40話 止まらぬ時の中で
焦炎王の突然の訪問に、戸惑いつつもどうにか対応するタマモとアンリ。
焦炎王とはどうやら顔見知りだったエリセは、ふたりが対応する間に焦炎王の相手をしていた。
当の焦炎王は、タマモとアンリの合作の一品ができるのを心待ちにしつつも、焦炎王曰く「幼子」だったエリセとの久しぶりの会話を楽しんでいるようで、その表情は非常に穏やかで柔らかいものになっていた。
(今日も焦炎王様はご機嫌そうなのです)
タマモにとって焦炎王は非常に穏やかな女性であるが、エリセと相対しているいまの焦炎王はいつもよりも穏やかに感じられた。
やはり旧交を温められるというのは、焦炎王にとっても喜ばしいことなのだろう。まぁ、旧交はあくまでも焦炎王にとっての話であり、相手をしているエリセにしてみれば身に覚えのない話であるためか、エリセの困惑は非常に大きいようだ。
そんなエリセとは対象的に、焦炎王はエリセの困惑さえも楽しんでいる節がある。タマモからしてみれば、焦炎王のそういう姿ははっきりと言って意外そのものなのだが、焦炎王の元で学んでいたレンにしてみれば、「いつも通りだなぁ」と思える姿である。
いや、レンにしてみれば、焦炎王がエリセに対して浮かべている柔らかな表情を見ること自体が見間違いかなにかかと思えるレベルであった。それどころか、「あれは誰なんだろう?」と思えていただろう。
が、いまだレンはヒナギクと外で話し合いをしているため、焦炎王が新年早々に来ていることをまず知らない。転移してきてすぐに話し合いをしているふたりを見た焦炎王が「積もる話もあるか」と気を利かせたことで、そそくさとコテージの中に入ったことが原因である。
そのため、焦炎王の相手をコテージ内にいるタマモたちだけで行わなければならなくなっているが、タマモたち相手に焦炎王が粗暴な行動を取る可能性は皆無であるので、いきなり対応しなければならなくなってしまったという弊害はあるものの、対応そのものはそこまで難しいことではなかった。あくまでも大変なのは、なんの準備もしていないときに来られたからであって、対応そのものは非常に楽である。
焦炎王自身、いきなり訪れるのはいつものことではあるが、さすがに新年早々はまずいかもしれないと思っていた。それこそ「今日はさすがに」とか言われたら、謝罪をして引き下がるつもりだったが、わりとあっさりと受け入れて貰ったので、いつも通りに食事の用意をしてもらっている。
が、新年早々に訪れておいて、なんの見返りもなしというのは憚れる。エリセとの旧交を温めつつ、なにかしてやれることはないかなぁと周囲を見渡していた焦炎王は、ふとあることに気づき、タマモをじっと見やる。焦炎王らしからぬあからさまな視線であった。
そのあからさまな視線に「なにかやらかしましたかね」と思いつつも、調理に集中するタマモ。そんなタマモを気遣い気に見守りつつも、ぺたぺたと自身の胸に触れつつ、「むぅ」と唸るアンリ。
アンリにとって、先ほどのエリセの行動は羨ましすぎる光景だったのだろう。しかしアンリ自身がやろうとしてもボリューム不足であるため、仮に同じ事をアンリがしたとしてもタマモに至福の時間を与えてあげることはできそうにないということを、アンリ自身が理解しているため、エリセと自身の差を自覚して、ため息を吐いていた。
そんなアンリの物憂げなため息に対して、当のタマモは冷や汗を搔きつつも、できる限り迅速に調理を行っていた。
(……あえてなにも見ていないということにしておきましょう。こういうときに下手な行動に出ると、割りを喰うのはボクですからねぇ)
割りを喰うのが嫌というわけではない。ことアンリとエリセに関してであれば、むしろ積極的に行きたいとさえタマモは思っているが、いまだけは割りを喰うのは御免被りたい。
下手に声を掛けたら、アンリの続く言葉がなんになるのかは容易に想像できるのだ。せっかく、のめり込んでいるというのに、垢バンなんてされたら目も当てられない。タマモはもっとこの世界を楽しんでいたいのである。ゆえに下手な言動は避けたかった。
(まぁ、いままで通りにプレイできるのもせいぜいあと数ヶ月というところですけども)
いまのところ、浪人生ということもあり、かなりの自由時間はあるタマモだが、あと数ヶ月もすれば大学生になるわけなので、いまのようにがっつりとプレイするなんてことはできなくなる。
