表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

517/1008

23話 ただ風となって

 速い。


 圧倒的に速い。


 そばを通り過ぎた閃光。


 見間違いかなにかかと思うほどに、一瞬で駆け抜けていく様を見て、目を疑わずにはいられなかった。


(……相変わらず、とんでもなく速いな)


 雷光となって駆け抜けていったレン。その背中を眺めながら、ローズは戦慄していた。最終レース「スプリント」──ギャンブルに興味はなかったため、最初のメールで「スプリント」だの「マイル」だのと言われて「なんのこっちゃ」と思わされたが、内容が速さ比べ、いわゆる駆けっこだと知り、即座に「スプリント」に出場することに決めた。


 ローズは「旋風」の異名を持っている。


 ベータテスト時にもっともAGIの数値が高いものに贈られる最速の名。それが「旋風」であり、ローズの見目と名から「赤い旋風」と謳われるようになった。


 つまり、今回の「スプリント」レースはローズの真骨頂と言えるものだった。


 だが、その真骨頂を発揮できる場であるはずのレースで、まさかの光景を見せつけられることになるとは。


「フィオーレ」が現在総合トップを独走しているとはいえ、それでも「スプリント」レースに限って言えば下馬評的にはローズの独壇場になるはずだった。それが蓋を開けてみれば、「フィオーレ」所属のレンが、リリース当初にローズがいろいろと世話を看てあげたレンがまさかのトップに立つとは。さしものローズもこんな展開になるとは思っていなかった──。

(……まぁ、予想通りか)


 ──わけではなかった。


 むしろ、想定通りとも言える展開になっている。


 リリース当初にローズはレン、いや、レンとヒナギクを「紅華」の面々で面倒を見てあげていた。当時はまだサクラが加入する前だったこともあり、まだ人数的に余裕があったこともあって、ふたりをスカウトしていた。


 ふたりをスカウトしたのは、ふたりともいい子だったということもあるが、単純に戦力的に魅力があったということが一番大きい。無論、性格の良さも理由のひとつであるが、仮にふたりの性格が難ありだったとしても、ふたりの実力はとても魅力的だった。


 ヒナギクはヒーラーであるのに物理火力が圧倒的に高かった。単純な殴打であるのに、その威力は半端なタンク系プレイヤーでは耐えられないほどに。その威力の正体はヒーラーであるのにSTRの数値にポイントを振るという脳筋仕様ということもあるが、攻撃系のバフを山盛りにできるというところが大きい。


 本来であれば、同じバフは重ね掛けはできない。できるとすれば複合系のバフくらいだろうか。たとえばSTR上昇のバフを使った後に、STRとAGIを同時に上昇させるという効果のいわゆる複合系のバフを使えば重ね掛けはできるということだ。その複合系のバフでも何種類もあるわけではないし、リリースして間もない頃にそんなものが使えるわけもない。せいぜいが各ステータスを単独上昇させるバフが数種類というところだ。それを何度も重ね掛けできるというありえないことをなしえるのがヒナギクのEKであり、SSRランクの杖「セミラミス」だ。


「セミラミス」の能力は詳しくはわからないが、自身のHPないしVITを半減させることでその数値をSTRへと割り振る特殊なバフを当時から使用できていた。その時点ですでに強いといのに、通常のバフをしかも同じバフを何度も重ね掛けまでできていたのだ。誰がどう考えてもチートレベルの能力だった。


 しかもそれがリリース当初の能力なのだ。あれから半年近く経ったことを踏まえると、いまであれば似たような性能の別の特殊なバフも使えるようになっているはずだ。そうしてバフを山盛りで重ね掛けするからこそ、ヒナギクの圧倒的な一撃は生まれるのだ。


 つまりヒナギクはヒーラーであり、チートレベルのバッファーでもあり、そのバフがあるからこそ後衛とは思えない圧倒的な物理アタッカーとなるのだ。そんな唯一無二の個性を持っていたこともあり、当時からヒナギクは非常に魅力的だった。


