74話 逆転
「──かはっ」
倒れ伏したアオイが体を起こす。
だが、その体は小さく震えている。
小さく震わせながら、アオイは血を吐いていた。
アオイの目の前の地面が、地面を多う腐葉土が赤く濡れていく。
いま放った「尻尾五段突き」はそれだけの威力があったということだろう、とタマモは思った。
そしてふと気付く。
(尻尾が増えているということは、それだけステータスも上がっているということですよね。どのくらいになったんでしょうか)
そう、尻尾が三本だった頃──「三尾」だった頃から、圧倒的なステータスを誇っていた。いまは五本となり、いわば「五尾」となったのだから、それだけステータスも上昇していることは間違いない。
(「三尾」の頃は、ひとつひとつで全ステータスが20でしたよね。「三尾」として動かせば、ステータスは60になっていましたから。それを踏まえると、「五尾」の場合は100ってところですかね?)
仮に「三尾」の頃からひとつひとつのステータスが上がっていなかったとしても、本数が増えた分、総ステータスはその分上がるはずである。100を切ることはほぼあるまい。
(……まだ戦闘中ですけど、念のために)
戦闘は終わっていないが、念のためにとタマモは「鑑定」を行った。その結果は──。
五尾
STR 150(合計値)
VIT 150(合計値)
AGI 150(合計値)
DEX 150(合計値)
INT 150(合計値)
MEN 150(合計値)
LUC 150(合計値)
SKILL 意思疎通、自動迎撃、自動防御
──想像以上のとんでもステータスであった。どうやら五尾になったことで、ひとつひとつのステータスも増加したようだ。タマモ自身のステータスは倍増したが、五尾は三尾から5割増しで収まったようだ。
もっとも5割増しといっても、元から高ステータスだったのが5割増しなので、その上昇量はやはりとんでもない。しかもひとつひとつのステータスが5割増しなうえに、本数自体が増えた影響によって、総ステータスはまさかの2・5倍である。
(……某ロボットゲーのお助けコマンドですか、2・5倍って)
某ロボットゲーにおける伝統のお助けコマンド。その中でも、一度だけダメージを2・5倍にできるというものがある。最初期は3倍だったが、途中で2・5倍となり、最近では2・2倍と徐々に効果が下がりつつあるものだが、それでも威力が倍増以上となるのは魅力的である。
もっともそのお助けコマンドを取得できるパイロットが限られているわけだが、それは置いておく。
三尾から五尾になったことで、そのお助けコマンドを常時発動しているような状況になっていたのだ。そりゃそれだけダメージ負うわと思わずにいられない。
加えて、なにやらいままではなかったはずのスキル欄があった。というか、なぜかスキルが生えていた。その中には意思疎通という、考えてもいなかったスキルまであったのだ。
(……これってつまり)
意思疎通というスキル。その字面だけを見ると、その効果がなんであるのかは考えるまでもない。
試しにとタマモは五尾に向かって「……初め、まして?」と挨拶をしてみた。すると──。
『……いまさらな挨拶ですね』
──頭の中で聞いたことのない女性の声が響いたのだ。
タマモは思わず「ほぇ?」とすっとんきょうな声をあげてしまった。そんなタマモにアンリは驚いたように「旦那様?」と怪訝そうな顔をしている。だが、いまタマモにアンリの相手をしている余裕はなかった。
(いまの声って)
少し低めだが、たしかに女性の声だった。それもどこか心地よささえ感じるアルトボイス。だが、いま周囲にいる女性は、アンリもアオイもソプラノ系であるため、アルト系の低めの声の持ち主はいない。となると、導き出される答えは一つである。
『なにをぼーっと突っ立っているのです。来ますよ、主』
声の持ち主が告げたと同時に、金属がぶつかり合うような低めの音が響く。顔を向ければ、唇の端から血を流したアオイが、狂気じみた表情と爛々と瞳を輝かせたアオイがいた。その手には深く握りしめられた一振りの剣があり、その剣はいま五尾と鎬を削っていた。
「いまのも防ぐか。はははは、面白い。本当に面白い獲物じゃな。いままで待っていただけはある。最高の獲物じゃぞ、タマモぉぉぉ!」
