19話 幕間~絶体絶命?~
「お正月トライアスロン」の最終レースであり、総合優勝を狙うクランにとって重要となる第3レース「スプリントレース」は、現在それぞれのチームないしクランで設けられた30分間の作戦タイムの真っ最中だった。
それぞれの作戦を立てて、その作戦に必要な事項を確認する。中には実際のコースを走って意見を交わし合う者たちもいる。
その様子はまさにチーム戦。それまでのふたつのレースが個人戦だったこともあり、当初は「いきなりチーム戦か」と戸惑うプレイヤーも多かったが、いまや誰もが活発に意見を出し合い、総合優勝を目指していた。
その有り様はまるで最初のメールにあった競馬やF1のレースのよう。誰もが真剣に目の前のレースへの勝利に闘志を燃やしていた。
そんな中、現在総合でトップを独走している「フィオーレ」の面々はと言うと──。
「──これさ、無理じゃない?」
「ですねぇ」
「……め、面目ない」
──いわゆるお通夜ムードに突入していた。
その理由は実に単純だ。レース参加者であるレンがやらかしているからである。
なにをやらかしたのかと言えば、今回のレースで勝利を担うであろう「トリニティボーナス」──「クリーン」「パーフェクト」「スプリンター」の3種のボーナスを獲得したクランに与えられる特別ボーナスを疑似レースで獲得できるかどうかを試してみたのだ。
その結果、レンはものの見事に「トリニティボーナス」を逃したのである。それもレース参加者以外、いわゆるセコンド的な立場のプレイヤーが妨害を一切行わなければ獲得可能である「クリーンボーナス」以外のふたつを、レース参加者が自力で獲得可能である「パーフェクト」と「スプリンター」のふたつのボーナスを逃したのである。
まだひとつであれば、仕方がないとは思うが、まさかふたつとも揃って逃してしまったのである。
タマモとヒナギクはもともと妨害をするつもりはないため、「クリーンボーナス」はほぼ確定で獲得可能である。となれば、あとはレン自身が残る2種のボーナスを得ればよかったのだが、ここに来て問題が浮上してしまったのだ。
問題は2つ。1つは運営の殺意が高すぎるということ。2つめはレンのスキルの使い方が大雑把すぎるということである。
1つめの問題である運営の殺意は、おそらくほとんどのチームないしクランが感じていることであろう。
というのも「スプリントレース」はただの「かけっこ」ではなかったのだ。
「スプリントレース」のコースは全長1200メートル。
生身の人間が走るには長いコースだが、最初のメールにあった競馬であれば、短距離とされる全長である。
生身の人間にとっても競技場のトラックを3週するという、中距離と長距離の間くらいの長さだが、ちゃんとトレーニングすれば走りきれなくはない距離である。
だが、その距離の間に運営はまさかの仕掛けを施していた。
その仕掛けとはいわゆるトラップ。RPGではおなじみの落とし穴や迫る大岩などのダンジョンに仕掛けられるようなトラップの数々がコースの各所に仕掛けられていたのだ。なおさすがに大岩はない。
最初のトラップである落とし穴はダンジョンとは違い、落とし穴に引っかかっても、底には多数のモンスターがいたり、かつての被害者の遺骨を貫く針山が待ち受けていたりなどということはない。ないのだが、落とし穴に掛かったプレイヤーはもれなくトリモチ地獄に見舞われることとなる。
よしんばそのトリモチ地獄をどうにか抜け出せたとしても、次に待ち受けるのは高速で飛来する矢衾である。
飛来する矢は一定時間に一定の量を射出するのだが、その速度は一言で言えば異常だった。効果音をあえて付けるとすれば、「ドドドドドド」というところだろうか。一分間でいったい何本射出しているんだと思うほどの圧倒的な量がプレイヤーに襲いかかる。
その次が溶岩地帯である。もう一度言おう。溶岩地帯が矢衾を越えた先になぜか存在している。
溶岩地帯には飛び石とも言うべきセーフティーゾーンが一定の間隔で存在しており、レース参加者はその上を飛び乗って渡っていくことになるのだが、その溶岩の中には蠢くナニカが生息しており、時折そのナニカが大口を開けて飛び出してくるのだ。
ちなみにそのなにかに食べられたらその時点で失格となるようだ。
溶岩地帯の前にはその旨の諸注意が書かれた立て看板があったため、まず間違いない。ただし食べられても死亡判定は受けず、ただ失格となり、ゴール地点へと送られることになる。
加えてセーフティーゾーンは一定の間隔で溶岩の中に沈むので、沈む前に次のセーフティゾーンへと向かわなければならないという鬼畜仕様であり、プレイヤーはテンポ良くセーフティーゾーンを股に掛けながらナニカの襲撃を避けねばならない。
そうして溶岩地帯を命からがら抜け出せても、最後の難関がある。
それが一歩でも触れれば、たちまちコースの最初に戻らされてしまう「ふりだしに戻る」である。
