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25話 テンゼンの役目

(……やれやれ、まさか、こんなお祭騒ぎに巻き込まれるなんてなぁ)


 背後からの気配を感じつつ、テンゼンは静かにため息を吐いた。


 現在テンゼンは「スプリント」レース参加者のほぼすべてを引き連れる形で、トラップが満載のコースを駆けていた。


 今回のイベントである「お正月トライアスロン」はチーム戦であり、どのクランにも所属していないソロプレイヤーであるテンゼンは、参加するつもりはなかった。というか、興味を持てなかったので、見ているだけでいいと思っていた。


 ガルドからは「一緒に参加しないか」というお誘いメールがあったが、ガルドのクランである「ガルキーパー」の正式な一員でもないのに、チームメンバーになるというのはどうかと思ったので断った。


 ガルドは残念がっていたが、無理強いはしてこなかった。これが下手なプレイヤーであれば、なし崩し的にテンゼンをみずからのクランに入れさせようとしていただろう。


 テンゼンはいまのところ対人戦最強のプレイヤーとして名を広めていた。


 もともとそんなつもりはなかったのだが、テンゼン自身の目的を踏まえると、名を広める必要があり、それには「武闘大会」で個人戦で優勝するのが一番手っ取り早かった。


 ただ名を広めるというのは、それだけ絡まれることが多くなるということでもある。「EKO」はPKができるゲームであるため、あの「武闘大会」以来何度かその手の輩に絡まれたことがあった。


 もっとも絡んできた連中はPKであるため、こちらから攻撃を仕掛けたところで、テンゼンがPKとなることはないので、問答無用に全員切り捨てている。


 テンゼンは氷結王が住まう御山。始まりの街「アルト」の裏にある通称「死の山」内に作って貰った小屋を拠点として利用しているが、「死の山」に籠もってばかりではない。外貨獲得のために「水耕」スキルで育てた作物を売ったり、冒険者ギルドで依頼をこなしたりと「アルト」に降りることはそれなりにあるのだ。


 そうして「アルト」で活動しているときに、運悪くPKに絡まれるということが、「武闘大会」で優勝してから多くなっていた。


(別に絡んでくるのはいいが、もう少し強くなってから絡んで欲しいものだよ。あれじゃ弱い者虐めにしかならない)


 絡んでくるPKはすべて撃退しているが、それはとても戦いとは呼べないほどに一方的なものであり、ほとんど弱い者虐めとしか言いようのないものだ。ゆえにPKに絡まれるのはあまりテンゼンとしては好むところではないのだ。


 かといってPK以外でテンゼンに接触しようとするのは、一部の勘違いしたベータテスターくらいだ。それもガルドとは違い、あらかさまに上から目線でクランに入るようにと誘ってくる連中だ。


(正直な話、アレを勧誘と言っていいのかどうかは知らんけど)


 そう、勧誘にしてはあまりにも一方的すぎる内容なのだ。


 やれ強い奴は強い奴同士でつるむべきだとか。

 

 やれ一緒に最強を目指そうとか。


 やれあんたが求めている強いクランが来たぜだとか。


 どうにもこうにも勘違いした連中ばかりが声を掛けてくるのだ。少し前まではテンゼンが「アルト」の街中を練り歩いたところで声を掛けてくるプレイヤーなど皆無だったのが、「武闘大会」後では「アルト」の街中を少し歩いているだけで声を掛けられてしまう。


 それもテンゼンとしてはまったく面白くないことばかりを口にしてだ。


(僕はひとりでいいっていうのに。なんでまたどいつもこいつも)


 今回はゲスト参加という形でほぼ強制的に「スプリント」レースに参加させられることになっているが、「こう」なった要員が要員であるので、断れなかったのだ。


 でなければ、こんなギャンブルじみたレースになんて参加したくもなかった。レースに優勝すればボーナスポイントを大量に獲得できるというのはなかなかに魅力的なことではあるのだが、それでもわざわざこんな面倒極まりないイベントに参加などしたくなかったのだ。


