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32話 切り札

 天才というものは本当にいるものだ。


 ローズはまだ遠い背中を見つめながら思った。


(……EKの能力もあるんだろうけど、それでもこれはさすがにありえないっしょ)


 ベータテスト時とはいえ、最速の称号を得たローズでさえも追いつけないほどの速さ。ローズが風であるとすれば、レンは雷だった。風と雷。その速度には大きな違いがある。ゆえに大差を付けられてしまうのも無理からぬ話である。


 それほどの速度を誇るのも、レンが手に入れたEKの能力もあるのだろう。レンのEKはSSRランクの「ミカヅチ」──公式HPでも紹介されていた、おそらく現時点での高ランク帯のEKにおいて、もっとも有名な一振りであることは間違いない。


 その能力までは公式HPにはなかったが、レンと最初にこのゲーム内で会ったときに、その時点での能力は少し聞いているから知っている。それが現在レンが使っている「ミカヅチ」の専用スキル「雷電」だ。


 その「雷電」を用いてレンは、圧倒的な速度でトップを独走している。


 その速度はローズの素のAGIを大幅に凌駕している。


 しかしそれだけであれば、単純な速度差だけであれば、いくらでもやりようはある。


 たとえば、速度差であれば、バフを盛りに盛れば、対抗はできるし、場合によってはレンにデバフを掛けてその速度を奪い取ってしまえばいい。


 他にも「雷電」の直線的な軌道を利用して罠に掛けたり、なにかしらのステータス異常にさせたりと、単純に速いだけであれば、いくらでも御することはできる。あくまでもレンの能力をあらかじめ知っているという前提のことではあるのだが。


 もし未見の状態であったとしたら、ローズが率いる「紅華」であってもレンひとりに壊滅にまで追いやられる可能性はある。知っていれば対処はできるとしても、知らなければ対処は難しい。レンの能力はそういうものだ。


 そう、知らなければ対処は難しいのだ。逆に言えば知っていたら対処自体は難しくはない。むしろ、高速移動できるという程度の能力ならば、対処自体は簡単な部類に入る。


 今回のレースだって、もし高速移動しかできないのであれば、ここまで苦戦することはない。レース自体はトップでゴールされるかもしれないが、いまのレンのように「トリニティ」も取れると言える状況ではなかったはずなので、「トリニティ」狙いのローズからしてみれば、どんなに先着されたとしても最終的には勝てる相手でしかない。


 だが、レンはその圧倒的な速度で「トリニティ」を取りに行っている。


 すべての参加者が「トリニティ」狙いであることは間違いないが、狙いに行くだけなのと、実際に取れるのでは大きな違いがある。


 他の参加者も狙ってはいるだろうが、実際に取れるのはごく一部だ。そのごく一部にローズとテンゼン、そしてレンは含まれていた。


 それを可能としているのは、レンのプレイヤースキルだ。


 レン自身のプレイヤースキルは、現在アクティブにログインしているプレイヤーの中でもトップクラスだろう。


 とはいえ、プレイヤースキルではローズはまだレンに譲るつもりはない。それはローズとともにレンを追いかけているテンゼンもまた同じだろう。


 いや、テンゼンはことプレイヤースキルにおいて、現時点でプレイヤートップであることは間違いない。テンゼンの圧倒的な戦闘能力を支えるのは、本人のプレイヤースキルが大部分を占めていることは間違いない。


 だが、今回のレースのように速度に比重を置いた場合、特に移動速度に比重を置くのであれば、レンのそれは間違いなく全プレイヤーでトップだろう。


 レンはベータテスターではない。


 正式リリースから始めた初期組だ。


 その初期組のプレイヤーがシステムに適応しているベータテスターをごく一部とはいえ、圧倒できるほどのプレイヤースキルを得た。


 ベータテスターこそが最強だと言うつもりはないし、初期組をバカにするつもりもない。むしろ、このレースで上位3位の中でベータテスターはローズだけである。レンとテンゼンは初期組である。ベータテスターという冠は、ベータテスターこそが最強という風潮はすでに廃れている。その風潮を廃れさせたのが、「武闘大会」の個人戦で優勝したテンゼンと、クラン部門でその名を轟かせた「フィオーレ」、レンが所属するクランだった。


 ここでローズがレンに敗北を喫したら、すでに廃れたベータテスターが最強という図式はより拍車が掛かることになる。


 もともとそんな図式には一切の興味もなければ、未練もないローズではあるが、今回だけは意地を見せたかった。


(いつかは負けてもいい。でも、いまはまだ負けらんないんだよね)


