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19話 届け!

 嵐だった。


 無数に迫ってくるレンの手はまさに嵐のように次々にと放たれていく。そのすべてをタマモは見切ることはできなかった。


(速すぎるのです)


 タマモでは目で追うこともできない速さ。しかしレンはいくらか笑っていた。つまりレンにはまだ上がある。レンにとってみればこの嵐のような連撃も大したものではない。もしかしたら肩慣らしのようなものでしかないのかもしれない。


 それでもタマモにとっては脅威だ。脅威以外にはなりえないものだ。だからと言って諦めるつもりはタマモにはない。


「っ!」


 引き下がりそうになる足をみずから叩いて一歩前に出る。レンの表情から余裕を消し去ってやる。それだけを考えながら一歩前に出る。


 タマモが一歩前に出るのを見てレンは笑った。


(……この前の失敗もあるから、前に出られなくなっているかもと思ったのだけど)


 思っていた以上にタマモは精神的にタフのようだ。そうでなければ、最高ランクとはいえ見た目が調理器具なEKと必要経験値6倍などという責め苦には耐えられないだろうが。


(……兄ちゃんが「おまえの成長を見ているのは楽しい」と言ってくれているのってこういう感覚なのかな?)


 タマモはゆっくりとだが、成長してくれている。それを見ているのがレンは楽しいと感じていた。敬愛する三番目の兄が、レンにとっては剣の師である兄がかつて言ってくれた言葉をなんとなく思い出していた。あのときの兄はこういう気持ちだったのかと思うと、まるで兄になれたかのようで少し嬉しかった。


(まぁ、兄ちゃんと俺とは違うから、同じになれるわけじゃないけどね)


 あたり前のことをあえて考えるレン。そうして考えながらも一歩前に出たタマモにと無数の連撃を放ちづける。果たしてどれだけ耐えられることやら。そうレンは考えていた。


「え?」


 だが、タマモは思ってもいなかったことを、というよりも以前と同じことをしてきた。すなわち、低い体勢になって突っ込んできたのだ。


(それだと前と同じになるんじゃないか?)


 以前は低い体勢になってレンの腕をかいくぐっていたが、足がもつれて転倒していた。かいくぐるまでのイメージはできていたのだろう。


 しかしそれから先のイメージを、どう動くのかを考えていなかったのだと思う。結果一瞬だけ、思考が止まった。だが思考は止まっても体は動いていた。頭と体のバランスが狂い、前回は転倒ということになったはず。


 それと同じことをタマモは行うつもりなのだろうか。それでは意味がないとわかっていないのだろうか。少しだけレンはタマモに失望していた。失望しながらも懐に入り込まれないように右腕を引き、下から掬い上げるようにしてアッパーカットを、握り拳ではなく、掌底でのアッパーカットを放とうと──。


「いまです! 「シールドバッシュ」!」


 ──放とうとしたところを狙い撃ちにされた。フライパンにセットしてあった「大盾」のスキルの武術アーツである「シールドバッシュ」をタマモは発動した。


「な!?」


「シールドバッシュ」によってタマモは加速した。アッパーカットを放とうとしていたレンは、思わぬタマモの行動に一瞬だけ硬直してしまった。


(大盾なしで「シールドバッシュ」なんてできるのか!?)


「大盾」持ちのプレイヤー。要はタンク系のプレイヤーにとって唯一の攻撃スキルである「シールドバッシュ」は「大盾」ありきの武術。そう思うのが普通だった。


 しかしタマモはその普通をあえて無視した。おたまではできなかったが、フライパンでは「大盾」のスキルをセットできたのだ。


 逆説的に言えば、フライパンであれば「シールドバッシュ」が使えるということになる。


 ただ本来の「シールドバッシュ」ほどの威力はない。武器となる大盾を持っていないのだから、威力は当然低くなる。


 しかし威力はないが、「シールドバッシュ」の加速力を得ることはできていた。


 それはフライパンを構えていないいまでも同じだ。


 むしろ重い鎧も大盾も装備していないタマモが使った「シールドバッシュ」の速度は、タンク系プレイヤーが使う「シールドバッシュ」よりも速かった。使用者のタマモの想像を超えて、だ。


(ふ、懐に入れたけれど、ここからどうすればいんでしょう!?)


 タマモ自身で想定していた以上の速さを叩きだしてくれた「シールドバッシュ」のおかげで、ここから先の想定をなにもしていない。いや、想定できなかったタマモはここから先の行動は思いつかなかった。


 通常よりも速いが、「シールドバッシュ」事態が直線的な動きしかできない武術でもあるため、回避するのはとてもたやすい。来る方向がわかっているのであれば、対応もしやすいのだ。現にレンはすでにタマモの正面から外れるように動いていた。


(このままだと負ける。でもどうすれば)


 このままでは避けられたあげくの転倒になるのは目に見えていた。その場合待っているのは以前と同じ負け方。同じ負けであっても一矢報いることはしたいのだ。


「と、とどけぇぇぇぇ!」


 移動をするレンに向かってタマモは必死に腕を伸ばした。わずかでも触れたい。そう思いながら腕を、いや手を大きく広げながらレンと交錯した。そのとき。


 ──チッ


 なにかをかすめる音が手の方から聞こえてきた。レンが驚いた顔をしているのがとても印象的だった。

「あ、当たった?」


 ほんのわずかだったが、小指がレンの体に触れたのがわかった。レンもそのことを理解しているからこそ驚いているようだった。


「や、やった、ってわぁぁぁーっ!?」


 喜ぶよりも早くタマモは「シールドバッシュ」の勢いそのままで転倒してしまったのだった。

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