アオイは笑っていた。笑いながら、剣を振り上げて、何度もタマモに向けて振り下ろしてくる。だが、振り下ろされた刃はタマモに届くことはない。五尾の防御網を抜けることはできずにいる。それどころか、防御してすぐに五尾が迎撃を行っていく。
防御と同時の迎撃に、アオイは最初反応できていたが、繰り返すたびに、徐々に防御に比重を置いていき、最終的には防御一辺倒に余儀なくされていった。
「……すごいのです」
アンリは目の前の光景に唖然としつつも、どこか熱いまなざしをタマモに向けていた。そのまなざしになんとも言えない気分になるタマモ。自分の力だけであれば、胸を張ることもできるのだが、残念ながらこれはタマモだけの力ではないため、胸を張って自慢はできなかった。
『胸を張ってもいいのではないですか。私はあなたの力の一部。であれば、これはあなたが為していることなのですから。胸を張っても問題ありますまい』
タマモの思考を読み取ったのか、五尾はあっさりと言い切った。目の前の光景は、五尾が為していることではあるが、その五尾は自分の力はタマモの力の一部であるのだから、タマモが為していると言っても問題はないと言うのだ。
たしかに五尾はタマモの体の一部だ。そういう意味ではこれはタマモが為したことと言えるのだが、ステータスを見る限り、どちらが本体なのかという問題は解決できてはいない。ゆえに目の前の光景を為しているのはタマモ自身だという発想にはどうしても至らないうえに、タマモ的には五尾に力を貸して貰っているという発想になってしまっていた。
『……我が主は、本当に謙虚ですね。まぁ、そういうところもあなたらしい。だからこそ、私も全力を尽くすことができるのですが』
五尾は若干呆れているようだった。ただ呆れながらもその声は機嫌がよさそうである。その口調からして、どうやら五尾に好かれているみたいだとタマモは思った。
『……別に好きというわけではないです。ただ気に入っているだけですから。嫌っているわけでもありませんけど』
五尾は若干ムキになったようなことを言う。好かれてはいるようだが、どうにも五尾自身はあまり素直ではない性格のようである。クール系のツンデレさんであるようだ。
『誰がツンデレですか、失礼な』
五尾がまたムキになっている。その証拠に一本の尻尾がタマモの頭をぺちぺちと不満を現すように叩いていた。若干鬱陶しいが、同時になんともかわいらしい反応でもあった。ただ、惜しむらくはぺちぺちと叩きつけるたびに1点ずつダメージを入れるのは勘弁してほしいというところである。
『はいはい、ごめんごめん』
『はいは1回だけでいいんです』
『はーい』
『まったく主はもう』
タマモの頭を叩いていた尻尾は、ぺちぺちと叩くのをやめてくれたが、今度はその身を反らしていた。端から見れば反っているだけだが、不思議なことにタマモの目には五尾がふくれっ面になっているように感じられたのだ。
なんだかかわいいと思っていると、不意にアンリが「むぅ」と唸り始めた。それもなぜか剣呑なまなざしで五尾を睨んでいる。その五尾にしても、アンリの睨みをまるで無視しているかのように急にべったりとタマモに引っ付き始めたではないか。その瞬間、アンリがより「むぅぅぅ」と唸り出す。
いったいどうしたことかとタマモが疑問に思うも、アンリはおろか五尾とてこのことに関してなにも言わなかった。ただお互いをじっと見つめているだけなのだ。妙な居心地の悪さをタマモが感じていたそのとき。
「このままでは勝てぬ、か。あまり気は乗らぬが、致し方がなかろう」
不意にアオイが笑った。
すでに全身泥だらけなうえに、口の端だけではなく、全身至るところが傷だらけという満身創痍であるのにも関わらず、その表情はなぜか笑っていたのだ。それも狂気の光を孕ませながら、だ。
背筋を冷たい汗が伝っていく。いったいなにがここまでアオイを駆り立てるのか。そう思ったそのときだった。
キィンという小さな音が聞こえた。同時にタマモの体はいきなり硬直したのだ。
「なにが」
あったと最後まで言うことはできなかった。体だけではなく、声さえも発することができなくなってしまった。それはタマモだけではなく、五尾さえもその動きを止めていた。動けるのはタマモの腕の中のアンリと満身創痍になりながらも、歪んだ笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくるアオイだけだった。




