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46話 人殺し

「──じゃあ、タマちゃん、急にだけど、ごめんね」


「また明日」


 ヒナギクとレンはそう言ってそれぞれの部屋に戻っていった。


 また明日と言って、タマモはふたりを見送った。


 焦炎王が帰ってから、10分も経っていないが、すっかりと本拠地のコテージ内は寂しくなってしまっていた。


 というのも、焦炎王が帰ってすぐにエリセもシオンを連れて、実家に戻ってしまったのだ。


「うちとしてはもっと旦那様とご一緒したいんどすけど、そろそろ抜け出しているのも限界どすさかいね」


 エリセは唸り続けているシオンを背負いながらため息を吐いた。


 もともとエリセは里帰りしているところを、どうにか抜け出して弟のシオンとともに来ていたのだ。たしかにふたりが来てそろそろ二時間は経つ。抜け出すのもそろそろ限界であろう。


 もっともこれが厄介者扱いされているエリセ単独であれば問題はないだろうが、次期当主であるシオンも一緒であれば話は変わる。おそらく現地では血眼になってシオンを探している頃だろうから、いろんな意味でそろそろ限界であろう。


 その当のシオンは「あねさまぁ」と力なくエリセを呼びながら、背負われていた。そんなシオンにエリセは呆れつつも、シオンを見やるその目はとても穏やかだった。複雑な姉弟ではあるが、その仲は非常に良好であるのが唯一の救いと言っていい。


 シオンに接しているときのエリセは、姉の顔を浮かべるエリセはとてもきれいだった。普段のエリセもとびっきりの美人さんではあるが、シオンを前にすると輪を掛けて美人さんだった。そんなエリセに思わず目を奪われていると、その視線に気づいたエリセは姉としての表情をふっと消して、艶やかに笑っていた。


「でも、明日には戻るさかい。だから、うちがいーひんあいさにイチャイチャしたらあきまへんよ?」


 エリセはタマモの唇に自身の人差し指を当てて言った。その人差し指をエリセはそのまま自分の唇にちゅっと音を立てて触れさせていた。その仕草にタマモが思わず胸をドキリと高鳴らせた。


 そんなタマモを見て、ふふふと満足そうにエリセは笑った。そのエリセを見てヒナギクとレンは「大人の魅力ってこういうことかぁ」とか「いやらしいわけじゃないのに、すごく、その色っぽいよね」とそれぞれの感想を漏らしていたが、その感想にエリセは「おおきに」と余裕ありげに答えていた。


 たっぷりと自己主張をしてからエリセは、「イチャイチャはあきまへんよ?」と再び釘を刺した。その釘刺しにはやはり主語がなかったが、誰となのかは言われるまでもなく理解していたので、タマモは苦笑いしながらエリセを見送った。


 そもそもログイン限界までヒナギクとレンもいるのだから、イチャイチャなんてしようがない。そう思っていたのだが、そのヒナギクとレンもいましがた慌ててログアウトしていった。どうやらリアルでの用事の時間が迫っているようだった。


 曰くヒナギクの従兄にあたるお坊さんのお手伝いをする時間になっているそうだった。そのお坊さんとは、レンも懇意にさせてもらっているそうで、ふたり揃ってお手伝いをすることになっていたそうなのだが、揃って時間を忘れていたようだ。


 大急ぎで準備をするからと言って、ふたりはそそくさとログアウトしていった。気を遣ったという風には見えなかったので、本当に時間がなかったようだった。そうして慌ててふたりもログアウトした結果、コテージ内にはタマモとアンリだけが残ることになってしまった。


 テーブルのうえには少し前までみんなで食べていたお重に詰まったお節料理が残っている。現実でも三が日の間はお節料理を食べ続けるのが風習ではあるが、それはこのゲーム内世界でも同じである。


 このままでも問題はないが、さすがに少し片づけないし、纏めておいた方が無難だ。その方が少しずつ片づけができて楽なのだ。


「お重の中身を少し纏めましょう。アンリさんはその間空いた容器を先に片づけて貰ってもいいですか?」


「……はい、旦那様」


 片付けを先に頼むと、アンリはすぐに答えてくれた。話を聞いていないわけではないようだが、その様子はいつもとはだいぶ異なる。そもそも普段のアンリであれば、エリセからのアプローチを見たら確実にヤキモチを妬いていたはずだ。


 だが、いまのアンリはその様子を見せていない。若干顔を俯かせながら、ぼんやりと地面を見つめている。いや正確には自身の両手を見つめているようだった。なにを考えているのかはわからない。


 だが、少なくともいつものアンリらしくはない。だからと言って、いまのアンリが好ましくないというわけではない。それはアンリだけではなく、エリセも同じことだが、どんな姿を見せようとも、タマモにとってアンリもエリセも好ましい存在であるのだ。


