33話 最終局面
最終コーナーを抜けると、そこはだだっ広い芝のコースが広がっていた。
左手には観客席があり、参加者以外のプレイヤーが歓声を上げている。そんな歓声が上がるコースにとレンは最初に突入していった。
「第11ランナー、依然としてトップを維持しているぅ! だが、差はもうないぞぉぉぉ!」
実況の声にちらりとレンが振り返ると、ちょうどローズとテンゼンが最終コーナーをほぼ同時に抜けてきていた。
当初あったリードはほとんどなくなっており、ほんの数メートルほどにまで詰め寄られている。
「第3ランナー、第7ランナー、ともに最終コーナーを抜けたぁぁぁ! このまま第11ランナーを差し切るかぁぁ!? それとも第11ランナーが逃げ切るのかぁぁぁぁ!?」
実況は非常に白熱としている。
その熱は観客席にまで及んでおり、誰もが熱狂したように歓声を上げ続けている。なんとなく面映ゆくはあるが、悪い気はしないとわずかにレンは思ったものの、すぐに思考を切り換えてレースにと集中していく。
リードはすでにほとんどない。
差を詰められているということは、最高速度でレンはふたりに負けているということだ。もしくはレンの動きに無駄が多く、速度を生かし切れていないということなのだろう。
最大限にバフを重ね掛けしたことで、テンゼンとローズは一時的にレンと同等の最大速度を得られたうえに、レンとは違ってただまっすぐに駆け抜けているのが功を奏していた。
飛び跳ねことで距離は稼げるものの、その分どうしても動きにロスが出てしまい、結果的に最大速度を維持できていないレンと、地面をまっすぐに駆け抜けることでロスなく速度を維持できているテンゼンとローズ。
ふたりとレンの違いは、本来ならばそこまで大きなものではない。最高速度を維持できないと言っても、その分距離を稼いではいた。だが、飛び跳ねることでエネルギーのほとんどを持って行かれてしまっていたため、どうしても速度は大きく落ちてしまう。
だが、大きく落ちたところで「雷電」使用中のレンであれば、さほど大きな問題にはなりえなかった。
しかし現在のテンゼンとローズは、最大にまでバフを重ねているため、その速度はレンと同等となり、その速度を維持し続けている。レン自身バフを掛けているが、その量と効果があまりにも違いすぎていた。そこに速度を大きく落としてしまうというロスが重なり、レンは数メートルまで距離を詰められてしまっていた。
さすがに最終ゾーンまで飛び跳ねはしないものの、少し前まで飛び跳ねていた影響もあり、最高速度にはまだ達していない。
だが、ローズとテンゼンは最終コーナーでわずかに減速したものの、すでにその減速した分は取り戻していた。
ふたりのロスは少なく、レンのロスは非常に大きい。
ふたりとレン。どちらが有利であるのかは火を見るよりも明らかだった。
逃げ切ることはほぼ不可能である。
とはいえ、差し切られるというわけでもない。
最終トラップは速度で押し切れるものではなかった。
最終トラップ「振り出しに戻る」は、名前だけを見るとお遊びのようなものにしか見えない。
が、その実態は第3トラップ「マグマ」ゾーンを大きく上回るほどに凶悪極まりないものだった。
ぶっちゃけた話、「マグマ」ゾーンまでには法則性があった。マグマ内に潜むナニカでさえも、飛び出てくるときの予兆はあるのだ。疑似レースを繰り返し行うことで、その予兆を掴むことは可能である。そして疑似レース内の法則性は本番のレースそれと同じであるため、そのまま流用できた。
それは「矢衾」も「トリモチ地獄」でさえも変わらない。ただひとつ例外なのは、最終トラップである「振り出しに戻る」だった。
「振り出しに戻る」には法則性は一切なかった。
踏み出すたびに「スタート地点に戻らされるか否か」の判定があり、その判定はすべてランダムで行われる。ランダムであるため、法則性はない。どのタイミングだろうと、どの角度から踏み出そうと、そのすべてで判定が異なり、その判定に引っかかればその時点でトラップが発動し、スタート地点へ問答無用に戻される。それが最終トラップ「振り出しに戻る」、名前だけを見ればおふざけにしか見えないものだが、その実態は触れれば即失格となるナニカが潜む「マグマ」ゾーンがかわいく見えてしまうほどである。
