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14話 ただ打ち勝つのみ

 制限時間が迫っていた。


 だが、どんなに制限時間が迫っていてもタマモのやることはなにも変わらない。


 ただ、目の前にある年賀はがきを仕分けることだけであった。


 その年賀はがきの量も当初よりかはだいぶ減ってきた。


「課長さん」もあまり顔を見せなくなってきており、散々追加されたケースはもう20を割っている。あってもせいぜい、13、4ケースほどだろうか。


 ただ、13、4ケースをすべて仕分けることはおそらく無理だろう。


 制限時間はすでに5分を切っている。


 両腕と三尾を総動員して仕分けても、1ケースで5分以上は掛かってしまう。


 いま取りかかっているケースがもう直に終わるので、それ以降は消化試合のようなことになるであろう。


 それでもやれる分はやっておきたいとタマモは思っていた。


「っと、これで終わりですね」


 そうこう思っているうちにいま取りかかっていたケースも無事に終わり、タマモは次のケースを手に取った。


 改めてケースの量を数えてみると、手に取ったケース以外だと残り11個あった。思ったよりも進みは速かったようだが、それでも制限時間を考えるとこれ以上は減りそうにはない。


(……ここまでですかねぇ?)


 そんなことをぼんやりと考えていると、「お疲れ様~」というのんきな声が聞こえてきた。

「あ、課長さん。お疲れ様です」


「うん、タマモちゃんもお疲れ~。あとどのくらい残っている? おぉ、あんなにあったのに、もうこんなにまで減ったんだ? すごいね」


「課長さん」は満足げに笑っていた。


 どうやらタマモの仕事量を褒めてくれているようである。どんなもんだいと思う一方で、最後まで終わらせられそうにないことに若干後ろめたい気分になるタマモ。


「ごめんなさい、まだ全部終わっていないので」


「いいの、いいの。全部終わるなんて考えていなかったからねぇ。20、いや10ケースも片付けばいい方かなぁと思っていたのが、まさか、残り10ケースちょっとだなんて。逆にありがたいくらいだよ」


 ニコニコと笑いつつ、「課長さん」はおもむろにケースのひとつを取り、いくつも並んでいる棚のうちに、タマモが使う棚の隣に立った。


「課長さん?」


「お礼にちょっと手ほどきしてあげるね」


 ニコニコと笑いつつ、「課長さん」が年賀はがきのひとつを手に取った。残り5分を切ったところでの予想外のイベント発生だった。が、これがどういう仕様なのかがいまいちわかからなかった。それに手ほどきとは言うが、いったいどういうことなのか。タマモが頭上にでかでかと「?」マークを浮かべていると、それは起きたのだった。


「「「さぁ、始めようか」」」


「……ふぇ?」


 ひとりだったはずの「課長さん」がなぜか3人になったのである。


 それもそれぞれが別々のケースを持っているのだ。


 残り11個だったケースはいまや残り8個になるまで減っている。


 いきなりの展開に戸惑いを隠せないタマモ。


 そんなタマモを置いてけぼりにして、「課長さん」の怒濤の仕分け作業が始まった。「課長さん」の腕は2つ。タマモのように利き腕同然に使える便利な尻尾はない。だが、その仕分ける速度はタマモの比ではなく、疾風怒濤というのはこういうことを言うのだろうかと思うほどに、とんでもなく速かった。


 年賀はがきを指定の住所へと仕分けるのに、肘から先がまるで見えないのだ。タマモも効率よくやってはいるのだが、「課長さん」はそれ以上の効率を圧倒的なスピードで行っていた。


 大量にあった年賀はがきがあっという間に消えていく。


 1分少々でケースが空になり、3人になった「課長さん」は新しいケースを手に取っている。

 あまりにもな光景にぽかんと口を開けていたタマモだったが、そういう場合じゃなかったと思い直した。


 だが、いまのままだと「課長さん」の圧倒的な速度には追いつけない。そもそもなぜか3人に増えているのだ。腕の数という意味合いではまだタマモの方が多いが、圧倒的に速度差がある以上、腕の数がどうだのこうだのと言っても意味はない。


(手ほどきと言っていましたけど、もしかしてこの人数が増えたことに対してなんでしょうか?)


 てっきり効率的な仕分け方の手ほどきだと思っていたのだが、状況的に踏まえると仕分け方ではなく、「課長さん」が増えたことに対しての手ほどきのようである。


(……分身とか残像したってことなんでしょうけど、残像って超スピードで動くだけですから、いまの課長さんみたいに別々のケースを手に取るってことはできないはずですよね。となるとこれは分身ってことになるんでしょうけど、どうやっているんでしょうか?)