 だからいまのアンリも好ましい。好ましくはあるが、やはりいつものアンリでないと、どうにも調子が悪いし、見ていて辛い。アンリはエリセとはタイプが異なるが、美人さんであるのだ。その美人さんが俯いているのを見て黙っているわけにはいかなかった。


「……アンリさん」


「はい?」


 タマモは席にどっかりと腰掛けながら、アンリを見やる。アンリは顔を上げて不思議そうに首を傾げた。


「少しお話をしましょうか」


「え?」


 言われた言葉の意味がすぐに理解できなかったのか、アンリはぽかんと口を開けた。そんなアンリをかわいいなと思いつつも、タマモは自身の隣をとんとんと叩いた。ここに座れという意思表示である。普段のタマモらしからぬアプローチにアンリは戸惑いを隠せないでいたが、タマモはお構いなしに隣を叩き続けていた。有無を言わせぬ様子にアンリは折れたようで、おずおずとタマモの隣に腰掛けた。


「急にごめんなさい、アンリさん」


「いえ。でも、なんで急に?」


「いや、考えてみればなんですけどね。こうしてアンリさんとふたりっきりでいるのって珍しいなぁと思ったんですよ」


「そう、ですか?」


「えぇ。今日はヒナギクさんたちもいませんし、エリセさんもいません。ほら、ボクとアンリさんのふたりだけなのです。そして今日はお正月。おめでたい日にこうして珍しくふたりっきり。なんだかすごく特別な感じがしませんか?」


「それは、そう、ですね」


 言い切りながらも、アンリはどこか迷いがあるように頷く。やはり普段のアンリらしからぬ姿である。


 そんなアンリも好ましくはあるのだが、やはりいつものアンリらしい姿をタマモは見ていたいと思った。


「なので、失礼します!」


「へ? あ、ちょ、ちょっと旦那様っ!?」


 タマモは思ったが吉日と言わんばかりに早速行動に出た。具体的にはアンリの膝の上に頭を乗せて仰向けに寝転んだのだ。


 久しぶりにして貰った膝枕である。もっともして貰うというよりかは、させたという方が正しいが、どのみちアンリに膝枕をして貰うのは久しぶりである。


(初めて会った日以来ですかねぇ)


 アンリに膝枕をして貰ったのは、初めて会った日以来である。氷結王のために作ったいなり寿司。その準備の最中でログイン限界が訪れたとき以来だ。それ以降なんだかんだでこうしてアンリの膝枕を味わう機会は訪れなかった。

 

 当時はログイン間もないときだったので、いまいち楽しめなかったが、いまは違う。あのときはアンリからの愛情に戸惑っていたこともある。が、いまは戸惑いはなく、その愛情がとても心地いい。そのため、こうして膝枕を満喫できる。


(固さ、というか、柔らかさですね。ぬくもりもですが、すべてちょうどいいのです)


 アンリの膝枕はとても心地がいい。お付きのメイドである早苗にもして貰うことは多いが、その早苗よりもアンリの膝枕の方がタマモとしては心地がよかった。なにもかもがちょうどいい。ただ、早苗よりかはボリューム不足であるが、その分アンリのかわいらしい顔がよく見える。


(戸惑っていますねぇ)


 アンリは顔を真っ赤にして戸惑っていた。だが、嫌がっている様子はない。むしろ嬉しそうだ。その表情を見ていると、タマモの胸の内はとても温かくなっていく。


「だ、旦那様。急になにを」


「ん~? 膝枕ですよ。シオンくんにしていたのを見て、羨ましかったので」


「う、羨ましかったって、相手は子供ですよ?」


「……でも、あの子は男の子です。ボクには()()()()()()もあの子にはできますから」


「旦那様のできないこと?」


「……アンリさんに、いや、エリセさんにもですね。ボクにはおふたりに子供を抱かせてあげることができません。ふたりに子供を産んで貰って、その子を抱かせてあげることはボクにはできないのです」


「ぁ」


 小さく息を呑むアンリ。より表情を赤らめるも、その視線にはなんとも言えない感情が宿っているように見える。


「ボクはふたりと同じで女性です。だから同じ女性であるふたりに子供を産んで貰うことも、その子を抱かさせてあげることもできません。でも、シオンくんは少し大人になれば、ふたりに子供を宿らせることはできます。まぁ、エリセさん相手だと倫理観的に大問題が生じますけど、それでも子供を宿らせることはできますから。ボクにできないことがあの子にはできる」


「……旦那様」


「だから、ですかねぇ。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけですけど、()()()()()()()()()んですよ、本当は」