たとえ、どんなに先行しようとも運が悪ければ一瞬で最下位へと落とされてしまう。逆にそれまでの道中がどんなに遅くても、運がよければ一度もトラップに引っかからずにトップでゴールできてしまうということでもある。
だが、どんな幸運の持ち主であっても、一度もトラップが発動しないなんていうのはありえない。
ゆえに参加者ができる対策は、トラップが発動しないことを祈りつつ、できる限り地面を踏む回数を減らしながら前に進むということだけなのだが、そこにも落とし穴がある。
それは歩幅に比例して発動率が高まるという仕様である。元の発動率はそこまで高いわけではない。しかし大きく踏み出せば踏み出すほど、発動率が高まっていく。その上昇量は微々たるものだが、積み重なっていけばバカにできないほどの高さへと変貌してしまう。
その仕様ゆえにこのゾーンにおいて、レンは飛び跳ねることはできない。やろうとも思えばできるが、あまりにも博打になりすぎる。
判定のある地面は、ゴール間際にまで及んでおり、その距離ざっと300メートルほど。さすがに300メートルを一足で通り越すことはできない。「雷電」を用いてもせいぜいが10メートルが限界である。30回飛べばゴールできるという計算にはなるが、その分だけ発動率が高まってしまう。10メートルを一足で進めば発動率は50パーセントを超過する。2回に1度の発動率は決して高くはないが低くもないのだ。その30回すべてで回避できる自信はレンにはなかった。1度や2度であればまだしも30回は無理である。30回すべてで回避しようとしたら、その確立はもはや天文学的数字にと成り代わる。
いままでトップを独走できていたレンだが、ことこの最終ゾーンにおいては、その速度を維持したまま突っ走ることは不可能である。それはテンゼンとローズ、いや、ほかの参加者すべてに同じ事が言える。
最終ゾーンの仕様ゆえに、レースの勝敗は第3ゾーンで生じた差がそのまま勝敗になるのはそういう理由である。中には運悪く回避できずに最下位に転ずることもあるが、低確率の発動を回避できることを祈りながら慎重に進めば、そのうち突破は可能である。
だが、慎重に進むということは、その分だけ時間を消費するということ。時間の消費は「スプリンターボーナス」の取得に大きく関わってくるし、場合によってはタイムオーバーにもなりやすくなる。
やはりここでも第3ゾーンまでの貯金がものを言う形になる。
時間的余裕、リード差、それぞれの貯金が最終的な順位に直結する。それが最終トラップゾーンの仕様であり、そのままレースの仕様となる。
現在のレンたち3人にはリード差という貯金はほとんどない。が、時間的余裕という貯金においては、ひとりテンゼンだけ劣勢に陥っている。ローズもレンほどではないが、テンゼンよりかはマシなほどの時間的余裕はある。時間的余裕という一面においてだけは、レンはいまだにトップであるが、その余裕もトラップが発動した瞬間にすべて水の泡と消える。
レンとしては最終トラップまでに時間的余裕とリード差という貯金をできる限り積み重ねておきたかったのだが、さすがにそこまで都合よく事は進んでくれなかった。
まさかのトップ3が一斉に横一列に並んで最終ゾーンに突入という運営的には大助かりな局面に至っていた。
「さぁ、ここからが最終局面! 栄冠を掴むのは3人のうちの誰なのかぁぁぁぁ!」
実況は白熱としている。
だが、実際のレースはそれまでとは違って非常に地味なものになる。しかし実態は手に汗握る攻防へと移り変わっていく。
レンは息を整えながら、恐る恐ると脚を踏み入れる。トラップが発動する音はなかった。ほっと一息を吐いてもう一歩を踏み出す。テンゼンとローズも安堵の表情を浮かべつつ、同じように歩幅を合わせて踏み出していく。
(チキンレースってこんな感じなのかな)
そんなことをぼんやりと考えつつも、レンは汗を滴らせながら続く一歩を踏み出していった。