(……本当に相手が相手でなければ断っていたんだけどなぁ。相手が相手だから断れなかったけど。本当に「あの人」はこういうところが変わっていないんだよなぁ。昔からこうだったもんなぁ、「あの人」ってば)


「スプリント」レースに参加することとなった要員である「あの人」のことを考えると、ため息を吐いてしまうテンゼン。テンゼンにとって「あの人」がどれほどまでに比重のある存在であるのかは、本来興味のないレースにゲスト参加することとったのがなによりもの証拠と言える。


「第11ランナー、第2コーナーを先頭で突破し、第2ゾーンへと突入しましたぁ! いまだ先頭を独走だぁぁぁぁ!」


 不意にアナウンスが聞こえる。どうやら先頭のランナーが次のトラップゾーンに突入したようである。


(……僕としては勝つつもりはないんだが、あいつが出ているのであれば、このまま指を咥えたままというわけにはいかないな)


 レース自体に興味はない。しかし、出場者の中にレンがいるのであれば、話は別である。


(あいつのスタイルは超高機動タイプ。今回のレースにはうってつけだな)


 レンの戦闘スタイルはもともと高機動型である。それは今回のようないわゆる駆けっこにはうってつけだ。


 対してテンゼンもAGIにはそれなりに振ってはいるが、こと移動速度という面ではレンには及ばない。テンゼンの速度はどちらかと言えば、攻撃に比重が向いている。テンゼン自身の速度が圧倒的に速いというわけではないのだ。


 そう、テンゼン自身は決して素早いというわけではない。素早いわけではないが、決して遅いわけではない。特に自信があるのは攻撃速度であるのだが、攻撃速度以外にも速さで自信があるものがある。


 それが身のこなしだ。


 特に多対一での戦闘での身のこなしに関しては誰にも負けない自負がある。


 その気になれば、この場にいるプレイヤーすべてから一度も攻撃を喰らわずに戦闘に勝つ自信もある。


 ゆえにこのトラップだらけのコースでも、一度もトラップに引っかからずに完走することは可能である。


 実際に疑似レースでも一度もトラップに引っかかることはなかった。


 それは本番とて同じだ。


 この本番のレースでも一度もトラップに引っかかるつもりはない。


 仮にトラップが作動しても一瞬でその範囲から抜け出せる自信はある。だからこそ、こうして3位という順位に滑り込めているわけだが、さすがにこのままでは勝ち目はない。


(そろそろ僕も切り札を切るかな)


 テンゼンは眼前のコースを見やりながら、静かに詠唱をした。


「震えろ、「凍える眼光フローズンライン


 テンゼンが用いた詠唱。それはタマモが取得した禁術「氷結魔法」の下位魔法である「氷雪魔法」の「凍える眼光フローズンライン」という魔法である。その効果は発動すると、指定した範囲を一定時間凍らせることができるというもの。事実テンゼンの前方のコースの地面は凍り付いた。その凍り付いた地面にテンゼンは脚を掛けると、鍛え上げてきたパッシブスキル「スケーティング」で一気に駆け出した。


「おおーっと! 第3ランナー、一気に加速ぅ! 2番手の第7ランナーを猛追だぁぁぁぁぁ! 追いつけるかぁぁぁぁぁぁーっ!?」

 

 実況の声が聞こえる。その声はどこか弾んでいた。


(……本当にそういうところだよ、あなたは)


 テンションが上がった実況に、少しだけ胸が高鳴る。期待に応えなくてはならない。期待に応えるのがテンゼンなりの、──としての役目である。


(……あなたの期待、十数年ぶりに応えるよ、──さん)


 涙が視界を覆う。視界を濡らしながらも、テンゼンは止まらない。視界を拭うことなく、全速力で凍った地面を駆け抜けていく。「あの人」からの期待に応えるために。それがテンゼンなりの、──としての役目だと信じて。


「さぁ、勝負だ、レン。おまえに兄の威厳を見せてやる」


 はるか先にいるレンをテンゼンは追いかけていった。

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