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75話 相思相愛

閲覧注意回です。

 体が動かなくなっていた。


 あまりにも唐突だった。


 このままであれば、アオイを撃退することも難しくない、はずだった。


 そんなとき、本当に唐突にタマモは自身の体を動かすことができなくなっていた。


(どういう、ことですか)


 指一本どころか、声さえも出なくなっていた。


 それでいて、なぜか目と耳だけはしっかりとしている。


 五感までなくなったわけではないようだ。


 あくまでも身動きが取れなくなっただけのようだった。


 しかし、現状においてはそれが一番厄介だった。


 守りたい人がいるのに、その人が腕の中にいるというのに、身動きが取れない。そのうえ相対している相手が相手だ。


 いまはクラスチェンジをした結果、かなり有利に戦えていた。


 ただ、それはあくまでもクラスチェンジした際に得たスキルによるもの。タマモ自身のステータスはクラスチェンジ前よりも倍増したが、それでもいまだに低ステータスどころか、ゲームを始めたばかりのプレイヤーと互角という程度でしかない。


 そんなタマモが現時点で最強のプレイヤーと謳われるアオイを圧倒している。その理由がクラスチェンジした際に得た「幻影の魔眼」と五尾の力による。


「幻影の魔眼」はタマモが所持している「幻術」をより発展したものだった。


「幻術」は格上相手にはだいぶ効きづらいものだが、「幻影の魔眼」の場合は相手が格上だろうと効果を発揮する。


 効果時間は格上になればなるほど短くなってしまうが、確定で効果を発揮させることができるため、「幻術」よりもはるかに使い勝手はよかった。その分、消費MPは「幻術」よりも増えてしまうものの、効果を考えれば「幻術」よりも有用であった。


 もっともその「幻術」自体がタマモのスキル欄からは消失していた。「幻影の魔眼」を得たことで統合されてしまっていた。その「幻影の魔眼」も「先見の魔眼」を取得したことで得た特殊称号である「夢幻の支配者」の効果により、「邪眼」に進化している。


「邪眼」は「魔眼」の上位スキル群であり、同名の「魔眼」よりも2倍近く高い効果を誇るうえに、消費MPは「魔眼」の半分ほどになる。つまり「魔眼」よりも4倍は使い勝手がいいものだった。


「魔眼」のままであれば、すでにMPは枯渇寸前にまで行っていっただろうが、「邪眼」になった影響により、あと1時間はこのまま戦闘が行えていたはずだった。そして1時間もあれば、アオイを撃退することは十分に可能だった。


 いわば、勝利は確定していたのだ。


 その確定していたはずの勝利が、なぜかひっくり返されてしまった。


 その理由が、タマモにはまるで理解できなかった。


 いったいなにがあったのか。


 身動きひとつさえ取れなくなった体で、タマモは状況把握に努めていた。いや、そうすることしかできなかった。


 そんなタマモを嘲笑うように、アオイは笑いながら近づいてくる。


 その体は満身創痍だ。


 美しい銀髪は泥にまみれ、その顔もやはり泥と血によって汚れていた。身に付けている装備や着ている服の合間から覗く素肌もやはり傷だらけ。「武闘大会」やクリスマスイベントの際に見たアオイの姿からは想像もできないものだった。


 それでもなお、アオイは笑っていた。口元を大きく歪めて笑いながら少しずつ近づいてくる。


 その目は口元同様にひどく歪んだ光を宿していた。いや、歪んだというよりかは狂気を宿していた。


 その狂気を宿したまま、アオイはゆっくりと近づいてきていた。


「動かぬであろう? まぁ、無理もない。()()はもはやチートであるからのぅ」


 喉の奥を鳴らすようにして笑うアオイ。


 その言葉を聞く限りは、アオイがなにかをしたということ。そしてそれはアオイからしてみてもチートだということ。わかったところで意味はない。そもそも対抗手段がない以上、どうしようもないことであった。


「……()()()がなにかしたんですか」


 それまで黙っていたアンリが、アオイに向かって尋ねていた。


 その一声にアオイはそれまでと表情を一変させた。どこまでも冷たい目でアンリを見つめていた。いや、冷たいを通り越して、その目にはただ憎悪だけが込められていた。


「……答えてください。旦那様になにを──っ!」


 アオイに見つめられてもなお、アンリは気丈に振る舞っていた。わずかに体を震わせながらもアオイを見つめ返した。タマモはその怯えを理解していたが、身動きが取れないいま、その怯えをどうすることもできなかったし、アンリを守ってあげることもできなかった。ゆえにアオイがアンリの言葉を遮るように、その頬を叩いてもなんの行動も起こせなかった。


「……黙れ。なにが「()()()」だ。まがい物の分際で、馴れ馴れしい。身の程を知れよ、雌狐が」


 アオイは見下すようにアンリを見つめていた。叩かれたことで口内を切ったようで、アンリの口元からは血が滴っていた。それほどの力でアオイはアンリを叩いたということだった。タマモの感情はその光景だけで荒ぶった。


 しかし、どんなに荒ぶったところで、その血を拭ってあげることさえもできない。ただ見て聞いていることしかできずにいた。


「……でも、事実です」


「なに?」


「アンリにとって、タマモ様は旦那様なのです。心の底からお慕いするただひとりの方です。そしてその方からご寵愛をいただけている。であれば、旦那様とお呼びするのは当たり前です」


