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66話 ヤキモチと悲鳴←

 炎焦剣の「深奥」──。


 それは結氷拳の「深奥」ほど、派手さはない。


 だが、その圧倒的な力は決して見劣りするものではなかった。


 現に軽く振っただけで、地面が結晶化するほどの炎の斬撃を放ったのだ。それでもまだ初歩、ということなのだから、「深奥」の最奥はどれほどのものなのか。タマモには想像もつかなかった。


 タマモは両腕に纏った炎の双剣を見やる。轟々と燃えさかる炎だが、たとえタマモが同じように振るったところで、地面を結晶化させることはできないだろう。


 地面を結晶化させるには、タマモの実力では逆立ちしても無理であろう。それでも、目指す頂は見つけられたのだ。いまはあまりにも高く遠い場所だが、それこそどれほどの距離なのかも見当も付かないほどの遠い場所ではあるが、歩き続けられれば、いつかはたどり着ける場所。タマモの胸は大きく高鳴っていた。


 そんなタマモの様子に焦炎王は微笑ましいものを見るように、穏やかな目を向けていた。すると、不意にタマモの背後からむぅぅ~という唸り声のようなものが聞こえてきた。なんだろうとタマモが振り返ると、そこにはいくらか不満そうな顔をしたエリセが、若干ジト目になったエリセがじぃっとタマモを見つめていた。


「……えっと?」


 どうしてエリセが不満げに顔を歪めているのかが、タマモには理解できなかった。首を傾げると、エリセは少し表情を緩めて、タマモを正面からぎゅっと抱きしめた。


「……ずっこおす」


 抱きしめながら、エリセはぽつりと呟いた。


 なにがずるいのか。言われた意味がよくわからず、タマモは再び「えっと?」と呟くも、エリセは「ずっこおす」としか言わない。


 意思疎通がうまくできない。そんな現実にどうしたものかと頭を抱えたくなるタマモ。しかしエリセは「ずっこおす」しか言わないまま、タマモをぎゅっと抱きしめるだけである。エリセのぬくもりを感じながら、さてどうしたものかなと思考を巡らしていくと、それまで半ば空気と化していたヒナギクがため息交じりに呟いた。


「……それはそうだよねぇ。なにせ、タマちゃんってば、焦炎王様と熱い視線を交わしてばっかりだもん。エリセさんを大切にしているというには、ずいぶんと放っておいてばかりだったら、エリセさんだってそう言うよね」


 ヒナギクはまるで当たり前だろうにと言うかのようなことを口にした。その言葉に「え?」とエリセに視線を向けると、エリセは急にタマモに顔を見せまいとするかのように、タマモの胸に顔を埋め始めた。


 いきなりのことというか、普段のエリセであれば決してしないことである。なんでいきなりと言いたくなることではあるが、頭隠して尻隠さずという言葉があるように、エリセの現状を悟るには十分すぎる証拠となるものが、すぐ目の前にあった。そう、尻尾と同じ青い毛並みの立ち耳が、普段とは違い、赤く紅潮した立ち耳がすぐ目の前にあるのだ。頭隠して尻隠さずならぬ、頭隠して耳隠さずというところか。


「……ふむ。これはこれは見事なヤキモチっぷりですね。愛らしくも初々しいです」


 ニヤニヤとフェニックスが笑っている。焦炎王が「腹黒鳥」と揶揄していたが、たしかにこれは腹黒だなと思うタマモ。しかしいまはフェニックスの相手をしている場合ではないのは、明らかであった。


 当のフェニックスもニヤニヤと笑いつつも、「私のことよりもお嫁さんを優先した方がいいですよ」と言わんばかりの愉悦じみた目を向けてくる。腹黒鳥というよりも、悪魔かそれに比類するなにかではないかと思ってしまうタマモ。同じ事を焦炎王も思っていたのか、「おまえ、本当に性格悪いのぅ」と呆れていた。


 だが、当の焦炎王もそれまでの穏やかな笑みを消して、フェニックスと似たような笑みを浮かべている辺り、あまり人のことをとやかく言える立場ではないだろう。似たもの主従というのはこういうことを言うのだろうなぁと、しみじみと感じるタマモであった。


 だが、いまはフェニックスの言うとおり、エリセを優先するべきである。


「あの、エリセ」


「……なんどすか?」


「ヤキモチ妬いていたの?」


「……知らしまへん」


 エリセは普段と変わらない声色で答えるものの、背中越しに見える尻尾はその動揺を現しているのか、やけにぷるぷると震えている。そしてそれはエリセの背後側にいるヒナギクとレンにははっきりと見えているため、ふたりもまた焦炎王たちと同じように、ニヤニヤと笑っているのだ。


