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15話 幕間~ヒナギク~

「お年玉獲得レース」と「年賀状配布レース」はなんだかんだで無事に終わりを告げた。


 ただそれぞれの参加者の表情は見事なほどにひとつである。


 でかでかと顔に、これでもかと書かれているのである。そう、「やってらんねぇ!」と。


「なんなんだよぉ、あのじいさん、ばあさんはぁ。どんなに攻撃をしてもケロリとしていたし、ただの化け物だったよぉ」


「ふふふ、あれだけ、あれだけ魔法をたたき込んだのに、ケロリとしていたの。ふふふ、私のマジックユーザーとしての腕ってたいしたことなかったんだなぁ、あははは」


「お年玉獲得レース」の参加者たちの目はそれぞれ死んでいる。


 物理重視のプレイヤーも魔法重視のプレイヤーも。それぞれに目が死んでいる。


 かたや自慢の打撃力がまるで通じず。かたや自信のあった魔法がやはり通じなかった。


 それぞれのアイデンティティとも言えるものが、件の「おじいちゃんとおばあちゃん」という魔物じみたナニカにはまるで通じなかったのだ。心がぽっきりと折れてしまうのも無理からぬ話。


 もし、これが単純なダメージレースではなく、あのふたりからの攻撃を受けるような模擬戦じみた内容であったとしたら、ほぼすべての参加者は例外なく狩られていたことであろう。それを実感しているがゆえに参加者だったプレイヤーの大半は心をぽっきりと折られてしまっているし、涙を流しているプレイヤーもいる。実に哀れであった。


 中には「俺もまだまだだな」や「慢心の結果ね。精進しないと」と今回の結果が慢心していたがゆえであり、まだまだ精進が必要だと思うプレイヤーもいる。全体からしてだいたい2割くらいのプレイヤーが向上心を刺激される結果となっているが、少数派でしかない。


 そして2割のうちの2人のプレイヤー。つまりは「お年玉獲得レース」における1位と2位である、ヒナギクとガルドはそれぞれに考える素振りをしていた。


 ちなみに「お年玉獲得レース」と「年賀状配布レース」は上位10名までの名前がモニターに表示されており、それぞれのレースの1位はヒナギクとタマモであった。現状「フィオーレ」が総合成績で単独トップに君臨しているというまさかの結果になっていた。


 前回の「武闘大会」では金星を上げていたクランではあったが、まさか今回の風変わりな内容のイベントでも名を上げることになるとは誰も予想だにしていなかった。それがまさかの現状総合トップ。それもダントツであった。総合優勝にどのクランよりも近い場所に「フィオーレ」は君臨していた。


 そんな結果の前にヒナギクはみずからの手を見つめている。


「……鋼の次は王かぁ~。次は神様とかになっちゃうのかなぁ~?」


 手を見つめながら、「はぁ」と大きなため息を吐くヒナギク。ヒナギクが言っているのはレース終了間際に生えた「鬼王拳(焦炎)」のことだ。


「鬼鋼拳」のときとは違い、蔑称としか言いようがない称号が更新されることはなかったが、アナウンスにはスキルがランクアップしたら自動的に更新されると言っていたので、不名誉すぎる称号との縁はまだ深いようである。そんなものとはとっとと縁切りしたいところであるのだが、なかなかうまく行ってくれないのがなんとも残念である。


 だが、どんなに残念がったとしても、今回手に入った「鬼王拳」の効果は絶大であった。エフェクトも非常に派手であったが、その効果はそれまで「鬼鋼拳」で散々攻撃を仕掛けたが、ちっとも満足しなかった魔物である「おばあちゃん」を一撃で満足させるほど。おそらくもう少し時間があれば、「おじいちゃん」を満足させることもできたことであろう。


 もっとも時間があったところで、ヒナギク自身の体力がすでに限界だったこともあり、今回以上の結果を望むのは難しかっただろう。


 もしくはもっと早い段階で「鬼王拳」が生えてきてくれれば、よりよい結果になったことだろう。今回の「お年玉獲得レース」はなんというか、時期尚早すぎたとヒナギクは思う。1年目のお正月で、リリース後半年で行うにはいくらか要求のレベルが高すぎる気がしてならない。もしこれが1年後のお正月であれば、また別の結果になっただろう。今回のように阿鼻叫喚にはならず、もっと白熱した内容になったはずだ。


(レベル調整とか間違っていないかな、今回のイベント)


 今回のイベントははっきりと言えば、現時点では高難易度すぎるとヒナギクは断じていた。それはヒナギクが参加した「お年玉獲得レース」もそうだが、タマモが参加していた「年賀状配布レース」もまた同じだ。


「年賀状配布レース」の参加者も「お年玉獲得レース」の参加者同様に死んだ目をしている。結果表示とは別の大型モニターにそれぞれのレースのハイライト映像が流れているのだが、「年賀状配布レース」の様相は、「お年玉獲得レース」のそれとは別種だが、勝るとも劣らないレベルの地獄となっていた。


(……お年賀の時期の郵便局ってあんなことになるんだ)


