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15話 炉痢魂

 サブタイがなんじゃこりゃ? と思われるでしょうが、まぁ、そういうことです←

 風切り音が聞こえていた。


 暴風というほどではないが、目で見て反応するよりも早く、タマモはわずかに首を反らした。


 ──シュボッ


 独特の音ともにそれまで顔のあった場所をまっすぐに射抜くようにしてレンの右腕が通過した。


 チリッと頬が少しだけ熱くなる。避けたつもりだったが、避けきれなかった証拠だった。


 だがそのことを嘆く暇はない。


 すでにレンの左手が下からアッパーカットのように迫っていた。


 とっさにタマモは後ろへと下がった。鼻先をレンの左腕が通過していく。


 はらりと金色の髪が宙を舞っていた。宙を舞う髪の毛を視界の外に追いやる。


 左手でアッパーカットを放ったからかレンの体勢は少し崩れていた。


 右腕を完全に引く前に左腕を使った影響だろう。タマモに背中を向けていた。


(いまです!)


 タマモは思いきって右足を一歩前に出した──。


「甘い」


 ──と同時にレンの右腕が打ち下ろす形で迫って来ていた。左手でのアッパーカットは囮で、本命はこちらだった。


「っ!」


 しかし理解したところで、すでに完全に右足に重心を傾けてしまっていたタマモは対応したくてもできない。反応はできるのに、対応ができない。


(ここで終わりなんて嫌です!)


 今回こそはこの先にたどり着く。レンの体は右の打ち下しを放ったことでだいぶ左側に傾いている。


 このまま左側に避けても今度は左手で払われる。


 レンの狙いは明らかに左側の誘導だろう。


 だがここで右側に避け切ることができれば勝てるチャンスが生まれる。


「っぁぁぁーっ!」


 タマモはあえてレンに向かってさらに踏み込んで右の打ち下しをより低く潜り抜けることで回避した。レンが驚いたように目を見開いた。が──。


「あ、あれぇっ!?」


 ──回避はできた。しかしその後の動きをまるで想定していなかった。


 いや、交錯しようとしていたのだが、やや無理のある動きをしたことで今度はタマモの体勢が大きく崩れてしまった。


 結果顏から思いっきり地面にダイブすることになった。それでも慌てて立ち上がろうとしたのだが──。


「はい、タッチ」


「ぁぁぁぁぁーっ! またですかぁぁぁぁぁ!」


 すでにレンの右手がタマモの頭に置かれていた。レンの楽しげな声に、タマモは頭を抱えて声を上げた。


「いやぁ、なかなかやるようになったね、タマちゃん」


 悔しがるタマモとは違い、レンはとても楽しそうだ。


 いまのやり取りでタマモの実力が上がったことを喜んでいるようだった。がそんなレンとは裏腹にタマモは頭を抱えて悔しがっていた。


「もう少しだったのぃ!」


 地面の上でのたうち回りながら、拳を叩きつけるタマモ。


 若干涙目になりながら地面を叩く姿からは相当に悔しかったと言うのがわかる。


 そんなタマモを見てレンはとても穏やかな表情で笑っていた。


「そんな簡単にいままで素人だったタマちゃんに負けるほど、俺は弱くないからね。まぁ、結構面白かったけれど」


「その余裕がムカつきますぅぅぅ!」


 タマモは地面に拳を何度も打ち付ける。


 しかし打ち付けたところで結果が変わることはない。


 それでも悔しくて地面を殴るのをやめられないタマモだった。


「レーン。あんまりタマちゃんを苛めちゃダメだよー?」


 畑脇に設置している野外キッチンからヒナギクがレンに注意を促した。


 ヒナギク自身、レンがタマモを苛めて遊んでいるわけではないことを理解しているが、傍から見ると金髪の幼女をおちょくって遊んでいるようにも見えたのである。


「苛めてはいないよ。特訓だもの」


「それでもほどほどにねー」


「ほーい」


 ヒナギクは釘を刺してから再び「調理」を始めた。


 ちなみにメニューはキャベベ炒めのままである。


 農業ギルドにもいくらか卸していることもあり、タマモは農業ギルドのランクは銀に上がるかどうかのところまで来ているのだが、タマモの畑に植えてあるのはいまだキャベベだけである。


 キャベベ以外の苗が買えないというわけではない。単純にヒナギクからの許しを得ていないだけだった。


「タマちゃんのキャベベ炒めはまだまだだからね。次の食材を使うのはもう少し腕を上げてからだよ。それまではキャベベ炒めを作り続けてね」


 タマモの作るキャベベ炒めはまだまだ人に出せるレベルではないとヒナギクは考えていた。


 実際のところベータテスター二人組に出したキャベベ炒めは、「油通しがまだ甘い」という判定であり、まだお金を貰えるレベルではないとのことだった。


 ゆえにキャベベ炒めの何たるかを学び切るまでは次の野菜を植えさせてもらえないのである。


 そのためタマモのイベントリの中は大量のキャベベとキャベベ炒めで埋まっている。


 満腹度の回復値はどうにか10パーセントを超えるようにはなったが、15パーセントに達するのはまだまだ程遠く、ヒナギクからの許しはまだ降りていなかった。


 そしてその当のヒナギクは同じキャベベだけのキャベベ炒めとはいえ、タマモよりも効果が高い一品を作ることができていた。


 キャベベ炒め 品質B+ キャベベだけを使った単純だが、奥の深い一品。満腹度を17パーセント回復する。


 同じキャベベ炒めであってもまだ品質がCを超えないタマモとは比べようもない腕前だった。


 そんなキャベベ炒めをレンとタマモのためにせっせと作る姿はまるで夫と子供のためにフライパンを振るう母親のようであった。


 それは特訓を繰り返すレンとタマモもまた同じで、まるで休日に娘と戯れる父親のようであり、そんな三人の姿、もといタマモとヒナギクと行動を共にするレンの姿を見たプレイヤーや運営チームは「あのリア充め」と嫉妬の炎を燃やされていたことを当の三人が知る由はなかった。


「さぁて、タマちゃんはあと何回で俺にタッチできるかなぁ?」


「う、ぅぅぅ! やってやりますよぉ!」


「ほどほどにねー」


 嫉妬の炎を燃やすプレイヤーと運営チームの存在に気付かぬまま、三人はそのままログイン限界まで特訓と「調理」に明け暮れていたのだった。


 翌日レンに運営から「炉痢魂」の称号を贈られたことは言うまでもない。

 炉痢魂ろりこん……幼きものを愛でる選ばれし者の称号。戦闘時にStrとVitに補正(微小)あり。不名誉と思うか、最高の誉れと思うかはあなた次第。

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