表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/968

18話 暴走とたん瘤

「……じゃあ始めようか」


「そうですね」


 タマモはレンといつものように距離を取って対峙をしていた。


 ふたりの頭には大きなたん瘤ができているのだが、そのことをお互いに指摘することはしなかった。


 お互いのたん瘤はいわば名誉の負傷という認識だからだ。


 それはさきほどまでの聖戦──ヒナギクを巡る舌戦の際に負った傷であるからだ。


 具体的に言えば当のヒナギクによる「いい加減にしなさい」のひと言とともに離れたげんこつという抑止力によって終了した。


 そしてそのげんこつによって負ったのが傍から見てもわかるほどに大きなたん瘤というわけである。


「……ふふふ、やはりヒナギクは俺の嫁ということだね」


「ふ、なにを抜かすかと思ったら」


 レンはタマモのたん瘤を見て笑った。だがそれはタマモもまた同じである。


 お互いに名誉の負傷と考えているが、その差を見てお互いに笑い合ってはいた。お互いにそれぞれの優位性を抱いていた。


「いいですか、レンさん。ヒナギクさんのげんこつを頂いたときのことを思い出してほしいのですよ」


「どういうことかな?」


「あのとき、ボクは涙目になりました。でもレンさんは蹲りました。その差こそがヒナギクさんからの愛情の差なのです。つまりボクをそういう目で見ているからこその手加減なのです。つまりヒナギクさんが想ってくれているのはボクということなのですよ!」


 くわっと目を見開きながら、なんともおかしなことをおかしなテンションで言い切るタマモ。そんなタマモを見てレンは少しだけ口元を拭った。


(やるじゃないか、タマちゃん)


 たしかにタマモの言ったことも一理ある。想いの差があるからこそ力加減に現れる。


 たしかにそういうこともあるだろう。想い人であるからこそ力の加減も変わってしまう。


 否定できないことであり、レンも当事者でなければ頷けることではあるのだ。だが──。


「甘いね。タマちゃん。タマちゃんの言葉はたしかにそうかもしれない。そうかもしれないが、あえて言おう。間違っていると、と!」


 くわわっと目を見開きながら、やはりおかしなテンションでタマモを指差すレン。


 そのポーズは独特の髪型や個性的すぎる見た目の検事や弁護士が登場する某裁判ゲームを連想させてくれる。


 当然タマモも元ネタには気づいたが、あえて指摘することはしなかった。


「ほう? ボクが間違っているですか? その根拠はなんでしょうか? 言ってみてくださいよ、レンさん?」


 にやりと笑いながらレンを見やるタマモ。そんなタマモにレンははっきりとした口調で持論を展開していく。


「たしかに力加減の差が想いの差と言えなくもない。しかし! 本当にそれだけかな?」


「と言うと?」


「こうは考えられないかな? 想いの差ではなく、「レンなら私の想いをきちんと受け止めてくれるよね。だってマイダーリンだもの。ぽっ」と!」


 これでもかと目を見開きながらレンはやはりおかしすぎることを言いきった。


 そんなレンの言葉にタマモは雷に打たれたかのような衝撃を感じていた。


「ま、まいだーりん」


「そうさ。ヒナギクはいわばマイハニー。いや、マイワイフ! ゆえにその想いを受けとめることなどできて当然! だからこそヒナギクは力加減に差をつけたんだ。俺ならすべて受け止めてくれると信じてくれたからだ!」


「くっ!」


 タマモは膝を着いた。言い返したい。言い返したいのだが、痛恨の一撃を喰らってしまったのだ。た


 しかに。たしかにそういう解釈もありだろう。


 むしろヒナギクであれば、そう思っていた可能性は高い。むしろそれでこそのヒナギクとも言えた。


「いや、あの、そういう意図はなかったんだけど」


 当のヒナギクは困惑しながらふたりのやり取りを聞いていた。


 げんこつで止めたのはいいのだが、それからなんともおかしな方向に暴走を始めたふたりになにを言っていいのかがわからなくなってしまったのだ。


 今度はどう止めればいいんだろうとさえ考えていたが、そのアイディアは一向に思い浮かばない。実に悲しい。


「……きゅー」


 ヒナギクに抱っこされながら、おかしなことを言いあうタマモとレンを見てクーが呆れたように鳴いていた。


 いかにも「なんだこの茶番?」と言いたげな表情だった。しかしクーの嘆きのひと言は届かない。


 タマモとレンの言いあいは加速していく一方である。


「それでも! ボクは! ヒナギクさんを諦めない!」


「……言うじゃないか、タマちゃん。いや、それでこそのタマちゃんだ!」


「……なにこのテンション」


「きゅー」


 目に炎を宿しながら叫ぶレンとタマモ。そんなふたりの姿に若干、いや大いに引きながら冷めきった目を向けるヒナギク。


 そしてヒナギクに抱っこされながら「青春だねぇ」とニヒルな表情で笑うクー。


 相変らず見た目と言動がかみ合わない芋虫だ。


 しかしそのことを誰も指摘することなく、その日タマモとレンのテンションは一日中変わることなく、おかしなままだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