 手ほどきをしてくれるのはいいが、その方法がわからない以上、どうすればいいのかはさっぱりである。そんなタマモの考えを読み取ったのか。ふふふ、と笑いながら「課長さん」は言った。


「これは「分身」というスキルでね~。自分を複数に増やせられるものなんだけどねぇ~。私は種族的に使えるんだ。まぁ、それなりに修行してようやくだったけど~、タマモちゃんは「金毛の妖狐」だからすぐに使えると思うよ~?」


「課長さん」はニコニコと笑いながら言う。話の流れからして「課長さん」はヒューマン種ではあるようだが、純粋なヒューマンではないようだ。


 かといって、種族的な特徴が出るようなものは「課長さん」にはこれと言って見受けられなかった。タマモの目では通常のヒューマンにしか見えなかった。


「まぁ、私の正体は秘密で~。それよりもタマモちゃんもできるはずだから、やってごらん~?」


 ニコニコ笑顔でわりととんでもないことを言い出す「課長さん」だが、「課長さん」曰くタマモなら修行せずにできるようである。


 いったいどうすればいいのかはわからない。わからないが、「狐火」のときと同じだろう。「狐火」のときは氷結王の眷属の長であるシュトロームに教えて貰ったのは、「自身の中にある火を熾せ」ということ。今回の「分身」も「金毛の妖狐」であればすぐに使えると言うことだから、同じことなのだろう。


 今回は「狐火」ではない。だが、「狐火」同様にできること。ならばできない理由は、自身の常識が問題なのだろう。「分身」は創作的なコンテンツにはよくあるもの。しかし現実ではありえない。それは残像もまた同じだ。現実の人はどうあっても分身も残像もできないのだ。


 しかし逆を言えば、その現実的にはありえないという考えが、「分身」を使えなくなさせているのだろう。


 であれば、その常識を取り払えばいい。「できない」という思い込みを消し去ってしまえばいい。「できる」と信じ切ればいい。そのために戦うべきは己自身。「できるはずがない」と思い込む己に打ち勝つ。なかなかに難しいことではある。あるのだが、はっきりと言えばいまさらだった。


 なにせタマモにとっては己に打ち勝つことなど、いまに始まったことではない。このゲームを始めてずっとタマモは自身と戦い続けてきた。「できるわけがない」と思い込んできたことを悉く乗り越えてきた。戦うべき相手が己自身であることなんていまさらなことだ。


(……できないなんてことはありえないのです)


 いまさらならば、やるべきことはひとつだけだ。ただ己に打ち勝つのみ。タマモはまぶたを閉じた。狐火を初めて使ったときのように、己の中にあるそれを掴み取ろうとした。時間はない。だが、いまだけは時間なんて関係ないのだ。自分の奥底に手を届かせるべく、深く深く集中していく。そうして集中を深めていくと、不意に頭の中に浮かぶ言葉があった。その言葉を何気なくタマモは口にしていた。


「……我が身はひとつに非ず。なればこの身分かたれん。起きよ、我が分け身たちよ」



「スキル「分身」を獲得いたしました」



 タマモの口から半ば自動的に発せられた言葉。その言葉と同時にアナウンスが流れてすぐに、タマモは3人になっていた。そんなタマモに「課長さん」は「ぱちぱちぱち~」と実際に口に出しながら拍手をしていた。


「うん、上出来。さぁ~、残りをちゃっちゃかやっちゃおう」


「「「はい!」」」


 3人になったタマモはそれぞれに頷き、残りのケースを手に取った。


 不思議なことに「分身」してからは、いままで以上の速さでケースを片づけられるようになっていた。それでも「課長さん」の速さには到底追いつけなそうにはないが、少なくともいままでの数倍の速さでケースを片づけられた。


 その後、間もなくして制限時間が訪れた。


「はい、お疲れ様ぁ~。いやぁ~、助かったよ、タマモちゃん。まさか全部終わるなんてねぇ。うんうん、ありがとうねぇ」


「課長さん」は満面の笑みを浮かべていた。タマモは「こちらこそです」と頭を下げた。


「いえいえ、「()()()」のお役に立てて光栄でしたよ」


「課長さん」がぼそりとなにかを呟いた。「え?」と顔をあげたときには、「課長さん」が手を振って「またねぇ~」と言っていた。


「いまのは」


 そう問いかけようとしたが、問いかけようとしたときには、タマモは元の「競技場」へと戻っていた。


 見れば、「お年玉獲得レース」に参加していたプレイヤーたちも同時に戻ってきていたようで、「競技場」内はにわかに騒がしくなっている。


「……なんだったんでしょうか」


 狐につままれた気分というのはこういうときのことを言うのだろうかと思ったが、「ボクも狐なんですよねぇ」と自身の種族のことを考えると、やけに皮肉めいた気になってしまう。


「まぁ、新しいスキルを得られたからよしとしましょうか」


 なんとも言えない気分になりつつも、とりあえず強力そうなスキルを得られたので、よしとしよう。そうタマモは思考を切り替えたのだった。

分身……一部の称号か一部のイベントを除き、通常では取得方法のない特殊なスキル群のひとつで、共通した意識を持つ分体を作り出すことができる。上記の通り、本来ならば通常では取得できないスキルだが、()()()()()()()厳しい修業を乗り越えれば取得できるようになる。

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