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34話 最終作戦

 ほぼ横一線のまま、レンたちはトラップ発動エリアに達していた。


 それまで全速力で駆け抜けていた3人だったが、こと発動エリアに達したとたん、一斉に足を止めて、ゆっくりと歩き出していく。


 それまでのハイペースから一転して、スローペースになったレース展開。


 だが、レンもローズもテンゼンも、誰もがそれまで以上に真剣な表情を浮かべていた。


 その足取りは非常に慎重であり、その表情には一切の余裕はなかった。


 それぞれが慎重な足取りでコースを踏み締めては、安堵の表情を浮かべている。


 画面的には非常に地味だ。


 それまでのレースを振り返れば、現状はふざけているのかと言われかねないもの。


 しかし、観客は全員が固唾を飲んで、レースを見守っている。


 誰も罵声を浴びせてはいないし、歓声をあげてもいない。


 誰もがレースのこれからの展望を見守っていた。


 それは観客だけではなく、実走していない参観者も、前2レースの参加者たちも同じであった。


「接戦になっちゃったね」


「ですね」


「フィオーレ」の観戦スペースでタマモとヒナギクは、現状のレース展開についてを話し合っていた。


 会議をするという時間はすでに終わっている。


 ここからはもう会議もなにもない。


 3人の走る姿を見守ることだけ、とはいかなかった。


 というのも、こと「フィオーレ」においては、まだとっておきの切り札が温存されているからだ。


 焦りに焦ったタマモが中盤で切ろうとしたもの。


 だが、結局中盤で切ることはなく温存できた。


 その結果、「フィオーレ」は切り札を最終局面で使用可能という状況にまで持っていくことができた。


 あとはそれをいつ切るかというところである。


 現状「フィオーレ」は、ほかのチームとは違い、だいぶ余裕を持ってレース観戦を行うことができていた。


 本音を言えば、もう少しリード差があったらよかったのだが、あまり贅沢は言えない。そもそもここまで来たら、総合優勝は決まったようなものである。


 バラエティー番組特有のジャンプアップシステム──最終問題ないし最終対決にのみ、獲得ポイントが跳ね上がるというシステムが採用されない限りは、現時点でレンはほぼ3位以上は確定している。


 運悪く低確率でトラップが発動しない限りは、3位以内でゴールテープを切れることは間違いない。


 そうなれば、前2レースの貯金が活きて、「フィオーレ」の総合優勝が決まる。全員が1位のパーフェクトでの優勝が望ましいが、さすがに望みすぎではあるし、パーフェクトであろうと最終的に総合優勝が取れればなんの問題もない。


 ただこういうときほど、下手に余裕を見せると、足下を掬われるというのは古今東西関わらずのお約束である。


「いま残り200メートルほどですかね」


「仕掛けるには少し早いから、あと半分すぎたら、が勝負所かな?」


 レンたち3人はほぼ横一線。


 いくらかレンが突出しているものの、ほとんど距離は変わらない。


 それでもふたりよりかはいくらかのアドバンテージがあることには変わらない。


 加えて、揃って切り札を出し切ったであろうふたりよりも、まだ切り札を温存しているレンが有利であることもまた。


「いまのうちに連絡をしておきますかね」


「そうだね。100メートルを切ったら、勝負を懸けるって」


「そう連絡しておきま──」


 タマモとヒナギクが話し合いの結果、100メートルを切ったら仕掛けることをレンに連絡しようとした、そのとき。


「おおーっと、ここで後続のランナーたちが最終コーナーから最終ゾーンに突入したぁぁぁぁぁ!」


 歓声がやみ、静寂が漂う中、熱のある実況が再び響く。視線を向ければ、後続のランナーたちが続々と最終ゾーンに突入してきていた。だが、誰も彼も傷だらけになっており、その様子からして後続のランナーたちはほぼ全員「トリニティボーナス」獲得は不可能になっているようだ。


「小競り合いを含めた艱難辛苦を越えて、いまようやく先頭ランナーたちに追いついた彼ら。その姿はまさに歴戦の勇者のごとく! さぁ、優勝争いに絡めるかぁぁぁ!?」


 小競り合いという実況にあるとおり、どうやらドンパチやっていたことは間違いなさそうだ。加えて失格になったランナーもいるようで、だいたい20名前後はいたはずなのに、その数はどう数えても20を切っていた。


 まだ最終コーナーを通り抜けていないということもあるかもしれないが、何名かはナニカに捕食されて失格となったのだろう。


 どんなに疑似レースを繰り返して練習を行おうとも、失敗するときはどうしても失敗するものである。


 現にレンとて疑似レース中に5回に1回はナニカに捕食されていたのだ。もっとも捕食されたのは、妨害対策の練習中に誤ってというパターンであり、それ以外でナニカに捕食されることはなかった。


