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16話 幕間~タマモ~

(……終わりましたかぁ)


「年賀状配布レース」は無事に終わった。


 ……参加者のプレイヤーたちがみな死んだ目で俯き、ぶつぶつと呟いていた。その呟きは主に呪詛じみたものであった。ただし、それは運営に対しての呪詛ではなく、過去の自身の行いへの呪詛であった。


「あぁ、昔の俺はどうしてあんなにも大量の年賀状を書いていたんだろう? あんな量の年賀状を郵便局員さんたちはどんな想いで。……あぁ、俺って奴は! 俺って奴はぁぁぁぁ!」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。自分から時間指定しておきながら、その時間帯に数分だけ家を空けるなんてお馬鹿なことをやらかしてしまってごめんなさい。「なんでわざわざこの数分の間に来るのよ」とか愚痴を言ってごめんなさい。今後は絶対に、なにがあっても、その時間帯には必ず家にいるようにしますから。だから許してください、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ!」


「年賀状の勧誘で面倒くさそうに対応してごめんなさい。お歳暮、お中元をお願いするのが遅くなってごめんなさい。郵便物がちょっと濡れただけなのにクレームを入れてごめんなさい。全部私が悪かったんです。郵便屋さんはなにも、なにも悪くありませんでしたぁぁぁぁぁ!」


「切手の代金不足なんかしてしまってすみません。今後はきちんと代金は確認します。中身がちゃんと見えるように梱包もします。だから、だから、だからぁ! 許してぇぇぇぇぇ!」


 ……呪詛というよりかは自身の行いへの後悔の念をそれぞれに口にしているという方が正しいだろうか。


 参加者のプレイヤーたちはみな泣き叫びながら天を仰ぐか、地面を何度も叩きつけながら頭を抱え込んでいた。 


 そのあまりにもあんまりな光景にタマモは言葉を失っていた。


(……みなさん、なかなか郵便局の人泣かせなことをしていますねぇ)


 それぞれが言っていることは、タマモの父の知り合いで郵便局でそれなりに上の地位にいる人が愚痴で言っていた内容そのものだった。


 とはいえ、中には郵便局側の不手際もあったり、たまたま都合の悪い時間に訪問してしまったりということもあるので、一方的に利用者側の問題というわけではない。


 時間指定をしても、仕事でたまたま残業してしまい、その時間に間に合わないこともあるし、切手の代金を間違えてしまうことだってある。誰だって人間なのだ。人間であればミスは必ず起こすものだ。そのミスを反省し次に繋げられるか、それとも開き直ってしまうかでその人物の評価は大きく変動する。


 絶叫の内容を聞く限りでは、いま慟哭しているプレイヤー側は残念ながら開き直ってしまう側だったようである。もっとも今回のことでだいぶ反省したようだが。


 それにいくら反省されたところで、当の郵便局員側はそこまで気にしていないのだ。実際タマモの父の知り合いの郵便局の人も「まぁ、とは言ってもこれも仕事のうちだから、いちいち気にしていたらやっていられないし。それに局内の軋轢に比べれば、まだましだし」とあっさりと言っていた。


 局内の軋轢に関してはその人は決してなにも言わなかった。ただ、そのときの話を聞く限りでは利用者への対応よりも闇が深そうであったのがなんとも言えなかった。そのときはまだ小学生だったタマモでも「郵便屋さんって大変なんだなぁ。迷惑がかからないようにしよう」と心の底から思ったものである。


 いま叫んでいるプレイヤーは当時のタマモそのもの。まぁ、さすがにここまでひどくはなかったが、彼らないし彼女らもこれからは郵便屋さんには優しくしてあげられるだろう。


(まぁ、あの人たちのことはもういいですかね)


 いまだに嘆き続けるプレイヤーたちには同情も禁じ得ないが、さすがにいつまでもそちらに思考を割くわけにはいかない。そっと顔と視線を逸らしてタマモはあらかじめ表示させておいたステータス欄に目を向ける。


 ステータス欄にはレース開始までにはなかった「分身」のスキルが追加されていた。ご丁寧なことにスキルの後ろには括弧付きでNEWとあった。今回手に入れた「分身」のスキルから始まったことではなく、最初からこういう表示だったのでいまさらではあるが、ここまでご丁寧にしなくてもいいんじゃないかと思わなくもない。本当にいまさらなことではあるのだが。


「……「ある種族」ですかぁ」


 スキルの説明にも「ある種族には」と書かれている。この書き方だと複数の種族では入手できそうではあるのだが、タマモにはまるで特定の種族であることを隠すためのものとしか思えなかった。


(……これって妖狐族のことなんでしょうかね)


 タマモはほぼ一見しただけで使えるようになった「分身」だが、お世話になった「課長さん」は修行してようやくと言っていた。加えて「タマモは「金毛の妖狐」だから使える」とも。


 つまり通常の妖狐であれば、「分身」は修行すれば使えるようになるが、金毛の妖狐は修行せずとも使えるのだろう。現にタマモは修行なんて一切していないのに、いともたやすく使えるようになった。いや、もともと使えていたのに、現実の常識が邪魔をしていたから使えなかったのかもしれないといまでは思えてならない。


(……もしボクの考えている通り、ある種族が妖狐であれば、「課長さん」は妖狐ということになりますね。あの速さの理由もそれで納得できますし)


「課長さん」は「分身」をしていたし、慣れているとはいえ、あれほどの速さで年賀状を仕分けられるのはいくらなんでもおかしい。


 考えられることとすれば、「課長さん」はタマモと同じで尻尾を使って効率よく仕分けていたのではないかということ。


 もし「課長さん」が妖狐であったならば、「尻尾操作」を使えばタマモと同じ方法での仕分けが行えるし、経験値の違いからその速さもタマモとは比べようもないのであれば、あの速さの謎も理解できる。


 ただ、もしそうであれば、ひとつわからないこともある。


(なんで「妖狐族」と書かずに「ある種族」と書くんでしょうか?)


