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54話 逆鱗

 微NTR風味。閲覧注意。

 言われた意味をすぐに理解することはできなかった。


 エルは相変わらず笑っていた。不敵に笑っているわけではなく、単純に笑っているだけ。その笑顔だけを見ると、何気ない会話のように、日常的な会話をしているだけのように思えてしまう。


 まりも自身、もし第三者という立場であれば、同じことを思っただろう。耳を疑うような、いや、発言者の精神状態を疑うような話があったとは、とてもではないが思えなかった。


 けれど、実際に発言者が──エルが口にした話は、エルの精神状態を疑うものだ。むしろ、なんで笑顔でそんな馬鹿げたことを言えるのかが、まりもには理解できなかった。理解できないが、実際にエルは口にしたのだ。いままりもの腕の中にいるエリセを売れ、と。その言葉が意味することがなんであるのかは考えるまでもないことである。


「……すみませんが、言われた意味がよくわからないのですが?」


 荒ぶりそうになる感情をどうにか抑え込みながら、まりもはできる限り冷静を装い、エルにいまの発言の真意を尋ねた。できれば聞き間違いであれば。そんなわずかな望みを胸にしながらエルを見つめていたが、エルはにこやかに笑いながら告げた。


「そのままの意味ですよ。それを私どもに売ってください。悪いようにはしませんので」


 エルは笑っていた。笑っているが、その言葉をそのまま信じることはまりもにはできない。

「……意味がわかりません」


「はて? これ以上となくわかりやすかったと思いますが、どうして意味がわからないのでしょうか?」


「……本気で言っていますか?」


「ええ、もちろん。どうしてあなたが理解されないのか、かえってこちらが理解できないくらいですし」


 エルは困惑したように小首を傾げていた。本当に理解できないでいるようにしか思えない。まりもの中の荒れ狂う感情を本当に理解できていないようだった。強く歯を噛み締めてから、まりもは一度大きく深呼吸をして続けた。


「……エリセさんは売り物ではないです。この人は──」


「ただのデータです。実在しない、ただの作り物ですよ、それは」


 まりもの言葉を遮ってエルは言った。その言葉にまりもはまた歯を噛み締めた。歯を噛み締めながら、エルを睨み付けた。エルは「怖い怖い」と軽口を叩いて、まりもを見つめているが、まったく怖がっているようには見えなかった。むしろ、まりもを怒らせて遊んでいるようにしかまりもには感じられなかった。


「──データだったとしても、実在していなかったとしても! いま、この腕の中にこの人はいる! それは事実だ!」


「そうですね。ですが──」


 ぱちんとエルが指を鳴らすと、まりもの腕の中にいたエリセが突如として姿を消した。どこにと思ったときには、エルが「ふふふ」と楽しそうな声を上げた。慌てて顔を向けるとエルの腕の中にエリセはいた。


「──こうすれば、あなたの腕の中からいなくなりますよね」


「か、返せ!」


 まりもは立ち上がろうとした。が、なぜか体が動かなくなった。なぜと視線を向けると、まりもたちを囲んでいた黒づくめの男たちのひとりがまりもを後ろから押さえこんでいた。いつのまにと思っていると、今度は「おやおや、思った以上ですねぇ」と楽しげなエルの声となにかを破くような音が聞こえてきた。視線を戻すと、エルの手にはエリセの服の一部が握られていた。


「服の上からでもわかっていましたけど、なかなかにいい体をしていますね、この子は。ふふふ、うまくやればいい感じに稼げそうだ」


 唇を舐めながらエルは機嫌良さそうにしていた。その目はまりもではなく、自身の腕の中にいるエリセに、胸元を露わにさせたエリセを見つめている。見つめながらその手を徐々にエリセに近づけていく。


「っ! 離せ、離せっ!」


 まりもは背後にいる黒づくめの男に向かって叫ぶ。だが、黒づくめの男はまりもの言葉が聞こえないのか、なんの反応も示すことなく、まりもを抑え込んでいた。


 どうにかその拘束から抜け出そうと躍起になるまりもだったが、耳に入った声でそれもできなくなった。うわずった、いや、艶めかしい声が耳に飛び込んできたのだ。視線を再び戻すと、エリセの体をまさぐっているエルがいた。エリセは体をかすかに震わせながら、艶めかしい声をあげていた。


「へぇ、やはりいい体をしている。これならいい値で売れるなぁ。これだけの美貌にこれほどの体の持ち主はなかなかいませんからねぇ。たとえデータだけだったとしても、VRで味わえるとあればそれなりの金が動きそうですねぇ」


