45話 適性
明けましておめでとうございます。
やはり新年最初は今日になりました←汗
「──さて、そろそろ我はお暇するとしようかな」
「炎焦剣」の手ほどきも終わり、いろいろと話もした後、焦炎王は若干名残惜しそうにしていた。
「え? これからおもてなしをしようかと思っていたんですけど」
焦炎王の言葉は、タマモには寝耳に水だった。
いろいろとすることはしたのだ。であれば、ここからはおもてなしをする番だと思っていたのだ。
だというのに、焦炎王は帰ると言い始めた。
なにか粗相をしてしまったのかと、自身の言動を振り返るも、これと言って焦炎王を不快にさせた覚えはない。そもそも焦炎王自身、笑っていたのだ。見せかけだけの笑みではなく、心からの笑顔を何度も浮かべていた。不快にさせ続けていたのであれば、そんな笑顔は決して浮かべることはしないだろう。
ということは、焦炎王は不快だったわけではないということ。
であれば、なぜ急に帰ると言い出したのだろうか。
「なに、新年早々邪魔をするのも悪いかと思ったのでな」
「気にされなくても」
「そうだな。タマモであれば、そう言ってくれるだろう。しかしだ。だからといって、その言葉に甘えるわけにもいかぬさ。家族でもなければ、招かれたわけでもない。だというのにこうして新年早々に顔を出すのも失礼だった」
「そんなことは」
「あるさ。親しき仲にも礼儀はある。その礼儀をいくらか無視してしまっている。だから今日はこれでお暇させてもらう。それに考えてみれば、なんの手土産もなく来てしまったからな。重ね重ね無礼を働いているのだ。そんな無礼者は早々に帰るべきだろう?」
苦笑いしながら、焦炎王は言い切ると、外套を羽織り、これから帰るという体をなしていく。
引き留めるのはかえって失礼になるだろうとタマモは思い直した。
「……わかりました。では、今度焦炎王様のご自宅に参らせていただくのです」
考えてみれば、焦炎王と会うときはいつも焦炎王から顔を出してくれるという形になっていた。タマモから焦炎王の元へと向かったことは一度もない。はっきり言えば、タマモの方がよっぼど無礼と言えなくもない。
「我の居城か。タマモがよければ、いつでも招こう。さすがに今日これからというわけにはいかぬが、そうさな、明日はどうだろう?」
「明日ですか?」
「うむ。善は急げとも言う。こういうことはさっさと済ませるに限る」
「たしかにそう言いますけど」
タマモの感覚的に「善は急げ」というのは、面倒なことはさっさと終わらせておいた方がいいという意味合いである。実際の意味は、よいと思ったことは早々に終わらせるべきということになるが、実際の意味と現実で使われる場面での意味合いが異なることはよくあることである。
今回の場合で言えば、焦炎王の使っている意味合いは、どう考えても後者である。タマモとしては別に面倒事ではないため、後者の意味合いで使うつもりはなかった。
「となると、人数は少し制限するべきかの?」
「ほえ?」
「うむ。レンはわかっておるだろうが、我が居城はなかなかに特殊であるのでな。耐性がないものにとってはいるだけで辛かろう。そうさな。タマモはもちろん、レンとヒナギクは問題ない。エリセも問題なかろう。ただ、アンリだけは留守居している方が無難であるな」
この場にいるメンバーを一通り見回してから焦炎王は、アンリ以外は問題ないと言った。タマモたちはプレイヤーであるため、ある程度各属性への耐性はあるというのもあるが、レンが修行から帰ってきたときに持ってきた装備である「不死鳥(劣)シリーズ」が火属性の耐性を持っているということも大きいだろう。
エリセは水の妖狐の長の一族出身。それも歴代でも屈指の能力を誇るがゆえに、下手をすればタマモたち以上の火属性の耐性を持ち合わせているだろうから、焦炎王の言葉は納得できる。
だが、アンリだけは除外とされてしまったのはどういうことなのかは、いまいちわからないことである。