人生ゲームなどでおなじみの凶悪トラップ。ゴール手前で一気にトップから最下位へと転落させられる悪名高きトラップだが、このレースでは「猛烈な突風が吹き荒れて、強制的にスタート地点まで押し戻される」という形で実装されていた。
このトラップの恐ろしいところは、一見なんの変哲もなさそうな地面に無造作かつランダムに仕掛けられているということだ。
溶岩地帯を越えた先に待っている、なんの変哲もないコースと数百メートル先に見える「ゴール地点」の存在に気を取られてしまい、なんの警戒もなく脚を踏み入れたが最後、無慈悲にいままでの努力を無為にさせられるという悪夢の仕掛けだ。
仮に警戒をしたところで、迫りくる制限時間やゴール地点まではとてもではないが、一足飛びでは向かえないこともあり、誰もが慎重かつ迅速に行動せねばならないのだ。そうして踏み出した先が「ふりだしに戻る」となれば、それはまさに阿鼻叫喚である。
落とし穴(トリモチ地獄)、矢衾、溶岩地帯(Withナニカ)、ふりだしに戻る。このトラップの数々を抜けて、制限時間内にゴールへと向かう。それがこの「スプリンターレース」の目標となる。
ちなみにそれぞれのトラップに掛かった時点で「コースに衝突」という扱いになるため、「パーフェクトボーナス」の獲得は不可能となる。つまり「トリニティ」を獲得するためにトラップには一切掛かってはいけないうえに、このトラップ満載のコースを規定タイムより大幅に更新してのゴールを目指さねばならないのである。
ヒナギクとタマモが「無理だ」と言ったのもこれが理由、というわけではない。
たしかに運営の殺意は高い。高すぎるほどに高い。加えて運営へのプレイヤーたちからの殺意もうなぎ登りとなるだろう。
だが、こと「フィオーレ」に関しては、今回のレースに参加するレンに関してはそれぞれのトラップはさほど意味を成さない。
せいぜいが矢衾が多少問題であることくらいだろうか。
それ以外のトラップはレンの所持する「ミカヅチ」の能力である「雷電」を使えば、簡単にスルー可能である。
ではなぜ冒頭の通り、レンは自力入手可能である「パーフェクト」と「スプリンター」の2種のボーナスを取りこぼしたのか。それはひとえにレンのスキルの使い方が雑すぎたということである。
「スプリントレース」のコースはすべてが直線上に並んでいるわけではなく、それぞれの区画の始まりと終わりに直角のコーナー部分がある。そのコーナーの先にトラップが待ち構える区画という括りになるのだが、レンはその最初の区画の時点で「パーフェクト」を逃してしまうのだ。
かといって突進しているわけではない。うまい具合に空中で反転し、壁を足場にして「雷電」で駆け抜けるというやり方をしていたのだが、この場合問題となるのが「壁を足場にする」ということ。
コースに衝突というと、基本的にはコースの壁に接触するということ。そして壁を足場にするということは、壁に足の裏をぴたりとつけることである。それが意味することはただひとつ。初手でレンは「トリニティ」を逃すという痛恨な結果である。
さしもの運営もまさかトラップ地帯に突入する前に「パーフェクトボーナス」を逃すというプレイヤーがいるとは考えてもいなかっただろう。
それも妨害の結果ではなく、自発的にやらかすとは予想だにしていなかったに違いない。そのことに気づいてからはレンは散々だった。動揺のあまり、避けられるはずのトラップにみずから特攻し、トリモチだらけになり、射出される矢をぎりぎりと回避し、溶岩から飛び出てくるナニカにぱっくんされかかり、最後はどこにどう着地しても「ふりだしに戻る」の餌食になるという始末。
そのあまりにもあんまりな光景にタマモとヒナギクは言葉を失った。レンも言葉を失った。自身のスキルの使い方の問題とあまりにも天から見放された不運にだ。
その後何度か疑似レースをしてみたが、壁を足場にしなかった場合、レンはそのまま壁に突進してしまう。それも最初のコーナーからである。
普段から「雷電」を使っているというのに、そのコントロールがうまくできないというお粗末っぷり。できると言えばできるのだが、そうするには壁を足場にするしかないという問題に立ち戻ることになる。
もっともそうなるのもすべては「雷電」があまりにも速すぎるがゆえのこと。雷光の速度で駆け抜けるがゆえだ。
それでも普段から使っているんだから、それくらいの挙動はどうにかしてしかるべきではないかとタマモとヒナギクは思ったし、実際に口にしたのだが、そのふたりの疑問にレンが答えた内容は──。
「……だって、壁を足場にして方向転換ってめちゃくちゃカッコいいじゃん。それができるようにいっぱい練習したし」
──なんともこじらせた内容であった。方向転換のために壁を足場にするのはすべてみずからのこじらせを満足させるためであったのだ。
その返答にタマモもヒナギクも絶句した。レンは申し訳なさそうに顔を背けた。だが、顔を背けたところで結果はなにも変わらなかった。
そんな返答を受けた結果が冒頭のタマモとヒナギクの諦めのセリフであった。ことここに至って「フィオーレ」は最大の問題にぶち当たることになったのだった。




