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67話 胸騒ぎ

「──ひどい目に遭いました」


「……だね」


「……ダレカタスケテ」


 地底火山に来てから、だいたい一時間ほどが経過した頃、タマモたち「フィオーレ」の面々は、それぞれに虚ろな瞳をしていた。


 そのそばには、満足げに頷く焦炎王とフェニックス。そして若干不満ありげに頬を膨らますエリセの姿があった。


 今回の滞在で焦炎王がレンを、フェニックスがヒナギクをそれぞれに相手取っての訓練をしていた。その間、タマモはエリセと延々と鬼ごっこであった。


 訓練と鬼ごっこというと、あまりにもかけ離れたもののように感じられるが、実際のところはそれぞれの頭の上に「地獄の」という枕詞が付くほどの内容であった。


 現にタマモたち3人は虚ろな瞳をしているうえに、若干頬がやつれている。各々の内容は異なるものの、非常にハードであったことは共通していた。


 ただ、タマモはふたりとは違う意味合いでのハードな内容であった。「なんでボクばっかり」とつい愚痴めいたことを口にしたくなるものの、その気持ちをぐっと堪えることにするタマモ。……正確には下手なことを言うと、おかわりが発生してしまいそうだと思ったからである。


 いまの疲労困憊な状況で、おかわりなど発生したらそれだけで詰みである。ゆえにそれだけは避けねばならなかった。


 そんなタマモの内心を読み取ったのか、それともタマモが単純に読みやすいのかは定かではないが、エリセはタマモの様子を見てますます不満げに顔を顰めていく。


 タマモとエリセのそれぞれの反応を見て、焦炎王とフェニックスは穏やかに笑っていた。たとえタマモ本人的には笑えないことではあったとしても、焦炎王とフェニックスにとっては微笑ましいものだった。


 どんなに慌ただしくても、命のやり取りが行われていないのであれば、それは穏やかな日常の一幕である。それが焦炎王とフェニックスの共通した認識である。ゆえに今回のタマもたちの滞在のそれは穏やかな日常そのものであるのだ。


 もっともその日常が、だいぶずれているであろうことは、焦炎王もフェニックスも理解しているが、それでも明日も明後日でもこの光景が続くのであれば、それはたしかに日常の一幕であるのだ。命のやり取りなどない。いや、命が喪われることのない穏やかな時間。それこそが焦炎王とフェニックスが心の底から愛するものだった。


「……さて、そろそろお開きとするかのぅ」


 焦炎王は玉座変わりにしていた大岩から、腰を上げながら言う。


 その言葉にタマモたちは、虚ろな瞳を若干輝かせながら頷いた。その顔には「救いはあったのですね」と書いているようである。


「まぁ、これからも定期的にそなたらを招けるのだ。ならば初回はこの程度でよかろう」


 以前も招きはしたが、ほんの数秒程度であったため、ほぼノーカウントと言ってもいい。ゆえに今回こそが初回と言っても過言ではない。が、初回とこの程度という言葉に、タマモたちは戦々恐々と言わんばかりに、真っ青な顔を浮かべていた。


「どうかしたのか?」


 焦炎王が首を傾げると、タマモたちはそれぞれに首を振った。言葉を発する余裕もないほどに、3人とも必死の形相だった。「そうか」と首を傾げつつも頷く焦炎王に、内心でほっと一息を吐く3人であった。


「それじゃ、うちも実家の方に」


「あぁ、そうか。まだ3が日か。タマモの所に戻るのはそれ以降かの?」


「はい。その予定どす」


「左様か。そなたは送らなくとも自前でどうにかなるかの?」


「はい。問題あらしまへん」


「わかった。では、タマモたちだけを送るとしようか」


 焦炎王がすっと腕を伸ばしてくる。一時間ほどだったが、なんだかんだで濃密な時間だったな、と振り返るタマモたち。そんなタマモたちを見て、焦炎王は表情を緩めて笑った。


「……タマモや」


「はい?」


「まっすぐに生きよ」


「え?」


 タマモを見つめながら焦炎王は言う。いきなりの言葉にタマモはわずかに面を喰らっていた。しかし焦炎王は気にすることなく続けた。


「これからもいろんなことがあるだろう。場合によっては膝を屈し、頭を垂れることもあるかもしれぬ。しかしだ。なにがあっても、その心まで潰れるな。なにがあっても、その心だけは潰れるな。まっすぐに生き続けよ。決して道から逸れるな。自分の信念を貫き続けよ。そなたならそれができると我は信じているよ」