 だが、それはレンだからこそだ。


 レンでなければ、いや、ミカヅチを持つレンだからこそ、その結果にはなったが、ほかのプレイヤーであれば、もっと苦戦させられることだっただろう。特に妨害合戦となっていたのであれば、まともにレースを走ることなどできるはずもない。そうなれば失格したプレイヤーが何名か出てしまうのも無理からぬ話ではあった。


「せめてトップでゴールしてやるぅ!」


 そんな後続ランナーたちの中でひとりのプレイヤーがいきなりそう叫びながら、スピードを維持したまま、発動エリアを駆け抜けていく。


 その姿はどう見ても捨て身であり、無謀でもあった。


 慎重に進もうが、一気に駆け抜けようが、結果的にはさして変わらない。どちらにしろ、発動すればそれで終わりである。


 ゆえに捨て身の無謀であろうとも、ほんのわずかな可能性を信じて地雷原を突き進むというのは、作戦としてはありと言える。もっとも作戦というほどの作戦ではなく、ただ自棄になっただけとも言えることではあった。


 それでも自棄になっただけであっても、彼は思った以上にそのまま駆け抜けることはできた。


 10メートル、20メートルと駆け抜けていき、「もしかしたら届くか?」と観客やその他の後続のランナーたちにわずかながらの希望を見出させたが、その数秒後、そのランナーの姿は忽然と消えた。


 これといった演出もなく、本当にふっと消えたのだ。まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、その姿は忽然と消えてなくなった。


「んん-、残念! 第15ランナー、振りだしに戻りましたぁ! 最初からやりなおしです!」


 若干嬉しそうに実況は言う。トラップ発動まではもしかしたらと思わせていたのが、一転して最下位に下落してしまったのだ。その絶望感は半端なものではないだろう。


「おっと、第15ランナーが棄権を申し入れた模様ですね。さぁ、次にトラップの餌食になるランナーは誰になるのかぁぁぁ!」


 実況は熱が生じていくものの、その実況とは裏腹にレースはひどくしんとしてしまっていた。遮二無二突っ込んでもトラップの餌食になる。かといって、慎重に進んでも先頭集団を捉えることは不可能。そもそも慎重に進んだところで、必ずしも安全というわけではない。確率という名の悪魔の機嫌を損ねれば、どんなに慎重に進んだところでいつかは飲み込まれるかもしれない。


 疑似レース中でそのことは散々理解していたはずのランナーたちだったが、やはり目の前でトラップが実際に発動するのを目の当たりにすると、二の足を踏む者が多くなるのは無理からぬこと。


 現に後続のランナーたちは棄権した第15ランナーのように遮二無二突っ込むこともせず、かといってレンたちのように慎重な足取りで進むわけでもなく、その場で棒立ちすることしかできなくなっていた。

 

「これは上位3名以外は戦意喪失か!? 名実ともに上位3名での三つ巴です!」


 実況はやはり嬉しそうだ。その嬉しそうな声を聞きながら、タマモとヒナギクはそれぞれの顔を見合わせた。


「……悠長なことをしている余裕はないかもですね」


「そうだね。あと100メートルと言ったけど、あと100メートルは長すぎるかもしれないね。実際に走っていないとわからないものもあるだろうから」


「ええ、そのことを踏まえたら、そろそろレンさんも限界でしょう。なら」


「うん。すぐにでも仕掛けよう。じゃないといつ限界が来てもおかしくないもの」


 第15ランナーという犠牲があったおかげで、タマモとヒナギクの意見は重なり、予定よりも早めに切り札を切ることになった。


「でも、距離は大丈夫?」


「100メートルを切れば余裕ですけど、いまはだいたい180メートルくらいですから、かなりぎりぎりですね」


「そっか。どうにかして距離を伸ばせればいいんだけど」


「それが問題ですねぇ。でも、どうすれば」


 切り札を切ることにはしたが、予定よりも距離が長すぎることもあり、いまのまま切っても、不発に終わるだけである。不発することなく確実にゴールさせるためにはどうすればいいのか。タマモとヒナギクは頭を悩ませていた。


「あ、そうだ。距離を伸ばすのではなく、移動距離を増やせばいいんです」


「え?」


 逆転の発想をタマモが思いついた。その内容をヒナギクに話し、ヒナギクからも了承を得られた。ほぼぶっつけ本番であるが、切り札の内容に若干手を加えるだけなので、ほぼ問題はなかった。


「レンさん、レンさん! 最終作戦です!」


 タマモは最終作戦をレンにと伝えた。レンからも了承を得て、タマモは早速動き出した。勝利を掴むための切り札を、一手間加えた切り札を切ることにしたのだった。

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