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30話 佳境

 暑くて熱い。


 言葉遊びのようなことを考えながら、レンは第3ゾーンに脚を踏み入れていた。


「スプリント」レースの後半にして、おそらく運営の殺意が最も高いと言わざるをえないゾーン。それが第3トラップである「マグマゾーン」である。


 触れれば即失格。触れなくてもマグマ内に棲むナニカに捕食されても失格。そのマグマがコース全体に広がるという明らかな殺意しか感じられないゾーン。正直言って「このトラップを考えた奴は頭大丈夫か」と言いたくなる。


 そう言いたくなるほどに、これまでのトラップとは差異がありすぎた。それまでがよくあるトラップだった。もっと言えば、バラエティー番組にもありえそうなものだった。バラエティー番組に登場させるにしては、矢衾はいくらか問題があるかもしれないが、定番のトラップであることには変わりない。


 しかし、マグマはトラップというには殺意が溢れすぎているだろう。もともとトラップとはそういうものだろうが、それまでダンジョンではありふれたものだったのが、マグマが満ちあふれるエリアというのは明らかに方向性がおかしくなっているとしか言いようがない。


 その方向性がおかしくなっているトラップゾーンをレンはひとり駆けていた。矢衾までのトラップは疑似レース中に何度か失敗したことはある。


 しかしそれ以降のトラップに掛かったことはない。


 というのも、ここからがレンにとっての真骨頂とも言えるゾーンだったからだ。


 いままでのゾーンはあまりにも狭すぎた。


 だが、ここからのゾーンはかなり広い。それまで自身のレーンを走っていただけだったが、ここからはレーンという概念がなくなる。すべてのプレイヤーがひとつのレーンを走る。そのため、非常に広くなっているのだ。


 ゆえにレンにとってはここからが真骨頂である。本来レンは閉鎖空間での戦闘こそを得意としている。だが、それはあくまでも今回のレースのように壁に接触すると不利益にならない場合。壁を足場にしてもペナルティーが発生しない戦闘であればこそだ。


 今回のレースは壁を足場にした瞬間にペナルティーとなる。そのため、いままでのゾーンではレンは本来の力を発揮しきれなかった。「弧円閃」を取得できなかったら、いまのような好走はできなかっただろう。ペナルティー無視で走っただけという評価に終わっただろう。

 しかし「弧円閃」のおかげで、レンは観客を沸かせるような好走を行えていた。


 好走はしているが、それはレンの全力ではなかった。あくまでも全力ではなく、本気で走ってはいたが、全力を出したわけじゃない。アクセルを踏みっぱなしにしていたのではなく、ブレーキを一切踏まなかっただけ。それでも十分すぎるほどの成果を出した。


 が、それはここまで。


 ここからはアクセルを全開にしていくのだ。


「いっくぜぇぇぇ!」


 レンは叫んだ。叫びながら、地面を蹴り、「雷電」を発動させる。


 いままでも「雷電」を使っていた。


「雷電」を使っていたからこそ、先頭を突き進んでいたのだ。


 ただ、ここからは「雷電」の使い方を改めていく。


 いままではちゃんとした地面があった。


 トリモチ地獄でさえも、一応の地面はあったのだ。


 だから、「雷電」は地面をしっかりと踏みしめながら直進するという方法で発動していた。地面に触れていない時間はほとんどなかった。


 しかしそれは「雷電」の本来の使用方法とはやや異なる。


 正確にはレンが得意とする「雷電」の使用方法ではない。


 レンが得意とする「雷電」の使用方法。それは──。


「第11ランナー、ジャーンプ! ですが、まだ沈む足場までは遠いぞぉ!? いったいどうしたのかぁっ!?」


 ──空中での発動である。


 普段であれば、閉鎖空間で壁などを足場にした状態での発動。「マグマ」ゾーンは残念ながら閉鎖空間ではなくなってしまっているが、「矢衾」までとは違い、スペースに大きく余裕がある。