せいぜいヒナギクとレン同様に、夜だけプレイということになるだろう。下手をすれば、毎日のログインもできなくなることもありえるが、そればかりは致し方のないことだ。現に人によっては毎日ログインできないという人もいるし、人によってはログイン限界前にログアウトするという人だっている。
いまは自由の身の上だからこそ、毎日ログイン限界までのプレイができているというだけであって、環境が変わればそれさえもできなくなるというのは当然のことだ。
(せめてそれまではいままで通りにプレイしたいところですねぇ)
いつまでも続けられるとは思っていない。それでも時間が許す限りは、いままでどおりにプレイしていたい。この世界の中で駆け抜け、アンリとエリセたちとふれ合っていたいとタマモは考えていた。
(もう一年浪人すれば、それも可能ですが、さすがにないですねぇ)
もう一年浪人すれば、一年時間は延ばせる。
しかし、いろんな意味でそれはないのだ。
前回はケアレスミスを連発したことで、まったく実力を発揮することができなくなってしまった。
だが、前回の失態をそのまま繰り返すつもりはタマモにはない。
主席合格するなんてつもりは一切ないが、いつも通りの力を発揮できれば、なんの問題もない。
ゆえにもう一年浪人なんてことはありえないし、そもそもそんな自分をタマモ自身許せなくなってしまう。
だから、浪人はこれっきり。大学に入れば留年なんてするつもりもないので、莉亜よりかは一年遅くなるが、スムーズに社会人になるつもりである。
(……このゲームに毎日浸れるのも多分あと4年くらいですかね。ほかの人たちとは違って、就活はしなくてもいいから、4年生のときにはある程度の余裕はあるとは思いますが、いまほどではないでしょうし)
将来のことを考えると、なんとも物悲しくなってくるが、それ自体は致し方のないこと。時間は有限でかつ、止まってはくれない。それは誰にとっても当たり前であり、その当たり前はタマモにとっても同じなのだから。
「……はい、これで終わりなのです。焦炎王様、お待たせ致しました」
「ああ、すまんな。それでタマモや」
「はい、なんでしょうか?」
焦炎王の前にいつものキャベベ炒め定食を置くと、焦炎王はじっとタマモを眺めてから一言告げた。
「そろそろ手ほどきを受けるか?」
「手ほどきと言いますと」
「うむ。「炎焦剣」の手ほどきだな。「焦炎魔法」もいまであれば、セットで教えれるがどうする?」
焦炎王はタマモが用意した箸を手に取りながら言う。その言葉になんとなくは予想していたものの、「いよいよか」と気を引き締めるタマモ。
タマモは焦炎王から「焦炎王の料理番」なる称号を得ていた。その称号の効果のひとつとして古武術「炎焦剣」と禁術「焦炎魔法」が取得可能となっていたが、氷結王から貰った「氷結王の料理番」の称号の効果である古武術「結氷拳」と禁術「氷結魔法」を取得したとき同様に大量のボーナスポイントが必要であった。「炎焦剣」と「焦炎魔法」も同等のボーナスポイントが、合わせて65ポイント必要だったのだ。
現在タマモは「お正月トライアスロン」で総合優勝を果たしたことと、焦炎王と氷結王の食事を用意し、レベルアップしたことで75ポイントものボーナスポイントを得ていた。なお現在のタマモのレベルはようやく10となり、全プレイヤー中最下位からは脱出しているものの、いまだに低レベル帯でいるのだが、当初に比べればずいぶんとマシにはなっている。あくまでも当初に比べればだが。
いわば、タマモにとって現在の75ポイントというボーナスポイントは虎の子であるのだが、焦炎王はそれをほとんど使えと言ってきている。さすがにそれはと思わなくもないが、逆に取って置いたとしてもなにに使うのかという話になる。
今回の「お正月トライアスロン」において、「氷結魔法」はとっておきの切り札となってくれた。その氷結魔法と同じ禁術である「焦炎魔法」も切り札となってくれるだろう。
その代償が65ポイントという現在のボーナスポイントのほぼすべてを持って行かれるということ。
どうするべきか。考えたのは一瞬であった。
「……こちらからお願いしたかったところです」
「そうか。では、食事の後に一通り手ほどをしよう」
「はい、お願いします、焦炎王様」
タマモはほとんどのボーナスポイントを支払い、「炎焦剣」と「焦炎魔法」の双方を取得した。すると──。
「おめでとうございます。「氷炎の寵児」の称号を取得致しました」
──予想外のポップアップが目の前に表示されることになったのだった。
称号関係は次回にて