 そんなヒナギクに対して、レンは唯一無二の個性はなかった。戦闘スタイルはローズと同じでヒットアンドアウェイで敵を削るという高機動スタイルだった。それだけであれば、ローズと役割がもろに被っていたし、当時のレンは自身のEKである「ミカヅチ」の力に翻弄されてもいたので、端から見ればヒナギクよりも圧倒的に劣るという風に見えていただろう。


 だが、当時からローズが最も魅力を感じていたのはレンだった。


 ローズ自身と同じスタイルではあるが、その速度ははっきりと言えば、ローズでさえも追い切れないほどのものだったが、あまりの速度ゆえに暴発ばかりしていた。それでも力を習熟できれば、いずれはプレイヤーでもトップの存在になりえるとローズは思っていた。それこそ「最速」と謳われるローズさえも越えるほどの存在になりえるだろうと。


 自分自身を凌駕し得る存在。そんな相手と出会えたとき、人は2通りの反応を示す。


 ひとつは自身のすべてを相手に授け、その成長を促すこと。


 そしてもうひとつはまだ未熟なうちに潰すことである。


 ローズが選んだのは、前者だった。後者という選択肢もなくはなかったが、後者を選ぶほど、ローズはこのゲームにすべてを懸けているわけではなかったし、「最速」という称号にそこまで魅力を感じていたわけでもなかった。だから前者を選んだのだ。それに自身を越えるであろう者を育てるというのはなかなかに面白そうだったということもあった。


(レン君なら、私でも届かないトップの座を狙えるかもしれない。そう思ったんだよね)


 そう、レンであればローズでさえも届き得ないトッププレイヤーの座を狙える。レンはそれほどの逸材だった。だからこそ鍛えてみたいと思った。


 それにヒナギクを入れても「紅華」の物理アタッカーは少なすぎる。ヒガンとリップという魔法アタッカーはいても、ふたりだけに頼りすぎるのは問題だし、切れる手札としてはあまりにも幅がなさ過ぎる。


 その点、ヒナギクとレンが加入してくれれば、手札の幅は広がるうえに、物理アタッカーも増える。戦力が大幅に向上するのは目に見えていた。


 だからこそ、ふたりをスカウトしたのだ。


 戦力向上と将来のトッププレイヤーを育てるというふたつの理由でだ。


 もっとも、その狙いは見事に当てが外れることになってしまったわけだが。


 それでもローズとしてはいまだにふたりのことは諦めきれてはいない。それにいまではふたりに加えて、タマモという圧倒的な大器を見つけた。ローズにとって「フィオーレ」とはまさしく宝石箱のようなクランである。


 その宝石箱に収まっていたからなのか、その中で錬磨されていたのか。レンはローズが面倒を看ていた半年前とはまるで違う存在になっていた。まだローズには敵わない。しかしことスピードに置いて、レンはすでにローズを凌駕している。


(……私が「最速」と呼ばれる時代は終わりだね。まだリリースして半年だっていうのに、もうロートルになってしまったな)


 ローズとしてはまだまだ現役だ。いや、まだまだどころか、ローズ自身まだ伸び代もある。だが、レンのそれと比べようもない。


 いまはまだレンには実績はない。実績がないからこそ、「最速」と呼ばれてはいない。だが、今回のレースで圧倒的に勝利すれば、それこそ実績になり得る。ローズに代わる、新しき「旋風」に。いや、「旋風」を越え、「閃光」と呼ばれる存在となるのだろう。


(はっきりと言って、いまのレン君に私単体でスピード勝負をしても勝てる気はしない。私ひとりで勝ち目はないね)


 ローズひとりでレンにスピード勝負で勝てる目はほぼない。はっきり言って勝ち目など万が一もない。もうローズ単体では勝てないほどにレンは成長している。


(でも、これはチーム競技だからね)


 そう、ローズだけでは勝ち目はない。しかし今回の競技はチーム競技である。単体では勝ち目はなくても、団体であれば勝ち目は十分にあるのだ。


(後半まで取っておきたかったけれど、やるしかないか)


