幕間~レース説明~
「──最終レースの説明の前に、「お年玉獲得レース」及び「年賀状配布レース」に参加されたプレイヤーの方々に健闘の意を込めての感謝を申し上げます」
「競技場」内に響く運営のアナウンス。ここの運営らしからぬ、なんともしおらしい内容である。しおらしい内容ではあるが、油断はならない。なにせここの運営なのだ。どんな爆弾を投げてくるのかはわかったものではない。それがアナウンスを聞いていた全プレイヤーの共通した認識だった。
ある意味では絶対的な信頼とも言えなくはない。ただ、その信頼の方向性はどう考えても真逆のものである。それがまた「ここの運営らしいなぁ」と思わせる要因であろう。
「皆様の健闘はご存知の方もおられるとは思いますが、すでに公式HPにてハイライト映像として公開させていただいております。これにより、ますます登録者の増加が見込めますことを、この場でお礼申し上げます。誠にありがとうございます」
お礼の弁は述べられたが、「なんか違わない?」と誰もが思ったであろう一言。慇懃無礼とまでは言わないが、「そうじゃないだろう」と誰もが思ったことは間違いない。そういうところを含めて「あぁ、この運営らしいなぁ」と思わせられるプレイヤー一堂であった。
「さて、開会式ですでに申し上げましたが、最終レースは第1レース、第2レースのそれぞれの結果を含めたうえでの内容となります。具体的には開会式の際には申し上げませんでしたが、双方の結果が出ましたので、この場で詳しくご説明させていただきます」
いよいよかと最終レース参加者の顔色が変わる。それまでの若干弛緩していたのが、誰もが気を引き締めた真剣なものになる。そんな参加者たちにと告げられた内容は──。
「最終レース「スプリント」はその名の通り、短距離走になりますが、ただの短距離走ではありません」
──すでに誰もが覚悟していた通りのものであった。そもそも「お年玉」と「年賀状」での結果を踏まえたとあった時点で、「ただの短距離走」と思う者はそういないだろう。むしろ、ここで「ただの短距離走」になると言われた方が批判を喰らいかねない。普通であれば、逆だろうが、そこは「EKO」の運営であるため、真逆の信頼関係をプレイヤーとの間に築いているという証左だった。決して褒められたものではないのが、なんともらしいのだが。
「「スプリントレース」は「お年玉獲得レース」と「年賀状配布レース」における結果を踏まえたものと申し上げましたが、その踏まえた結果というのはひとつめが最終レースにおける「目標タイム」となります」
目標タイムと発表された時点で、大半のプレイヤーはなんとなく内容を察した。目標ということは、相当の悪路かもしくは相当の短時間で規定のコースを走り抜けなければならないということだろうと。問題なのはそのコースは各プレイヤーごとのものなのか、それとも参加者全員が一斉に参加できるものなのかということ。
いままでのレースはそれぞれの参加者専用であった。となれば最終レースも同じようにそれぞれの参加者単独で行うものと考えるべきだろう。
しかし、もし一斉に行われるとなれば、話は変わってくる。仮に他者への妨害も可能であったら、いままでとは別の意味で阿鼻叫喚のレースとなり、まさに血みどろの内容となろう。あくまでも妨害が可能であった場合はだが。
だが、いままでの内容が内容なのだ。その可能性は決して低くはない。むしろ可能性としては十分にありえると考えるのが妥当であろう。それにひとつめはと言った時点で他にもふたつのレースの結果を踏まえた内容というものがあると考えるべきだろう。
どうであるにせよ、なかなかに面倒そうな展開になりそうだった。そしてその予感はほぼ正解だった。
「最終レースは参加者全員が同じコースを一斉に走っていただくことになります。が、参加者毎に専用のレーン内で走っていただくことになりますので、他の参加者への妨害はできません。あくまでも参加者はですが」
予想していたものとは若干異なるが、どうやら全参加者が一斉に走る形式にするようである。それ自体は問題ないし、参加者は他の参加者の妨害はできないとされている。しかし、どうにも言い回しがおかしいのだ。その言い回しのおかしさに不穏なものを感じざるをえないレンを含めた全参加者だったが、その不穏さは見事に的中することになる。
「レース参加者は他の参加者への妨害行為はできませんが、それまでのレース参加者であれば、最終レース参加者への妨害行為は行えます。ただし、妨害行為を行うたびに最終レースの結果にマイナス判定が入ります」
それまでのレース参加者であれば、最終レース参加者への妨害行為は行える。ただし、最終レースの結果に響く。妨害行為はありだが、あまりにやりすぎるとたとえ一着でゴールしたところで、結果は散々なものになるということ。いわば妨害行為は随所で効果的に行うべしということ。きちんとした作戦を立てた上で行動をしろということ。妨害はありだが、同時にストッパーでもある。
そして妨害を行うたびにマイナス判定があるということは、一切の妨害を行わなければ、おそらくはボーナス判定も加わる可能性がある。クリーンなレースを展開するか、それともそこそこの妨害をして高順位を目指すか。それぞれのクラン毎での戦略を立ててレースに挑むというのが最終レースの内容なのだろう。つまりは個人種目に見せかけたチーム競技ということだ。
「なお、すでにお気づきの方もおられるとは思いますが、一切の妨害行為なしでゴールした場合、「クリーンボーナス」というプラス判定もございます。その他にも一度もコースへの衝突なしで完走された方へ「パーフェクトボーナス」、目標タイムを大幅に更新された方へ「スプリンターボーナス」、そして三種のボーナスを達成された方へは「トリニティボーナス」として大幅な加点がございます。なお、妨害行為をされても「パーフェクトボーナス」と「スプリンターボーナス」を得ることは可能ですが、当然「トリニティボーナス」は得ることはできませんし、二種のボーナスを得られても「トリニティボーナス」には加点は及びません」
(……どのクランも基本的には「トリニティ」を狙えってことか。まぁ、開き直って上位のクランの脚を引っ張るためにあえて妨害を行って、相手の「トリニティ」を妨害するというやり方もありだし、もし複数のチームで参加している場合は本命のためにあえて他のチームが犠牲になってということもありか。戦略性が高いレースになるな、これ)
レース説明を受けてレンが思ったのはその戦略性の幅の広さである。
最高のボーナスである「トリニティ」を狙いに行くのもよし。逆に相手にも「トリニティ」を取らせないようにするというのもよし。クラン毎の戦略がものを言う。戦略の幅が大きなレースとなるのだろう。
「なお、目標タイムはそれぞれの参加者ごとに腕時計型のアタッチメントをお送り致しますので、そちらでご確認ください。妨害行為に関しましては、これより30分間の作戦タイムを設けますのでその間は本番のレースと同じコースを利用できる疑似レースを何度も行えますので、そちらご確認をお願い致します。他にご不明な点がございましたら、メールにて運営までお問い合わせをお願いいたします」
そう言ってアナウンスがやむ。最後は駆け足な内容だったが、内容は一応理解できた。あとはそれぞれのクランでの作戦次第だった。
(とりあえず、ふたりと合流するかね)
大変な内容になったなぁとため息を吐きつつも、レンはタマモとヒナギクと合流するためにふたりを探し始めるのだった。