「なんでアンリさんはダメなのですか?」
「うん? あぁ、それはな。アンリには火の耐性が完全にないからだな」
「え?」
「というよりも、適正が一切ないという方が正しいかの? 我も長く生きてきたが、ここまで火に対しての適正がない妖狐は初めて見るな」
物珍しそうにアンリをまじまじと見やる焦炎王。当のアンリはなんとも言えない、困った顔をしている。なにせ「四竜王」というゲーム内世界で言えば、最上位に位置する人物から好奇の視線を向けられているのだ。居心地が悪くなるのも無理からぬ話だった。
「あの焦炎王様。あまり、そういう視線は」
「あぁ、そうだな。少し不躾だった。すまぬな、アンリ」
「いえ、お気になさらずに。……それに適性がないというのは本当のことですし」
あははは、と苦笑いするアンリ。苦笑いしつつも適正に関して、否定をしないでいるのを見る限り、どうやら火への適正がないというのはアンリも自覚していることのようだ。が、タマモにはどうにも頷けないことである。
(アンリさんは、狐火は普通に使えているのに)
アンリとの共同生活は、昨日今日始まったことではない。その中でアンリはちゃんと狐火を使っていた。使ってはいたが、もっぱら使うのはタマモであり、アンリが狐火を使うことはあまりなかった。
それでもアンリはちゃんと狐火を使っていた。適性がないのであれば、狐火だってまともに使えるわけがない。
もっとも狐火を使えない妖狐なんて、このゲームはもちろん、どんな媒体の作品であっても聞いたことがない。妖狐にとって狐火というのはそれだけ切っても切れない関係にある能力である。
ゆえに妖狐族は種族全体の特徴として、火の適性が高いはずだ。たとえ各四属性に枝分かれしていても、どの一族でも火の適性は誰もが持ち合わせているはずである。現に水の妖狐の一族であるエリセも高い適性を持ち合わせているのだ。であれば、風の妖狐の一族であるアンリもまた適性を持ち合わせているはずである。
しかし焦炎王はアンリにはまるで適性がないと言い切っていた。他の誰かであれば、戯れ言と取れなくもないが、火を司る竜王である焦炎王がはっきりと言い切っているのだ。であれば、アンリに火の適性がないというのは事実ということになる。正直納得できないことではあるが、焦炎王が言い切ったということは事実であることは間違いないのだろう。
「まぁ、事情はあるだろうから、あえて詮索はせぬ。だが、アンリは適性がないゆえに、我が居城に招き入れることはできぬ。ゆえに留守居をしてもらう。よいか、アンリ?」
「はい、もちろんです。悪いのはアンリですから」
アンリは笑っていた。笑っているのだが、その笑みを見ているといたたまれなさを感じてしまう。いったいどういうことなのかはさっぱりとわからないが、いまこの場で根掘り葉掘りと聞くわけにはいかなかった。
(あとでいろいろと話を聞かせて貰いましょうかね)
いまではなく、後ほどいろいろと話を聞かせて貰うべきだろう。無理矢理ではなく、アンリ自身の意思でだ。
「では、また明日だ、タマモ。用意ができたら連絡をしてくれ。向かえに来るのでな」
焦炎王はそう言ってふっと姿を消した。来るときもそうだが、帰るときもあっさりと帰ってしまう。転移能力というのは便利なものだなぁとしみじみと思いつつも、タマモの視線はアンリに向けられていた。アンリはどこかぼんやりとした様子で虚空を見つめていた。その視線にはいろんな感情に彩られていて、なにを考えているのはまったくわからなかった。わからないが、いつものアンリらしくないということだけはわかった。
(……なにかあったんですかね)
アンリを見つめながら、タマモはアンリのことを考えていた。いつものアンリならすぐに気づくくらいに見つめているのに、いまのアンリはそれに気づくことなく、虚空に視線をさまよわせ続けていた。そんなアンリをタマモはただ見つめていることしかできなかった。
新年早々に若干不穏というね←