 さすがにこんな地獄にはならないとは思うが、近い部分はあるのだろう。「お年玉獲得レース」の参加者の中には、リアルで郵便局員もいたのか、何人かは「……ここに配属はされたくねえなぁ」とか「……やめてくれ、今日はせっかくローテから外れていたんだ!」と項垂れていた。


 いくらか誇張表現はあるだろうが、大差ないレベルの忙しさではあるようだ。


 そんな郵便局員体験をさせられたプレイヤーたちの表情はみな死んでいる。中には「俺、むやみに時間を変更するのやめる。指定した時間にはなにがなんでも家にいることにする」とか「……年賀状は風情があるとか言って、使っていたけれど、もうメールで済ませよう。あんな大量な年賀状を郵便局の人に押しつけていたなんて、なんてひどいことを!」などと過去の自身の行いを反省するプレイヤーがそれなりに存在していた。


(……さすがに極端過ぎる気もするけれど)


 参加していなかったから現場ではどういう状況だったのかは察することしかできない。たとえハイライト映像が流れているとしてもだ。映像で見るのと肌で感じるのとでは大きな違いが生じるものである。


 その肌で感じてきたプレイヤーたちの嘆きと自責の声は、「お年玉獲得レース」の参加者たちよりも阿鼻叫喚としている。


 ただ「今後は年賀状を使わないようにする」というのはさすがにまずいのではと思う。


 年賀状は郵便局における稼ぎのひとつであろう。その稼ぎが今回のイベントで大いに減ってしまうのはさすがにまずい気がする。とはいえ、もう年賀状自体数年は書いていないヒナギクが言うのもなんではあるのだが。


(……やっぱりこっちでも要求難易度が高すぎる)


 ハイライト映像を見る限りでは、「年賀状配布レース」も要求の度合いが高すぎる傾向にあった。


 ひとりで行うには年賀状の量が多すぎる。


 全員を同じフィールドに集めてそれぞれに行えた量を競った方がまだ連帯感なども生まれた気がする。だというのになぜかそれぞれ単独のフィールドで延々と年賀状を配布させ続けられたのだ。


 全員が全員郵便局員というわけではないのに、あんなことをさせられるというのはいかがなものだろうか。


「お年玉獲得レース」のように来年であったら~とは一概には言えないが、もし来年であったら、いまよりも潤沢なスキルを獲得しているプレイヤーも多かっただろうし、ステータスもいまよりも高かったはず。「お年玉獲得レース」のように白熱した内容にはならなかっただろうが、それでも今回ほどに悲惨なことにはならなかったと思われた。


 まだ最後のスプリントレースが残っているものの、全体的に時期尚早すぎるイベント内容だったのではないかと思わずにはいられない。もしくは全体的にレベルの調整を間違えてしまったのではないかとも。もしくはあえてこの時期にやったのかもしれないが。


(……さすがにないか。そんなことをする意味もないもの)


 単純に調整不足だったということだろう。


 思えば、直近のイベントでも最後までてんやわんやだった運営だ。


 まぁ、てんやわんやさせてしまった原因を作ったのはヒナギクであるため、運営を責めることはお門違いであることは承知している。それでももう少しどうにかならなかったのかなぁと思わずにはいられない。


(まぁ、強力なスキルを得られたし、いいかな?)


 いろいろとツッコミどころはあれど、最終的にはヒナギクにとってはプラスの結果になったのだ。これ以上はさすがに求めすぎだろう。


「ん~、ヒナギクの嬢ちゃんにはやっぱり敵わねえかぁ~。これでもちょっとは成長したつもりだったんだが」

 

 不意にため息交じりの声が聞こえた。


 見ればいつのまにかガルドがそばにいた。


「あ、ガルドさん」


「よう、ヒナギクの嬢ちゃん。ひさしぶりだな」


 ガルドはいつものように豪快に笑っている。笑っているが、若干悔しそうでもある。成績ではヒナギクの方が上だったことを気にしているようだ。


「今回こそはと思ったんだが、まぁ、仕方ねえな」


「そう簡単に負けませんから」


「はっはっは、それを実際にやられちまったんだからなにも言えねえなぁ」


「次も負けませんから」


「いいや、次は俺が勝つぜ?」


 にやりとガルドが笑う。そんなガルドにヒナギクも不敵に笑い返す。


 見た目から言えば、ガルドとヒナギクがダメージレースをしてもガルドの圧勝にしか見えないのだが、実際はその逆なのがヒナギクの業深いところであろう。


「しっかし、今回のイベントはやけにレベルが高いなぁ」


「ガルドさんもそう思います?」


「あぁ。この調子だと最終レースもどうなることやらなぁ」


 やれやれとため息を吐くガルド。ヒナギクも同じ意見であるため、自然とそこから会話は弾んでいった。


(本当に最終レースはどうなるのかな?)


 すでに阿鼻叫喚となっているイベント。


 このイベントのトリを飾るスプリントレースはどんな魔境に仕上がっているのやら。


 ヒナギクはなんとも言えない不安な気持ちを抱きつつ、ガルドとの話を続けるのだった。

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