 ゆえに次の瞬間に誰もが目を奪われることになった。


「だ、第11ランナー、空を飛んでいるぅぅぅぅぅーっ!? こ、これには私どころか、運営チーム一堂も予想外の光景ですぅぅぅぅ!」


 レンは「雷電」を使用しながら空を駆けていた。


 実況は空を飛んでいると言っているが、実際は「雷電」の圧倒的速度により、そういう風に見えているだけ。実態は空を飛んではいない。ただ、要所要所で地面を蹴って飛び上がっているだけである。ただ地面を蹴る回数は少ないため、レンはほとんど空中にいた。見えない地面の上を駆け抜けていくようにして、先に進んでいく様はたしかに空を飛んでいると言われるのも納得できることだった。


 ぱっと見たところでは、時間経過で浮き沈みを繰り返す足場を無視して、コースを駆け抜ける。その移動は駆け抜けるというよりかは、飛翔していると言われても仕方ないほどに、誰であろうと目を奪われてしまうのも無理からぬものだった。


「第11ランナー、まるで大空を行く鳳のようです! いや、これは雷鳥というべきか!?」


 実況が叫ぶ。


 雷鳥と実況が叫ぶのもわからなくはない。


 実際の雷鳥は雷を纏って飛ぶことはない。


 というよりも実在する生物で雷を纏える存在などいない。


 だが、レンのいまの姿は「雷鳥」と言いたくなるほどに、その言葉に相応しかった。


 迸る雷を纏いながら、空を征く。


 その姿はまさに雷鳥と言っても差し支えがなかった。


「第11ランナー、猛追を振り切っていくぅぅぅぅぅ! これはこの時点で決まりなのかぁぁぁぁぁ!?」


 レンの速度はそれまで以上になっている。実況が言う通り、勝負あったと見るのも当然の話。猛追しているローズとテンゼンでさえも、第3コーナーを抜けきり、ようやく沈む足場に入ろうとしているところだ。


 レンはすでに「マグマ」ゾーンの終盤に差し掛かっていた。ローズとテンゼンは一進一退の攻防というところで、当初にあった差はだいぶ縮んでいるが、ふたりとレンの差はそれまで以上に開いていた。


 ここからどんなにふたりが急いだとしても、レンには届きえない。


 なにせ、ふたりにはレンのような空を飛ぶような速度で走行することなどできない。ゆえにふたりがレン以上の速度でコースを走ることなどできない。そして最終ゾーンはその性質上、追い抜くことがほぼ不可能である。つまり、第3ゾーンを抜けた時点での順位がそのまま最終順位となる。


 そしてこの時点でレンがローズとテンゼンに追い抜かれることはほぼありえない。追い抜かれるどころか、追いつかれる心配もなくなっている。ゆえにレンはほんのわずかに気を抜こうとした、そのとき。


「第7ランナー、第3ランナー! まさかの猛追だぁぁぁぁぁ!」


 不意に実況が興奮しながら叫んだ。


 それは思わぬ言葉である。


 視線を動かすと、凍り付いた地面を一直線に駆け抜けていくローズとテンゼンの姿が映った。


 どうやったのかはレンにはわからなかったが、レンの優位性は事実上なくなったようなものだ。沈む足場をふたりも無視できるのであれば、いくら「雷電」の速度で突き進んでも、放物線を描く形での走行であるレンと、まっすぐに突き進んでくるローズとテンゼン。いくらかのロスがあるレンと一切のロスもないテンゼンとローズ。速度はレンに有利とはいえ、レンにロスがあるのも事実だ。


「第7ランナー、第3ランナー、追いつけるかぁぁぁぁぁーっ!? それとも第11ランナーが逃げ切るのかぁぁぁぁぁーっ!?」


 白熱した実況を聞きながら、「やっぱり油断はできないな」と思い直し、レンは改めて集中してコースを進む。逃げ切ってやる。それだけを考えながら、レンは目の前のコースにと集中していった。

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