあんな目に遭うんですか)


 特訓用のスペースに近づくにつれて目に入ってくるのは、いくつもの抉れた地面と元は丸太だったはずの残骸である。


 それらはすべてヒナギクの手によって生じたものである。


「あー、タマちゃん、見つかったんだ?」


「うん。床下に隠れていたんだよ。クーちゃんが見つけてくれなかったら、わからなかったよ」


「……そっか」


 特訓用のスペースにはレンがいた。レンはご愁傷さまと言うかのように手を合わせてくれていた。


 同情するなら変わってくれと言いたい。言いたいが言っても無駄なことはわかっていた。


「それじゃ始めようか、タマちゃん」


「……ハイ、オネガイシマス」


 ニコニコと笑うヒナギクの前でタマモは瞳から光を失くしたまま頷き、ヒナギクとの特訓は再開された。

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