 このまま指を咥えていても負けは見えている。であれば、もう切り札は先に切っておくべきだろう。


 ローズはスタンド席にいるリップとヒガンに向けて右手をあげる。指を2本立てた。リップとヒガンは顔を見合わせていたが、すぐに頷き、詠唱を始めた。それは作戦タイム中に決めた合図。右手をあげたらバフを、左手をあげたら妨害をと取り決めてある。左手をあげるのは、正真正銘に追い込まれたらではあるが、基本的にはあげるつもりはない。が、どうしようもなくなったらあげるつもりではいる。それは「スプリント」に懸けているクランであれば、どこも同じだろうが。


 それはともかく。今回あげたのは右手。つまりバフの合図だ。そして指の数は掛けて欲しいバフの数を意味している。ローズが立てた指の数は2つ。つまり2種類のバフを掛けて欲しいという合図である。


 ローズが求めた2種類のバフは、やはり作戦タイム中に決めていたもの。AGI上昇のバフがとSTR上昇のバフがだ。「スプリント」レースであれば、AGI上昇のものだけでいいと当初ローズも考えていたが、疑似レースを繰り返している最中にひとつの発見をしていた。それは「スプリント」レース中であれば、AGIの数値だけではなく、STRの数値も重要であるということだ。


 STR──ストレングス。力などを意味する言葉で本来は物理攻撃力に関係するものだが、「スプリント」レース中においては、物理攻撃力ではなくAGI──アジリティ、敏捷性の補助に使われる。具体的に言えば、AGIの数値は最大速度、STRの数値は加速力という形で置き換わっているようなのだ。


 疑似レース中にリップが間違えていつもの戦闘のようにSTRのバフを掛けてしまったことで、その仕組みに気づくことができた。


 となれば、他の数値もなにかしらの形でレース結果に左右する可能性があると思いつくのは当然のことであった。


 そこからは様々なバフを掛けて貰い、実験をし続けた結果、「スプリント」レースで使うバフを5つ定めることができた。


 そのうちのふたつが今回ローズが要求したSTRとAGIの数値を上昇させるバフ。一時的にSTRを増幅させる「バンプアップ」とAGIの数値を一時的に上昇させる「アクセラレーション」のふたつだ。残る3つのうち、2つは「バンプアップ」と「アクセラレーション」を合わせたものと、全ステータスをわずかに上昇させるもの。そして最後の1つは隠し球であるが、最終的にはすべてを使わせられることになるだろう。レンはそれほどの相手だった。


(っと、来たな)


 リップとヒガンからのバフが掛かった。一時的ではあるが、STRとAGIの数値が上がっていく。これでもまだレンには及ばないだろうが、背中が見えるくらいにはなった。ローズは強く地面を蹴った。


「おぉーっと! 第7ランナー加速しましたぁ! 第11ランナーに続いて最初のコーナーに到着したぁ~!」


 レンに続いて最初のコーナーを曲がりきる。すでにレンはだいぶ先に、トリモチ地獄の中程にまでさしかかっている。だが、追いつけないわけではない。トリモチ地獄の攻略法はすでにわかっている。トラップに掛かったと判定されるのはトリモチ地獄に落ちること。作動させてもそこに落ちなければ「パーフェクト」を逃すことはない。要は落ちる前にその範囲を脱すればいいだけのこと。つまり──。


「駆け抜ければいいだけってことだ!」


 ──一気に駆け抜ければいいということである。


 事実、レンは一気に駆け抜けている。それは疑似レースを繰り返したプレイヤーであれば、すでにわかっていることだった。


 ゆえにローズもトリモチ地獄を完全に無視する形で駆け抜けていく。すぐ後ろで落とし穴が作動する音が聞こえるも振り返るつもりはない。振り返らずに駆け抜ける。風となって駆け抜ける。ただそれだけをローズは考えていた。


「第7ランナー、第11ランナーを猛追ぃーっ! これはこのふたりの一騎打ちかぁぁぁ!?」


 運営の実況が響く。その実況を右から左へと聞きながらしながら、ローズは正面を見据える。正面に見えるレンの背中。その背中を追い越す。その背中に手を伸ばす。それだけに集中していく。


「君にはまだ負けないよ、レンくん」


 いつかは負けるだろう。だが、それはまだいまじゃない。それを証明するためにローズはただ風となった。一陣の風となって先にいる雷光を追い掛けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