 エリセの体をまさぐりながらエルは笑っている。エルにまさぐられながらエリセは徐々に肌を火照らせていた。真っ白な肌が火照る様はひどく艶めかしくて、まりもは目を奪われていた。


「ふむ、反応はなかなか。これで膜ありなんですから、より金が動きそうだ。記憶を奪うか。いや、記憶を奪わずにいた方が一部の好事家が喜びそうだなぁ」


 エルはなにかを思案しているようだが、ろくでもないことであることは間違いなかった。


「エリセさんから、離れろ!」


 まりもは叫んだ。だが、エルは気にすることなく笑っている。いや、嗤っていると言う方が正しいか。その姿にまりもはいまにも噛みつきそうなほどの、エルの喉笛を噛みちぎりそうなほどの怒りを携えながらエルを睨み付けるが、エルはまりもの怒りを意に介することもなかった。


「さきほども言いましたが、いいじゃないですか。どうせ、これはもうあなたには不要でしょう? だから私どもが引き取ってあげると言っているではありませんか」


「誰もそんなことを頼んでなんか」


「でも、もうあなたには相手はできたでしょう?」


 エルの言葉に反論することができず、まりもは言葉を詰まらせた。そこにエルは追撃のように言葉を続けた。


「それとも相手がいるというのに、これまで欲するので? いやはや、お金持ちのお嬢様は欲張りですねぇ。それともみずからが欲すればなんでも手に入るとでもお思いですか?」


「そんなことは」


「まぁ、欲するのであれば、私どもも考えがないわけではありません」


「考え?」


「えぇ、「売ってください」とお願いしたのはまさにその考えゆえになのですよ。まぁ、アングラにはなりますが、これを少し改造しようと思いましてね」


「かい、ぞう?」


「ええ。このゲームではできないことですが、もしこれを抱けるとすればどうします?」


 言われた言葉はあまりにも想定通りすぎた。想定通り過ぎるほどの内容だった。


「人目を惹くほどの美貌、具合のよさそうな体、そして初々しい反応。少女趣味以外の方であれば、理想的な女だとは思いませんか?」


「エリセさんを、売るということ?」


「ええ。あぁ、ご安心を。ちゃんと記憶は残しますよ? ただ、「旦那様」というのが誰のことなのかはわからない程度に記憶をいじらせていただきますが。見物ですよね。自分でも誰かわからない「旦那様」に必死に助けを求めるも、その手を取られることがないんです。そういうのが趣味な好事家には大人気でしょうねぇ。しかも相手はデータであり、どんなことをしても事件に繋がることはないのです。まぁ、それでもアングラな商品になりますから、ある意味では問題にはなるかもしれませんが、そこはそれ、餅は餅屋とも言いますからねぇ。やりようはありますから。それにアングラであれば、いろいろと機能を追加させられますもの。たとえば──」


 にやりとエルの口元が歪んだ。歪んだ口元から発せられた言葉は──。


「妊娠する機能とかね? 好きでも相手の子を無理矢理孕ませられてしまうというのは、やはりそういうのがお好きな方には堪らない機能でしょう? 現実にやってしまうと、そのたびにバカにならない金が必要になりますが、VRであれば初期費用を払えばあとは後腐れなくできるとあれば、非常に魅力的になるかと──」


 ──まりもの逆鱗に触れた。


「貴様ぁぁぁぁぁ!」


 まりもは目を血走らせながら叫ぶ。その様はまるで獣のようだった。だが、それでもエルのひょうひょうとした態度を崩すことはできない。


「──あぁ、ご安心ください。モニターにはちゃんとあなたになってもらいますよ。お好きなんでしょう? こういう体の、都合のいい女は?」


 エルが告げた言葉。その言葉にまりもは後ろにいた黒づくめの男を払いのけると、エルに向かって突っ込んだ。拳を強く握りしめ、その顔に向かって振るったが──。


「おいたはいけませんよ」


 ──エルが指を鳴らすと、まりもの体は地面に縫い付けられたかのように動けなくなった。見ればほかの黒づくめの男たちが上からのし掛かってまりもを抑え込んでいた。


「離せ、離せ、離せぇっ!」


 暴れるまりも。しかしどんなに暴れても数人がかりでのし掛かられてはどうしようもなかった。その間もエルは笑っている。まりもを見下ろして笑っていた。その姿にまりもは怒りを募らせる。しかしどんなに怒りを募らせても、その手がエルに届くことはなく、まりもはただ唸りながらエルを睨み付けることしかできなかった。


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