「旦那様が?」


「ええ。それとこういうのはどうかと思うんですけどね」


「はい?」


「シオンくんにですね。その、なんというか、ですね」


「?」


「……誰の許しを得て、()()()の膝を好き勝手にしているんだ、コラって言いたくなりました」


「っ」


 赤らんでいたアンリの顔がより真っ赤になる。それどころか頭の上にある耳までもが真っ赤に染まっていく。そんなアンリを見て、「言ってしまったな」と少し後悔しそうになるタマモ。


 だが、タマモとしては別に間違ったことを言ったわけでもないし、嘘を吐いたわけでもない。紛れもない本心をアンリに伝えていた。


「……それって、その、旦那様はアンリをそういう目で見てくださっているということですか?」


「……そ、そういう目がどういう目のことなのかはわからないです」


「……だ、だから、その、……相手としてです」


 ぼそりとアンリが呟いた言葉は、ひどく生々しかった。それこそ「女の子がそういう言葉を口にしたらダメなのです」とタマモは声を大にして叫びたいところだった。普段の自身の言動を踏まえたら、「おまえが言うことか?}と突っ込まれそうなことではあるのだが、タマモとしては間違ったことを言っているつもりはないと言い返すつもりではあるが、アンリは期待を秘めた目でタマモを見つめている。この目を前にして下手なごまかしはできないし、したくなかった。


「……そう、ですね。間違っていないです。でも、アンリさんだけじゃなくて、エリセさんもそういう目では見ていますけど」


 生々しいと自分自身でも思いながら、タマモは頷いた。我ながら恥ずかしすぎてアンリを見やることができず、あらぬ方向をみやりながらの返答になってしまった。その返答にアンリは黙ってしまった。


(せ、選択肢ミスですか!? それとも気持ち悪いとか思われたとか?)


 急に口を閉ざしたアンリに、嫌な予感を抱くタマモ。慌ててアンリを見やると、アンリは泣いていた。


「……アンリ、さん?」


「ご、ごめんなさい。嬉しくて、つい」


 あははは、とアンリは力なく笑う。笑っているが、大粒の涙がその目を濡らしていく。濡れ光るアンリの瞳。その瞳にタマモは吸い込まれていく感覚を覚えた。気づいたときには軽やかな音が聞こえた。少し離れていたアンリの顔がすぐ近くにある。触れたのは唇ではなく、目尻にだったが、アンリの涙を拭うようにしてその目尻に口づけを落としていた。


「……だんな、さま」


 嬉しそうに、でも、若干の戸惑いを秘めつつアンリがタマモを呼ぶ。少しだけ舌っ足らずな呼び方だったが、それがかえって愛おしかった。狂おしいほどにアンリが愛おしかった。もし現実であれば、とタマモはわずかに思った。もし現実であれば、行き着く所まで行き着いてしまいそうなほどの雰囲気になっている。


 そう思えてしまうほどに、いまタマモは荒々しい情動に突き動かされそうになっていた。だが、これは現実ではない。その重々しい言葉がタマモの情動を抑え込んだ。


「……次はアンリさんです」


「……え?」


「ボクは本心を口にしました。だから次はアンリさんです。焦炎王様のお言葉からずっと上の空でしたよね。その理由をどうか教えて欲しいのです」


「……それは」


「ダメですか? ボクではあなたを支えることはできないですか?」


「そんなことはないのです! ただ、ただ、その」


 アンリが叫んだ。アンリが叫ぶこと自体は珍しいことじゃない。だが、その叫びはいつもとは異なる感情に、自身を否定するような響きを孕んだものだった。


 そんなアンリをタマモは見ていたくなかった。だからもう一歩踏み込んだ。


「……ボクになにができるかはわからない。でも、それでもボクは君を支えたいと思っているよ、()()()


「……ぇ?」


「だから、教えておくれ、アンリ。君の苦しみを。ボクは君とその苦しみを分け合いたい。君の苦しみを供に背負いたいから」


 初めてアンリを呼び捨てにした。正確に言えば一度したことがある。でも、強引に言っただけ。自分の意思で決めたわけじゃないし、そもそもそれ以降は「アンリさん」に戻していた。


 しかし今回は違う。今後はもう戻さない。そう決めた。だからこれが初めて。初めての呼び捨てだった。


 その呼び方にアンリは口に手を当てて涙を流す。その仕草も愛おしくて、タマモはもう一度アンリの目尻に口づけた。アンリはくすぐったそうにしたが、心地よさそうに表情を和らげた。


「教えてくれるかい、アンリ。君の苦しみを」


「……はい。旦那様。アンリは、アンリは人殺しなのです。父様と母様の死のきっかけを、アンリは作ってしまったのです」


 アンリは涙を流しながら、自身の過去について語り始めた。

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