 前門の虎後門の狼というのは、たぶんこういう状況なんだろうなぁ、と若干遠くを眺めながら思うタマモであった。 


 もっともタマモも当事者であるが、より切迫しているのは他ならぬエリセである。どうやっても自身の気持ちをごまかしきれない状況という、新手の羞恥プレイをさせられている現状に、エリセの心境はいかなものか。


 あまり虐めないであげてと言いたいところだが、それを言うとよりエリセを追い詰めることになるのは目に見えていた。そしてそうなると、その矛先がタマモに向くことは明らかである。かといって放置していたら、それはそれでエリセの八つ当たりが恐ろしい。どのみち、タマモには退路はないようである。なんだ、これと言いたくなる現状にタマモは一瞬気が遠くなりそうになった。


 だが、どんなに気が遠くなりそうになっても、現状が変わることはない。お腹が痛くなりそうな現状に耐えつつも、タマモはどうにかこうにか言葉を絞り出そうと決めるが、いざ言葉を出そうにもなにを言えばいいのか、さっぱりである。


 それでもとりあえず、自分の気持ちは伝えておこうとタマモは思った。


「あのね、エリセ」


「……なんどすか」


「ボクは、ヤキモチを妬いてくれて嬉しかったよ? エリセがボクのことをそれだけ好きでいてくれているんだなぁと思ったら、嬉しいと思った。だから、ありがとうね」


 できる限り、エリセを逆撫でしないようにかつ、ヤキモチ自体は嬉しかったことを伝えると、エリセの立ち耳がより一層紅潮してしまう。あれ、どうしてと思ったときには呆れたようなため息が4つ聞こえてくる。そして口々に同じ言葉が返ってきた。


「そういうところ」


「そういうところだよ」


「そういうところですね」


「そういうところじゃな」


 しみじみとうなずき合う4人に、タマモは「えっと?」と首を傾げるも、4人の言う意味がいまいち理解できなかった。なにを以て「そういうところなのか」と。すると、4人は再び「そういうところ」と返してきた。堂々巡りになってきたなぁと思わずにはいられないタマモと無自覚にもほどがあるタマモと、そんなタマモの爆撃じみた一言の被害を受けるエリセに憐憫を感じる4人。


「あー、あー、あー、あぁぁぁぁぁぁぁー!」


 なんとも言えない空気が漂っていると、いきなりエリセが顔を上げて絶叫を上げた。あまりにも唐突な状況に困惑するタマモと、「……頑張っていたもんなぁ」とエリセの奮闘にほろりと涙を流す4人。だが、そんな5人の現状をまるっと無視してエリセはまるで遠吠えのような咆哮を上げ続ける。やがてひとしきり叫んだことで、どうにか気持ちとの折り合いが付いたのか、エリセはやや据わったような目を、剣呑にもほどがある目を向けながら一言。


「好きどすやで。ええ、えらい好きどすやで。そやけど、それが悪いんどすか? 悪ないどすなぁ? 悪いわけがあらへんやろう? だって、こないにも好きなんどすさかい! 自分でもせんななんぼいにえらい好きなんやさかい! そやさかいしゃあないやろう!?」


 エリセは一息に言い切った。その勢いに怖じ気づきながら、「お、落ちついて」と宥めようとするタマモだが、エリセは「落ちついているで?」と剣呑なまなざしを向ける。落ち着いている人はそんな目をしないと言いたくなるタマモだったが、下手なことを言うと自分の身が危ういことに、珍しく気づくもすでに時遅しである。


「責任取ってもらいますえ」


 エリセはそれまでと一転し、とても穏やかな笑みを浮かべて一言を告げる。だが、その目は相変わらず剣呑そのものである。血の気が引く音を聞きながら、「せ、責任ですか?」とどうにか返すタマモ。そんなタマモに「ええ」と頷きながら、口元を怪しく歪めるエリセ。そんなエリセの笑みを見て、「あ、お母様に似ている」とはっきりと感じるタマモだった。


 その後エリセが告げた一言は、タマモにはどうやっても不可能ななことであった。そのため、タマモはどうにかエリセの拘束から抜けだし逃走を図ることになる。が、エリセは鬼の形相でそんなタマモを追いかけ回し、そんなエリセからタマモは悲鳴を上げて逃げ続けた。


 そんなふたりのやり取りを残された4人は微笑ましく眺めていたが、せっかくだからと焦炎王とフェニックスはヒナギクとレンにも訓練を始めた。その結果、ヒナギクとレンもタマモとは異なる悲鳴を上げることになった。


 こうして「フィオーレ」の面々は、悲鳴を上げ続けながら、地底火山でのひとときを過ごしていくのだった。

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