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44話 思うままに

「──さて、質問はこの辺りでいいか?」


 焦炎王はタマモを見つめながら言う。


 5大流派という気になる単語については聞けた。


 ただ、それで聞きたいことをすべて聞き終えたというわけではない。


 焦炎王が言うには最後のひとつを除いた4流派は、「四竜王」がそれぞれ極めているということだった。つまりは氷結王と焦炎王のイベントで入手した「料理番」の称号から得た「結氷拳」と「炎焦剣」はやはり5大流派のひとつだったということだ。


(それぞれの流派は、冠名の逆読みしているみたいですし、残りの竜王様から教えて貰える可能性がある流派はそれぞれ「轟土」と「風聖」という名前になるんでしょうかね?)


 残る「四竜王」は土轟王と聖風王の二体。残りの4流派も氷結王の「結氷拳」と焦炎王の「炎焦剣」の例から踏まえると、それぞれ「轟土」と「風聖」という名前の武術になるだろう。そしてそれぞれから禁術を貰えるのであれば、その名前は冠名のままということになるはずだ。つまり「土轟魔法」と「聖風魔法」ということになる。


(武術の方はわかりませんけど、魔法に関してはなんとなく想像できますねぇ。土轟魔法はアースクエイクとかそういう魔法でしょう。ただ、聖風魔法に関してはいまいち想像できないんですよね)


 土轟魔法と言われて想像できるのは、大地が隆起して対象を攻撃するという魔法だ。RPGで使われるポピュラーな魔法である「アースクエイク」なんてまさに土轟魔法と呼ぶに相応しいものだろう。


 ただ、土轟魔法とは違い、聖風魔法に関してはいまひとつ想像が働かない。そもそも聖風王の名前も「ブリーズロード」である。


(たしかブリーズはそよ風でしたね。おひとりだけやけに攻撃的ではないというか)


 あまり言いたくないことではあるが、「四竜王」の中では聖風王だけはやけに弱々しそうな名前だった。名前の響きから言えば、一番弱そうに聞こえてならない。もっとも実際に口にするつもりはタマモには一切ないのだが。


「……そうだな。あまりめったなことは言わぬ方が得策だぞ、タマモや」


「ほえ?」


「おそらくだが、名前の響きからの想像だろうが、そなたの考えははっきりと言えば、間違いだと言わせて貰おうか」


 苦笑いしながら焦炎王は言う。タマモが考えていたことを読まれていたようだ。もしくは口にするつもりがなかったことを、口にしてしまっていたかである。タマモは周囲を見渡すもアンリとエリセは首を横に振る。ヒナギクとレンもまた同じであった。


「声に出してはおらなんだが、タマモは気を抜いているときは読みやすいからな」


 タマモの反応を見て焦炎王は気をよくしたように笑う。「おまえは時折まぬけになる」と言われているようで、なんとなく面白くはなかったが、自覚があるのでタマモはなにも言い返すことができなかった。


「あぁ、別に貶してはおらんぞ? そなたのそういうところは好ましいと我は思っている」


「そうですか?」


「あぁ。完全無欠という言葉は聞こえだけはいいが、実際のところはつまらぬものさ」


「つまらない?」


「あぁ。そもそも完全無欠とはなんだ? 欠点がないということだが、生きとし生けるものはすべからく欠点を持つ。それはレンやヒナギクのような人間もタマモやエリセのような獣人も、そして我のような竜でさえも変わらぬ誰しも欠点はある。その欠点は種族特有のものもあるし、個々人特有のものもある。完全無欠と言う言葉はあれど、その言葉を体現できる存在はいないのだ」


「そう、ですね」


 焦炎王の言葉はたしかに頷ける。


 タマモの性癖もある意味欠点であるし、レンの厨二発想や、ヒナギクの潔癖なところも欠点と言えば欠点である。エリセは酒癖が悪いし、アンリはヤキモチを妬きすぎるところなど、たしかにそれぞれの欠点はある。


 種族的な特徴で言えば、レンやヒナギクたちヒューマン種はなんでもできるが、なんでもできる反面、特化していない分器用貧乏に陥りやすい。タマモたち獣人は物理特化な分、魔法に関しては不得手であるし、エルフは魔法特化である分物理面が残念である。

 

 焦炎王の言う通り、欠点のない存在などいないのだ。それはゲーム内世界だけではなく、現実世界でも同じだ。むしろゲーム内世界以上に欠点の多い生物というものは多いだろう。たしかに焦炎王の言う通り、完全無欠という言葉はあれど、実際にその言葉を体現する存在はいないのかもしれない。


「だが、仮に完全無欠と呼ばれる存在がいるとしたら、それはどういう存在だと思う?」


「どういう存在、ですか?」


「うむ。矛盾したことを言っていると思うだろうが、実際にいると仮定したら、いや、そう呼ばれるにはどうすればいいと思う?」


「どうすれば」


「うむ。タマモはどうすればいいと思うかの?」


 じっと焦炎王はタマモを見つめていた。


 完全無欠という言葉を体現した存在はいないと言ってからの、体現するとしたらどうすればいいのか。その問いかけはたしかに矛盾している。矛盾しているが、あえて言うとすればそれは──。


「……できることをできる範囲で行い、できないことはしないことですかね? ちゃんと印象操作もしたうえで、です」


 ──できることをできる範囲内でやるということだった。そのできる範囲もギリギリでできるというところではなく、完璧にできるというところまで落としたうえでだ。


 例えて言うとすれば、高校生が小学生を相手にするというところだろうか。広く「欠点がない」と思われるでのはなく、ごく限られた範囲で「欠点がない」と思われる方が容易く行える。


 ただし、単純にそれだけをしても「欠点がない」と言われることはない。単純に「弱い者虐め」をしていると思われるだけであろう。大切なのは無双した後にちゃんとした印象操作を行うことだ。印象操作を行えば「弱い者虐め」ということにはならない。


 高校生が小学生を相手にするという例で言えば、高校生がそのまま小学生を相手にしたら、単なる弱い者虐めになる。だが、もし「高校生」ではなく、「高校生のように見える体格の小学生」としてならどうなるだろうか?