 そう、なんで「妖狐族」と表記されていないのかがわからなかった。「分身」を使えるのが妖狐だけではなく、複数の種族がいるのかもしれないが、それであれば特定の複数の種族とすればいいだけである。「ある種族」とは表記しないだろう。


 それに「課長さん」が妖狐だとすれば、なんで普通のヒューマンのように振る舞っているのかがわからない。


 それは普段のリィンや大ババ様にも同じことが言える。なぜ妖狐としての姿ではなく、ヒューマンのように「幻術」を使って姿を欺いているのか。


 まるでこのゲーム内では妖狐は秘匿されなければならない存在であるかのようだ。それにいまのところ他のプレイヤーで妖狐は見ないのだ。タマモは金毛の妖狐という特別な存在であるが、いまのところ通常の妖狐の姿は見たことがない。


 あるとすれば、NPCの妖狐ばかり。プレイヤーの妖狐とはいまだ出会えていないというのがなんとも不思議である。


(……いま思えば、このゲームっていろいろと不思議というか、よくわかんないことが多いんですよね。どうしてでしょう?)


 たとえば目玉であるEKの再入手の方法がないとか、特定の種族には面倒くさい仕様があるとか、生産職に必須な素材アイテムの入手が鬼過ぎるとか。


 それぞれで答えは出ているものもあるが、いまだ不遇と呼ばれる状況のこともある。


 まだリリースして半年程度であるからして完璧な状態になるというのはさすがに無理ではあるだろうが、それでも不遇というしかない仕様が若干多いのも気に掛かる。


(今後のアップデートで改善されていくでしょうけど、それでも首を傾げることの方が多いですからね)


 今回のイベントは特にそうだ。


「お年玉獲得レース」は「年賀状配布レース」に負けず劣らずで参加者の心をこれでもかとぽっきりと折る仕様だった。


 そこまでする必要はあるのかとタマモには思えてならないことだが、運営側にとっては必要なことだったのかもしれない。それがなんなのかはさっぱりと理解できないことであるのだが。


「あー、負けた負けた。まぁた負けたぜ」


 不意に大きなため息が聞こえてくる。


 見れば、バルドが後頭部を掻きむしっていた。


「あ、バルドさん」


「よう、タマモちゃん。今回も負けちまったなぁ」


 あははは、と力なく笑うバルド。


 バルドもまた「年賀状配布レース」の参加者だった。順位は3位であり、2位とはケース半分ほどの差だったようだ。


「まさか、タマモちゃんだけではなく別の奴に負けるなんてなぁ。俺もまだまだだぜ」


「いや、今回はボクが一方的に有利だったからですよ」


「それでも負けは負けだ。でも、次は負けねえからな」


 バルドはじっとタマモを見つめていた。その目には親しみはあるが、それ以上に「こいつには負けたくない」という光りが、ライバルを見つめるような熱い想いが宿っていた。


「……そう簡単には負けないのですよ」


「お、言ってくれるな。だが、いまんところは俺の負け越しだからな。そろそろ勝たせてもらうぜ。次こそはな」


「いいえ、次もボクが勝つのです」


「言ったなぁ?」


「言いましたよ?」


 ふふふ、とお互いに不敵に笑いあうタマモとバルド。そのやりとりはとても健全的なライバルとしてのやりとりだった。


 見れば、ヒナギクもガルドと同じようにして笑っている。まだ参加はしていないローズもきっといまこの場にいたら、同じように笑っているだろう。


(ライバルっていいものですね)


 こそばゆくて言えないが、タマモにとってはバルドもガルドもそしてローズもまたライバルなのだ。


 そのライバルと競い合える。現実では決して敵わなかったこと。「玉森まりも」にはいなかった存在たち。そういう人たちと触れあえるこのゲームはタマモにとっては非常に刺激的なものだった。


(……そういえば、昔一方的に言ってきた子がいたような)


 ふと思い出したが、昔、子供の頃にふたつかみっつほど年下の女の子に一方的にライバル宣言されたことがあった。


 その子はいまどこでなにをしているのかはわからない。


 なにせ名前もわからないのだ。急に目の前に来て一方的に「あなたはわたくしのライバルです」と言ってきたのだ。


 言われた当時は「この子は誰なんだろう」としか思えず、その際その子が言っていた内容は一切覚えていない。ただ、覚えているとすれば。


(……勝ち気そうな、かわいい子でしたね、たしか)


 顔もはっきりとしていないが、かわいい子だったということは覚えている。だからライバルと言われてもその子がどういう子だったのかはまったくわからない。


「どうした、タマモちゃん?」


 目の前にいるバルドが不思議がっていた。


 少し考え込みすぎていたようだとタマモは内心反省していた。


「少し昔のことを」


「そっか。まぁ、いろいろとあらぁな」


 あえて踏み込んではこないバルドに好意を覚えつつ、タマモはその後レースの感想をバルドと言い合いながら、最終レースの始まりを待つのだった。

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