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20話 幕間~ため息と光明~

 まさかの問題にぶち当たることになったタマモたち「フィオーレ」の面々。


 その表情は非常に沈痛なものと化している。特にレンの表情はなかば死んでいる。


 タマモとヒナギクはそれぞれが参加したレースで、どうにか1位を獲得できた。そのおかげで現在「フィオーレ」は総合成績でトップを独走するという、事前には誰もが予想だにしなかった展開となっている。


 となれば、当然最終レースの参加者であるレンも可能な限り1位を目指すのが自然だろう。他のクランメンバーたちが1位を取ったのに、レンは最下位となったらさすがに立つ瀬がなさすぎるし、レン自身もそんな情けないまねはごめんだった。


 しかし、現在レンはその立つ瀬がない状況へと追い込まれつつある。


 本来であれば、この「スプリントレース」はレンとは好相性であった。


 複数ある厭らしいトラップもレンの所持する「ミカヅチ」の能力のひとつ「雷電」という高速移動スキルを使えば、突破可能であったのだ。それこそ大幅に規定タイムを更新することなど簡単だったのだ。さすがに一度も衝突なしというのは若干難しいものの、それも疑似レースを何度も行い、本番さながらのようにタマモとヒナギクに妨害をして貰い、それを搔い潜りながら「パーフェクトボーナス」を目指すという練習を行うこともできた。


 だが、ここに来てまさかの問題が発生する。


 レンの「雷電」の使用方法が、こじらせたやり方でしか行えないというまさかの問題である。


 レンの「雷電」の使用方法、特に方向転換のやり方は、基本的に壁を足場にするというもの。実際ガルドと「古塔」へ向かった際も、クリムゾンホワイトタイガーとの戦いの際に何度も「古塔」内部の壁を足場にしていた。


 レンの戦闘スタイルは高機動からの一撃を連続で放つという、ヒットアンドアウェイを体現したものだ。


「雷電」があってこそのスタイルではあるが、それでもそのスタイルはある意味完成されたものであり、非常に見栄えはいい。ヒナギクの必殺の一撃をたたき込む一撃必殺のスタイルや、鉄壁の防御から織りなすカウンターを得意とするタマモのスタイルよりも、王道と言えるものだ。


 その王道的な戦闘スタイルであるからこその盲点であった。そしてその戦闘スタイルにこだわったからこそ、レンは現在窮地に立たされていた。


「まぁ、総合優勝するつもりなんて元々ないけどさぁ」


 ヒナギクが後頭部を搔きながら言う。その表情は「本当にこいつは」と大いに呆れが含まれている。その表情にレンは体を縮ませた。重ねて言うが、本当に立つ瀬がないのである。


「ボクが言うのもなんですけど、さすがにレンさんはちょっとこじらせがすぎたのでは?」


 本当にタマモが言うことではないのだが、今回のタマモの指摘には反論の余地がなかった。事実今回の問題はひとえにレンの厨二的思想ゆえのもの。もっと言えば、「カッコよさを追求した」がゆえに起きている。


 たしかに切り返しのたびに壁を足場にして再度突撃という立体的な動きを実際に行うのは、画面的に見てもなかなかにカッコいいし、現実世界では簡単にできないことだから憧れを抱くというのもわかる。わかるのだが、まさかその練習しかしてこなかったというのはさすがに問題だろう。


 その問題をあえてやらかしてしまうこそのレンとも言えるが、さすがにタマモもヒナギクも今回ばかりは擁護はできない。


 たしかにわかるのだ。


 実際にやれと言われても現実にはそう簡単にできないことを、ゲーム内世界では少し練習すればできるようになると知れば、誰だってその練習ばっかりをするという気持ちは理解できるのだ。


 とはいえ、ゲーム内世界でも常に壁のような足場がある閉鎖空間での戦闘しかないという状況はさすがにありえない。たとえば海上には足場などないのだから、それではどうやっても立体的に動けないし、海上は基本的に閉鎖空間とは言えないものだ。さすがに船の内部であれば話は変わるが、基本的には海上は閉鎖空間とは真逆であることは間違いない。ほかにもどうあがいても地面以外に足場がない状況というのは往々にしてあるものだ。