 そう思う理由はローズにもわからない。


 わからないが、とにかくまだ負けるわけにはいかないということだけはわかっていた。


 だからこそ、テンゼンに協力を要請したうえで、手札をすべて切ったのだ。


 全ステータス強化である「フルブースト」、そして奥の手であるバフ「コンセントレーション」も注ぎ込んだ。


「フルブースト」はもともと全ステータスの一時的な強化であり、元から有用なバフとして前線プレイヤーの間では習得がマストとされているものだった。


 が、「コンセントレーション」は数あるバフの中でもあまり利用価値のないバフとして有名だった。


 その効果は体感時間を伸ばすというもの。 


 要は自分の感覚だけを加速させるというものだ。


 効果時間は10分で、MPの消費は若干重め。


 習得には各スタータス強化のバフを習得したうえで、複数ステータス強化のバフ、「イグニッション」や「フルブースト」などを習得するという前提条件がある。


 だというのに効果は体感時間を加速させるというもの。


 使い道がないわけではないが、現時点での前線プレイヤーにとって自分の体感速度だけを加速させても意味はない。チームプレイをするのにひとりだけ体感速度にずれがあったら、かえって脚を引っ張りかねない。


 とはいえ、指揮官役のプレイヤーに掛ければ、作戦を適時立てることもできるという面もあるにはあるのだが、作戦は戦闘前に立ててしかるべきである。無論状況によっては適時切り換える必要はあるものの、基本的に作戦は本命の他に次善の策も立てておくべきなので、どちらにしろ、戦闘中に掛けるバフとしてはあまり有用性はない。


 もしこれがクラン全員の体感速度を加速させられるというのであれば、話は変わるものの、ひとりだけしか体感速度を加速させられないうえに、取得条件はわりと厳しめなうえに、そのコストもわりと重めとあっては前線プレイヤーからは、あまり見向きをされないバフであった。


 状況によっては効果的ではあるものの、コストの重さが脚を引っ張り、「コンセントレーション」をクラン全員に掛けるだけのリソースがあるのであれば、他のバフに回した方が手取り早く戦闘を終えられる。たとえば全員に「アクセラレーション」を掛けるのと「コンセントレーション」を掛けるのとではコストに倍の差が生じてしまうほど。


 ゆえに「コンセントレーション」は有用性はあるものの、様々な面での理由によって、その効果とは裏腹に不人気のバフにと躍り出てしまっていた。


 その不人気バフである「コンセントレーション」だが、今回のレースにおいて、その効果はドンピシャと言ってもいい。「イグニッション」や「フルブースト」といったバフによって強化された速度を、「コンセントレーション」の効果により通常時と同じ感覚で扱えるようになる。


 バフは戦闘を行うゲームにおいて必要不可欠と言っていい要素だ。


 だが、「EKO」のようなVRMMOでは、通常時とは異なる感覚というものはことのほか厄介である。特に今回のレースのように、コースに激突ないしトラップに掛かったらペナルティーが発生するという状況下では、通常時とは異なる感覚というのは、本来であれば問題ないことでも大問題にと変化させてしまいやすい。


 ただの戦闘であれば、問題はない。感覚の違いはあれど、そのうちに慣れる。しかしこのレースでは「そのうち慣れる」という悠長な姿勢では脚を掬われてしまう。


 それを防止する方法こそが「コンセントレーション」だった。


 どんなに速度を強化しようとも、体感速度を加速させることで通常時と同じ感覚でその速度を維持できる。そのうえで、テンゼンの「氷雪魔法」から「凍える視線」と「スケート」を併用させているのだ。


 だからこそ、それは必然となったのだ。


「第3ランナー、第7ランナー! 第11ランナーの背中をついに捉えたぁぁぁぁぁぁ! 手を伸ばせばもう届く距離にまで詰めよったぁぁぁぁぁぁぁーっ!」


 実況がエキサイティングに叫んでいた。その内容の通り、テンゼンとローズはついにレンの背中を完全に捉えていた。さすがに手を伸ばせば届くとまでは言わないものの、その距離はあっという間に数メートルまで縮んでいた。


「第11ランナー先んじて最終コーナーに入るが、これは追いつかれるぞぉ!」


 レンはもうじき最終コーナーに突入するが、それはローズとテンゼンもまた同じである。本来であれば勝負の岐路だった第3ゾーンはあっという間に終わりを告げ、残るは最終トラップゾーン「振り出しに戻る」のみ。


「果たして上位3名のうち、誰が最初にゴールテープを切るのか! まさに正念場です!」


 実況が響く中、ローズは不敵に笑った。


「誰が? 決まっているじゃんか、私だよ!」


 レンが先行して突入した最終コーナーにローズは突っ込んだ。テンゼンもわずかに遅れて付いてくる。


 もう少しでレースも終わる。


 勝てるか勝てないのかはここで決まる。


 いや、ここで勝つ。勝ってみせる。


 それだけを考えながら、ローズは最終ゾーンへと脚を踏み入れるのだった。

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