 焦炎王はそう言って笑うと、タマモの頭をそっと撫でた。その手つきは慈しむかのようにとても優しいものだった。タマモは頬をほんのりと赤らめながらも、「はい」とだけ頷いた。

「それでは、またな。タマモ、ヒナギク、レンよ」


 焦炎王は笑う。その笑みを見つめながら、「フィオーレ」の面々はすっと音もなく、その場から消えていった。


     ※


 独特の浮遊感の後、タマモたちは本拠地の農業ギルド内にと戻ってきた。


 全身を蝕んでいた暑さはなくなり、氷結王の御山から流れる小川のせせらぎと静かに吹いた風が心地よくタマモたちの体を包み込んでいく。訓練と暑さによって汗だくになっていた体には、それらはまさに清涼剤となっていた。


「ん~。疲れたねぇ」


 ヒナギクはすっと背伸びをした。その表情はなんとも心地よさそうだった。そしてぽつりと「本当に腹黒鳥さんだったなぁ」としみじみと呟くと、フェニックスの地獄の訓練を思い出して、その目はどこか遠くを眺めるかのように細められていた。


「……相変わらず、ヤバかった」


 対照的に、レンはいまでも若干顔を青ざめていた。焦炎王の訓練には慣れていたはずだったが、今回のそれはいままでもよりもハードだったためだ。そのことを思い出し、レンの体は大いに震えていた。


「……」


 ふたりとは異なり、タマモは特にこれと言ったことも言わず、ただ自身の頭頂部に触れていた。そこはちょうど焦炎王が撫でてくれていた部分であった。


(……まっすぐに生きよ、ですか)


 焦炎王が授けてくれた言葉。アドバイスとは違う。だが、たしかな想いが込められたもの。どうして授けてくれたのかはいまでもわからない。それどころか、どうして焦炎王がここまで目を掛けてくれているのかもわからない。


 ただ、氷結王のバックボーンを知っていると、焦炎王の行動の意味もわからなくはない。


(焦炎王様は、きっとボクとお母上を重ねられているんでしょうね)


 氷結王が語ってくれた過去。その中で焦炎王は氷結王の妹として、家族として過ごしていた。その家族は若干いびつな形ではあっただろうが、それぞれを想い合っていたのはたしかであった。


 氷結王とは違い、焦炎王は当時のことを口にしないが、氷結王の話を聞いているため、焦炎王のタマモへの態度の理由が、焦炎王と氷結王の言う「母」とタマモを重ねて見ているが故であることは間違いなかった。


 どうしてタマモと「母」を重ねているのかは、ふたりの現在の地位を踏まえればなんとなく想像も付く。


(……たぶん、おふたりのお母上は「神獣」様なんでしょうね)


 そう、ふたりの「母」の正体はこのゲーム内世界の主神であるエルドに仕える「神獣」だとタマモは思っていた。


 タマモの種族である「金毛の妖狐」はその「神獣」の眷属である。その「金毛の妖狐」を妖狐族は長として崇めている。


 となれば、だ。「神獣」の正体がなんであるのかは、自ずとうかがい知れるものである。


(……そもそもボクの種族がヒントというか、答えのようなものですもんね)


 タマモの種族は「金毛の妖狐」である。


 その名の通り、金色の毛並みをした妖狐がタマモの種族。となれば、だ。「金毛の妖狐」の主たる「神獣」もまた金色の毛並みをしたなにかでだろう。


 眷属と主というのは、なにかと共通点があるものだ。


 たとえば、焦炎王とフェニックス。


 たとえば、氷結王とシュトローム。


 それぞれの共通点は、それぞれが司る力によるもの。


 であれば、だ。


「金毛の妖狐」と「神獣」の共通点もまた似たようなものだろう。


 そもそも眷属の種族が「金毛」と言っている時点であからさまであった。


 金色の毛並みをした存在であり、妖狐を率いる存在でもある。そのうえで「神獣」と謳われるほどの格を持った存在。


 それらすべてに当てはまる存在は、とある大妖怪以外に存在しえない。


(……九尾の狐。それが「神獣」の正体でしょうね)