 そんな状況で「壁とかの足場がないから立体的には動けないんで、高速移動できません」と言ったところで誰が納得するだろうか。


 誰しも「おまえふざけんなよ!?」と叫ぶことであろう。それが危機的状況であればなおさらであろう。


 もっとも必ずしも地面以外の足場がない状況にぶち当たるということはない。ないのだが、逆に地面以外の足場がない状況なんて絶対にないとも言えるのだ。


 というか、普通に考えれば、誰だって想定することだろう。


 その想定をレンはせずに、ただ自身の趣味に突っ走ってしまった。それが現在のお通夜ムードの原因である。


「……まぁ、こいつのこじらせはいまに始まったことじゃないし。もっと建設的な話をしようか」


「そうですねぇ。考えられるとすれば、「雷電」を使わないというのが一番いいのかもしれませんね。もしくは部分的に「雷電」を用いるとかですかね? 具体的に言えば、トラップ部分を通過するときだけ「雷電」を用いるとかですね。それだけでも他の参加者さんたちよりもだいぶ優位であることは確かですし」


「そうだね。部分的に「雷電」を使えば「パーフェクト」は問題なく狙えるだろうし、「スプリンター」も制限時間的にはだいぶ余裕があるから問題はないし。うん、これしかないかなぁ?」


 タマモとヒナギクの建設的な話により、具体的な方向性というか、「トリニティ」を狙うための方法が定まった。定まったのが、ここに来てまさかの「待った」が入る。その「待った」を掛けたのは他ならぬレンであった。


「待ってくれ、ふたりとも」


 どこか悲壮感を漂わせながら、レンは震える腕で「待った」を掛ける。その様子にタマモたちは「こいつ、またこじらせたことを言うつもりじゃねえだろうな?」と若干嫌な予感を抱きつつも、「さすがにないよなぁ」と思うことにしたタマモとヒナギク。ふたりで「なにか?」と尋ねると、レンは腕をぷるぷると震わせながらも闘志を宿らせた目ではっきりと言い切った。


「そんな方法、嫌だ!」


「……は?」


「……あなたはなにを言っているんですか、レンさん?」


「そんなカッコ悪い方法、嫌だ! 俺はもっとカッコよくやりたい! できるなら「雷電」をずっと使ったうえでゴールしたい!」


 くわっと目を見開きながら叫ぶレン。その内容に「あぁ、やっぱりこいつこじらせやがった」とあの嫌な予感は間違っていなかったのかと大きくため息を吐くタマモとヒナギク。そんなふたりをおいてけぼりにしてレンは続けた。


「たしかに部分的に「雷電」を用いれば、「トリニティ」を狙うことも可能だろう。でも、そんな方法じゃカッコ悪すぎる! コーナーは全速力で駆け抜けてこそのコーナーでしょう!? コーナーだけのろのろと歩いていくなんてカッコ悪いにもほどがある! できることなら地面に軌跡が付くくらいの速度で俺は駆け抜けたい! でなければ「スプリントレース」に出る意味はない!」


 くわわっと目を再度見開くレン。その目は若干血走っていたし、その意見は暴走している。なんとも残念な様相を示すレンに、タマモたちは呆れを隠せなかった。


「……で?」


「で? ってなんだよ?」


「で、具体的な方法は?」


「……みんなで考える」


 ヒナギクの問いかけにレンはぽつりと答えた。その答えにヒナギクが満面の笑みを浮かべ、ゆっくりとレンの額に腕を伸ばした。その後起きたことはもはや言うまでもない。あえて言うとすれば、レンの悲痛な叫びとともにその額にくっきりと残る手の痕が刻まれたということだろう。


「……とりあえず、レンさんの意見も聞きつつ、なにか有用なスキルがあるかどうかを確認しながら作戦会議をしましょうか」


「そうだね。建設的な話をしているっていうに、また趣味に突っ走っちゃうバカとかがいると困っちゃうよねぇ」


「……ゴメンナサイ」


 ヒナギクの呆れに富んだ言葉にレンは静かに謝罪する。けれどレンは自身の意見を曲げようとしない。


 本当に困った奴だなぁとそれぞれに思いつつ、タマモとヒナギクはとりあえずレンが取得できるスキル一覧を眺め始めた。ダメ元だったのだが一縷の望みを掛けての行動だった。それがまさか本当に幸を成すことになるとはこのときのタマモとヒナギク、そして当のレンも思いもせずに、3人は一筋の光明を見つけることになった。その光明とは──。


「「「弧円閃?」」」


 ──レンの獲得可能なスキル欄に新しく生えていた「弧円閃」というスキルだった。

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