 アンリはみずから血を拭いながらはっきりと告げた。その一言にアオイの表情は怒りの色に歪み、再びその手は動いた。アンリの頬を再び叩いたのだ。


 真っ白なアンリの頬が赤く腫れ上がる。


 いまの一撃は口内を切ったどころか、歯さえも折れかねないほどの威力だろうに、アンリは涙さえも浮かべずにアオイを見つめていた。その姿は尊くもあり、それ以上に美しいとタマモは思った。


「身の程を知れと言ったはずだ。聞いていなかったのか、雌狐」


「……聞いています。聞いて理解したうえで言っているのです。アンリは旦那様の女ですから」


「ふざけたことを抜かすでないぞ」


 アオイの手が伸び、アンリの襟元を掴んだ。そのままアオイはタマモの腕の中からアンリを引きずり出すと、力任せに地面にたたき伏せた。その際にビリッという音が聞こえた。アオイの手の中にはアンリの服の一部が握られていた。アンリは両手で破かれた部分を、胸元を隠す。


 だが、アオイはその手を掴み、無理矢理アンリを自身の目線にと起こしていた。


「……ふん。貧相な体よな。そんな体でなにが「旦那様の女です」だ。そんな貧相な体ですり寄られるタマモの身にもなるがいい。重ね重ね身の程を知れよ」


 アオイは口元を歪めながら笑う。アンリの顔は羞恥で赤く染まった。それでもなお、アンリは唇を真一文字に結び、アオイを睨み付けた。その反応にアオイは苛立ったように表情を歪めた。


「……なんだ、その目は? 我を誰と心得ている? 我がその気になれば、貴様などどうとでもできるのだぞ? その気になれば配下の者を呼び出し、この場で貴様を犯し尽くすことだってできる。いや、いっそのこと犯してしまおうかの? 獣のように喘ぐ貴様を見れば、タマモも愛想を尽かすことであろうしな」


 苛立ちながらも、アオイの口元は弧を描いていた。その言葉と表情を見る限り、本気で言っているということは明らかだった。その気になれば、アンリがどのような目にあっても不思議ではないほどに、アオイは力を持っていた。そのことをアンリも気付いているだろう。それでもなお、アンリの態度は変わらない。


「……好きにすればいいです」


「なに?」


「アンリはどのような責め苦に遭おうと、旦那様への想いを捨てることはありません。アンリは旦那様を愛しています。たとえこの命が尽き、新しく生を得たとしても変わりません。未来永劫、アンリは旦那様を愛します。……旦那様には重すぎるかもしれませんけど、それがアンリの本心です。()()()()でごめんなさい、旦那様」


 あははは、と力なく笑うアンリ。その目にはもうアオイの姿は映っておらず、その先にいるタマモだけを見つめていた。


(……未来永劫とか、簡単に言いすぎですよ。でも、嬉しいな)


 アンリの言葉はたしかに重い。重たい女とアンリ自身が言うように、重たすぎるほどの愛情だった。タマモの両腕では抱えられないほどの重たい想いだった。だが、両腕で抱えられないのであれば、全身で抱え込めばいい。全身でも足りないのであれば、五尾さえも動員すればいい。その想いをできうる限りの方法で以て抱えてあげればいい。


 重たいと思ったことはたしかだ。

 

 だが、その重たさは決して嫌なものではなかった。


 むしろ、喜ばしいとさえタマモには思えた。


 アンリがそうであるように、タマモもまたアンリを愛している。


 だからこそ、その想いを受け止めようと思うのだ。


 それはいまここにはいないエリセの分も同じだ。


 タマモにとってアンリもエリセも同じくらいに愛おしいのだ。


 相思相愛。それがタマモとアンリ、そしてエリセの関係である。


 その関係を理解したからなのか、それとも相手にされていなかったからなのか。どちらなのかはわからないし、どちらでもなかったのかもしれないが、そのアンリの言葉がアオイの苛立ちをより増幅させることになった。


「……そうか。では、貴様を殺して確かめるかの。死んでもなおタマモを想い続けるとかいう戯れ言がどこまで本当なのかを確かめてみようか」


 アオイは手にもった剣の切っ先をアンリの喉元へと向けた。


 なんの躊躇もなく、アオイの剣はアンリの喉元をわずかに切り裂いた。


 アンリの喉元から一筋の血が流れ落ちる。


「さぁ、どうする? まだ世迷い言を言えるかの? 貴様とて命は惜しかろう。撤回し、もう二度とタマモの前に姿を現さぬと言うのであれば助けてやるがどうする?」


 にやにやと笑いながらアオイは問いかけていた。その問いかけにアンリは一切臆することもなく、それでいて喉元をわずかに切り裂かれた痛みに喘ぐこともなく、アオイではなくタマモを見つめながら言った。


「旦那様。アンリは旦那様をお慕いしております。これから先もずっと、ずっとアンリは旦那様を愛し続けます。たとえこの命が奪われようともこの想いは決して変わりません」


 にこやかに笑うアンリ。その言葉にその姿にタマモの目尻から涙が零れた。満足そうにアンリは笑った。その次の瞬間──。


「……そうか。では死ね」


 アオイは表情を一切なくして、止めていた剣をまっすぐに突き出した。アンリの喉から血が噴き出し、その目から光が失われていく。アオイはまるでゴミを放るかのようにアンリの体を手放した。アンリの体は崩れ落ちていく。崩れ落ちながらもアンリは力を振り絞るようにして口を動かしていた。


「愛しています、旦那様」


 アンリはそれだけを言っていた。その言葉にタマモはそれまでが嘘であったかのように動かし、「アンリ」と力一杯に叫びながら崩れ落ちていくアンリを抱き留めるのだった。

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