 高校生並の体格の小学生など実際にはそうそういないわけだが、必ずしもいないとは言い切れない。


 そんな小学生を高校生が演じれば、いや、演じ切れればそれはたしかに「完全無欠」と言われることになるだろう。体力でも学力面でも実際に高校生レベルであれば、小学生相手に無双できるのは当然のことだった。


 実際は落ちこぼれな高校生であっても、それは対象が同年代だからであって、対象を落とせば落ちこぼれということにはならない。


 焦炎王の問いかけの答えとしてタマモが思いつくのはそれくらいであった。その答えを口にすると、焦炎王は「その通りだ」と頷いてくれた。


「自身のできる範囲内で、完璧にできると言い切れる範囲に自身を落とし込めば、完全無欠と言える存在にはなれる。我から言わせて貰えばつまらぬことではあるがな。なにせみずからぬるま湯に浸かることを選ぶということだ。みずからの可能性を閉ざし、進化ではなく退化を選び続けると宣言したも同然であるからな。そんな存在はすべからくつまらぬ者よ」


「それは」


「とはいえ、無理からぬ話ではあるだろうがな。進んで退化を選ぶということは、八方塞がりになっている場合が多い。自分の力ではどうすることもできない現実に屈したということだ。誰もが現実に屈せず、立ち向かえるわけではない。つまらぬ者と言いはしたが、そうなるのも致し方がない現実というものは、どうしても存在はする。だから無理からぬことではあるのだ」


 焦炎王の目はタマモを見つめていた。タマモを見つめながら、その目はどこか遠くを見つめていた。遠くを見つめるその目には、どうしようもない悲しみに染まっていた。焦炎王がどうしてそんな目をしているのか。タマモにはよくわからなかった。


「その点、タマモは面白い」


「ほえ?」


「我から言わせて貰えば、そなたは欠点だらけだ。隙も多いし、考えも読みやすいし、力はなければ、速さもないし、そのうえで嗜好が嗜好であるしな。挙げようと思えば、そなたの欠点はいくらでも挙げられそうだ」


「ぅ」


 焦炎王の一言に言葉を詰まらさせられるタマモ。焦炎王の言う通り、ゲーム内世界、いや、現実でもタマモの欠点は多い。現実では第三者には悟られないようにその欠点を巧妙に覆い隠してはいるが、気の置けない友人相手や家族相手であれば、欠点を覆い隠すことはしていない。それはゲーム内世界では特に顕著になっていた。


「だが、それがいい、いや、それでいいのだ」


「え?」


「絶対的な存在というものは、えてしてつまらぬ者よ。そう見せることに腐心するがあまり、その中身はお粗末であることがあまりに多い。体面を気にするがあまり、中身のない者というのは案外多いものだ。中には例外もいるがね。たとえば欠点をなくそうと、「目指すべき背中」を目指すがあまりに周りが見えなくなってしまう者、実際に欠点がないことが欠点になってしまう者などがな。そういう例外はたしかに絶対的な存在と言われやすくなる。しかしその生き方はひどく窮屈なものだよ」


 焦炎王の手がすっと伸び、タマモの頭を優しく撫でる。手つきはもちろん、その顔立ちもその目もやはり優しかった。だが、目の色だけは違う。優しい目をしているのに、その目に宿る光は悲しみを帯びていた。どうすることもできない悲しみに揺れ動く。そんな光を焦炎王は宿していた。


「その点、そなたは自由だ。欠点は多い。その欠点を克服しつつも、あえて放置しているという図太さも我には好ましく映る。ゆえに欠点が多いと言われても気にすることはないのだ。そなたはそなたらしく在ればそれでよい」


 焦炎王はそう言ってしゃがみ込むと、タマモの前髪を掻き上げ、額に唇を落とした。その際、アンリが「あー、ずるいのです!」と叫び、エリセは「むぅ、ええなぁ」と不満げな声を上げるも、焦炎王は気にすることなく笑いかけてくれた。


「タマモよ、時間はあるのだ。たっぷりとあるわけではない。だが、まったくないわけではないのだ。ゆえに焦ることはない。そなたはそなたが思うままに、思ったとおりのことをすればいい。その心に従って進め。振り返ってもよい。だが、振り返ったまま歩き続けてはならぬ。ちゃんと前を見つめぬと躓くこともあるし、思わぬものにぶつかることもある。振り返るときはちゃんと立ち止まれ。しかしいつまでも立ち止まってはならぬ。ちゃんと前に進むのだ。たとえゆっくりであっても、たしかに歩み続けよ。それが生きるということなのだから」


 焦炎王は笑う。胸の奥が温かくなるように笑う。その笑顔を見て、タマモは「はい」と頷いた。タマモが頷くと焦炎王は嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔は不思議と脳裏に焼き付いていく。その理由はわからない。わからないが、タマモは焦炎王の笑顔をこれでもか心に、胸に焼き付けながら焦炎王をじっと見つめたのだった。

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