19話 EKの役割
大変遅くなりました←汗
タマモは大きく肩を動かして呼吸していた。
「や、やったのです」
レンとの特訓が始まってすでに一週間が経った。その一週間で一度もできなかった。一度もレンの体に触れることはできなかった。
レンとの特訓の勝利条件は「レンの体に触れること」だった。
だがこの一週間で一度も触れることはできなかった。
つまりこの一週間タマモは連敗していた。もともとレンとの実力差が大きく開いていたということもあるため、勝てないのはあたり前のことだった。
しかしそのあたり前の結果をタマモは覆した。わずかにだが指が触れたのだ。
本当に小指の先がわずかに触れただけだったが、それでも触れたことには変わりない。あとはその結果をレンがどう判断するかだったが──。
「……あはは、驚いたな」
──レンの表情を見るかぎり、結果は考えるまでもないことのようだった。
「すごいね、タマちゃん。まさか一週間でレンに触れられるようになるなんて」
「きゅ、きゅー!」
ヒナギクとクーもタマモの勝ちだと認めてくれているようだ。
ヒナギクの腕の中にいるクーも飛び跳ねそうなほどに喜んでくれているし、ヒナギク自身も穏やかに笑っていた。そしてそれはタマモに触れられたレン自身も同じだった。
「まさか、一週間で負けることになるなんて思っていなかったよ。最悪大会直前まで無理かもしれないって覚悟していたから」
「きゅー!」
レンのひと言にクーがいきなり怒り出した。
「タマモはそんなにどんくさくないぞ」と言ってくれているのだろう。
正直買いかぶりではあるが、クーが自分のために怒ってくれていることがタマモは嬉しかった。
「でも「シールドバッシュ」って「大盾」専用だと思っていたけれど、使えたんだね」
「あ、そうだよ! なんで「大盾」もないのに、「シールドバッシュ」が使えるのさ?」
ヒナギクが苦笑いしながら、怒りで興奮するクーを宥めていく。
宥めつつもヒナギクはタマモがさきほど使っていた「シールドバッシュ」についての疑問を口にした。
その疑問にレンは真っ先に食いついた。タマモに負ける要因となのだから、その反応は当然のことだった。タマモ自身聞かれることだろうとは思っていたのだ。
「えっとですね。そもそもの理由はボクのEKにあるのです」
タマモが「シールドバッシュ」を使えた理由。それはタマモのEKであるおたまとフライパンにあった。
「ボクはもともとこの子たちは同じ調理器具だと思っていたのです」
「同じだと思っていた?」
「と言うことは、いまはそう思っていないってことかな?」
「ええ。この子たちは別々のEKなのです」
おたまとフライパンはセットでひとつだとタマモは考えていた。
たしかにセットであることには変わりないし、システム上は同じEKという扱いを受けているが、実際のところはおたまとフライパンはそれぞれに独立したEKだった。
それぞれに別のスキルをセットできているのがなによりもの証拠である。
「なるほど。同じものであれば、どちらもスキルは同じものになるよね」
「別のスキルをそれぞれにセットできるのであれば、たしかにもともと別々のEKってことになるか」
「ええ。それにこの子たちにはそれぞれ特色があったのです」
「特色?」
「見た目だけでも十分特色を活かされているような」
「……否定できないことを言わないでください、レンさん」
レンの言う通り、タマモのEKはその見た目だけで十分すぎるほどに特色が出ていた。しかしタマモが言いたいことはそういうことではない。
「まぁ、そのことはいいのです。ボクが言いたい特色は、この子たちの役割なのです」
「役割?」
「はい。この子たちのセットできるスキルを見ていて気づいたんですけど、おたまは攻撃系、フライパンは防御系のスキルが一覧に表示されているのです。逆におたまには防御系、フライパンには攻撃系のスキルはほとんどありませんでした」
おたまには「対植物攻撃」のようにほとんどの攻撃系スキルが表示されていた。
フライパンには「大盾」を始めたとした防御系のスキルが表示されていた。
しかしその逆はほぼなかったのだ。
例外が「大盾」の「シールドバッシュ」くらいだった。
そのことからおたまとフライパンの役割をタマモは理解した。
「攻撃はおたまで防御はフライパンでする。それがボクのEKの役割なのです」
「なるほど。つまり二刀流と同じか」
「攻撃の小刀と防御の大刀ってことだね」
「そういうことなのです」
それぞれの役割などないと思っていたからこそわからなかったことだった。
しかしこうして役割を理解すると、おたまとフライパンがセットであったことも理解できた。
……見た目を調理器具にした意味はいまのところ理解できないが、用途については理解できたことはたしかだった。
「「大盾」はセットできたので、たぶん「シールドバッシュ」も使えるだろうと思ったのです」
「……もしかしてぶっつけ本番だったの?」
「そうですよ?」
「……なかなかギャンブラーだね、タマちゃんって」
レンとヒナギクは若干呆れていた。だが、タマモにとっては必須のギャンブルだった。
「大盾」をセットできるのであれば、その「武術」も使えるはず。確信はなかったが、可能性はあった。
ならばその可能性に懸けることは吝かではなかった。
それにもともとの実力差があったのだ。その実力差を覆すためにはこれくらいのギャンブルは当然のことだった。
上手く行かなくても負けるだけである。負けても命を喪うわけではない。ならば、これくらいであればやって当然のことだった。
「……大胆というか」
「……向こう見ずというか」
「きゅー」
レンもヒナギクも苦笑いしていた。クーだけは「それでこそのタマモだ」と胸を張ってくれているが、あまり嬉しくはなかった。
「とにかく、勝ちは勝ちですよ、レンさん」
「そうだね」
レンは笑いながら、ヒナギクを見やる。ヒナギクは静かに頷いた。なんだろうと思っていると、なぜかヒナギクが腕を伸ばしてくる。そして──。
「はい、タッチ」
「……ほえ?」
──なぜか頭を撫でられた。なにがなんなのか、タマモにはまるで理解できなかった。
「だからタッチだよ。タマちゃんの負けね」
「はい?」
「レンが負けたから、次は私が相手をするってことだよ」
ニコニコと笑うヒナギク。その笑顔にタマモの体は落雷の直撃を受けたかのような大きな衝撃が走った。
ヒナギクとの特訓に待ち受けるものがなんなのかをタマモは知らない←