 そう、すべてに当てはまるのはどう考えても九尾の狐以外に存在しないのだ。


 その名の通り、9つの尻尾を持った大妖怪にして、瑞獣とも謳われる存在。それがこのゲーム内世界における「神獣」であることは間違いないだろう。


 その「神獣」たる九尾の狐とタマモを焦炎王と氷結王は重ねている。畏れ多いとしかタマモには言えないのだが、言ったところでやめてはもらえないだろう。


 その母である「神獣」は、ふたりの姉にあたる「霊獣」に討たれた。この世界の神話では、「神獣」と「霊獣」は姉妹のような関係だったはずである。つまり妹が姉を殺したということだ。神話では「神獣」が主神たるエルドに反旗を翻したがゆえにということだったが、神話や伝説などの類いは、伝言ゲームのようなものであり、次代が降るにつれてその内容は徐々に変わっていくものだ。それも時の為政者が都合のいいように、だ。


 となれば、いまこの世界で伝わっている神話の中では、あからさまに善とされている「霊獣」の都合のいいように解釈されている可能性が高い。


 ただ、氷結王と焦炎王の話の中での「姉」である「霊獣」は、若干お転婆みたいではあるが、姉妹の間柄にあった「神獣」を殺すほどに恨んでいたようには思えなかった。むしろ、「神獣」に対して敬愛以上の感情を抱いているように感じられていた。その「霊獣」が「神獣」を手に掛けた。その理由がタマモにはわからなかった。


 愛する者を手に掛ける。


 その心情はいったいどういうものだったのか。


 タマモは「霊獣」ではないため、当事者ではないため、その気持ちは理解が及ばない。


 及ばないが、よっぽどの理由があったのは間違いないはずだ。


(……少し調べてみるのもありですかね)


 歴史の謎を紐解く。


 それはなかなかにロマン溢れるところではあるものの、同時にタブーに触れる可能性もある、わりと危険なものだ。


 もっともこの世界はゲーム内であるため、タブーに触れたところで命の危機に及ぶことはないはずだ。


 とはいえ、あまりにも首を突っ込むのは危険かもしれないという、虫の知らせとでもいうべきか、背筋を伝うちりちりとした焦燥感を憶えた。


「タマちゃん?」


「どうかした?」


 ふたりの声が聞こえ、タマモは思考の海から脱して、「なんでもないですよ」と笑いかける。


 好奇心は猫をも殺すとも言う。


 沸き起こった好奇心にふたりを巻き込むのは憚れた。


 それとなく調べてみるかと密かに決意しつつ、タマモは本拠地の扉へと向かっていく。


「アンリは起きていますかね」


「まぁ、もう起きているんじゃないかな?」


「扉を開けたら、タマちゃん、押し倒されるんじゃない?」


「ははは」


 ありえそうな未来に、若干頬を引きつらせるタマモ。そんなタマモに憐憫の感情を向けるヒナギクとレン。そんななんとも言えない空気になりながらも、タマモたちは本拠地の扉を開けた。が、タマモたちが考えていた衝撃はなかった。本拠地の扉を開けてもアンリはいなかったのだ。ただ、テーブルにはなぜかカップがふたつ置かれていた。


 そのカップからはまだ湯気が立っており、来訪者である誰かとアンリは少し前まで、この場にいたことを証明していた。


「……いったい誰が」


 妙な胸騒ぎがした。


 タマモはヒナギクたちにに部屋の方を見てくるように頼み、ひとり本拠地の外に出た。外は相変わらず涼しかった。


 だが、その涼しさがかえって背筋に伝う汗の冷たさを、よりはっきりと感じさせてくれる。

 そのとき、ふと気づいたことがあった。


「……虫さんたちが、いない?」


 そう、普段であれば、畑を耕してくれている虫系モンスターズの姿がないのだ。


 どうしたのだろうと思っていると、不意に「ぼぇぇぇ!」という沼クジラの声が響いた。振り返ると、沼クジラが件の湿地から顔を出して焦ったような様子を見せていた。


「どうしました、肉塊?」


「ぼえ、ぼえ、ぼえ!(大変、大変なの、アンリちゃんが!)


 沼クジラこと肉塊がアンリの名を口にした。


「アンリがどうしたんですか!?」


「ぼえ、ぼえ!(あっち、あっちに連れて行かれたの!)」


 肉塊はそのひれで方向を差す。その方向にアンリが連れて行かれた。誰になのかはわからない。わからないが、なにかがあったということは明らかだった。


 タマモは「アンリ!」と叫びながら、差された方へと走り出した。


 どうか無事でいて欲しい。


 そう祈りながら、タマモは走る。


 穏やかな日常の終わりに気づかぬまま、ただただアンリのためにと駆けて行ったのだ。

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