12話 遠い背中に
(おいおいおい、量がおかしいだろう、コレ!?)
次々に運び込まれてくる大量の年賀はがき。
赤と白のおめでたい紅白柄のはがきは、日本人であれば見慣れたものだ。
次の年の干支入りのものが大半だが、その干支もデフォルトされたものからリアルテイストのものまで様々だが、それは「EKO」の世界でも変わらないようだ。
ちなみにこの世界の次の干支は丑年のようで、はがきにはブラックブルと呼ばれるモンスターが描かれている。
ブラックブルは、主神エルドの乗り物としてされているモンスターのひとつであり、ゲーム内では南の第三都市「ガウス」付近で出現するモンスター中最強の存在として初心者プレイヤーからは恐れられている。
その一方中堅プレイヤーからは金策モンスターとしても扱われている。その理由はブラックブルはハメ殺しできるモンスターであるからなのだが、そのハメの難易度が若干高めであることが理由である。
そのハメの方法は実に単純なもので、タンクがヘイトを集めている間に弱点の腹部を側面から集中攻撃するというもの。要はブラックブルの頭を押さえ込み、その間に腹に風穴を開けるということ。その光景を端から見て付けられたのが、「囲いハメ」という名前だ。もしくは「たこ殴りリンチ」とも言われる。
この単純な方法の難易度が高い理由は、ブラックブルの戦闘力が高いというのが最大の理由である。ブラックブルは闘牛を思わせるほどの闘争心の高さゆえに正面に立ったプレイヤーに全速力の突進を行うという性質を持つ。
その性質があるからこそ、その突進の一撃の威力は半端ではないほどに高く、第三都市に到着したばかりのプレイヤーの装備では、タンクであっても一撃で葬り去られてしまうほど。
加えてタンクはタンクでも、回避タンクではハメはできない。むしろ、第三都市に到着した段階では、並の回避タンクよりもブラックブルの方がAGIが高いため、回避することができずにそのまま即死するという状況に陥りやすい。
かといって闇雲に攻撃をしても、側面以外からでは腹部を狙うことはできず、そして側面以外からの攻撃はブラックブルの高いVITの前に弾かれてしまうというおまけ付きである。
高攻撃力、高機動力、高防御力という嫌がらせとしか思えない三点セットの持ち主であるブラックブル。真っ正面から相手をするにはブラックブルの防御力を抜くほどの圧倒的な一撃を放つか、ブラックブルの機動力をあざ笑うほどの速さで翻弄するか、そしてブラックブルの一撃を耐えきるかのどれかしかない。
そのうち大半のプレイヤーたちが選んだのが一撃に耐えきるというもの。
それはタンク系プレイヤーの二次職で覚えられる「大防御」という武術の存在が理由である。
「大防御」はタマモや一部のベータテスターが所持する「絶対防御」の下位互換となるもので、その性能は「一部を除いた、ほぼすべての攻撃を防ぐ」というもの。そのほぼすべてにブラックブルの突進は含まれており、「大防御」持ちのタンクプレイヤーがブラックブルの攻撃を押さえこむという戦法が確立された。
確立されると同時に「「大防御」持ちではないタンクプレイヤーはタンクにあらず」という格言もまた成立するということにもなった。
つまりブラックブルをハメ殺しできる=中堅の仲間入りという初心者卒業の登竜門として扱われているのだ。
初心者卒業祝いとしてなのか、ブラックブルは倒せば確実に食材である「黒牛のリブロース」というアイテムをドロップする。この「黒牛のリブロース」の売価はひとつ1500シルであり、「囲いハメ」に使用する回復アイテムという諸経費を差し引いても一度の戦闘で800シル前後は稼げる。もし複数ドロップすれば2000シル以上の稼ぎとなるし、レアドロップに「黒牛の頭骨」という第三都市では最高の頭装備の素材もあるため、手軽な金策モンスター兼戦力確保という双方の理由から中堅プレイヤーに愛されているのだ。
そのブラックブルが描かれた年賀はがきがバルドの目の前には大量に置かれている。それも次々に供給されるため、いくら仕分けてもちっとも量が減った気にならないのである。
(……大学時代のアルバイトとまるで違うんだけど)
大学時代、バルドは年末年始の郵便局の深夜勤のアルバイトを毎年行っていた。バルドの伯父が郵便局の社員をしていることもあり、その伝手で深夜勤のアルバイトを冬休みにしていたわけなのだが、そのアルバイトでもここまでカオスな状況ではなかった。
そもそも大学時代のときは、長期で深夜勤のアルバイトが別にいたし、その人たちの手が足りない分をバルドがしていたわけだが、それでも毎年行っていたこともあり、それなりには自信があったのだ。
その自信があったからこそ、バルドはみずから年賀はがき仕分けレースに参加を希望したのだが、その自信は木っ端微塵になってしまった。
(これ、どう考えてもひとりでやる量じゃなくね?)
普通に考えれば、この量は大人数でやるレベルだ。それこそ棚すべてに人を配置してようやく終わるくらいだ。それをいくら経験者とはいえ、バルドひとりで終わらせられるわけがない。
だというのに運営はひとりでやれという。
(これ、現実だったら暴動起こりそうだなぁ)
いくらなんでもひとりでやれる量ではない。
しかしそれでもやれというのは明らかにおかしいことだ。
だが、それも現実であればの話。
今回はあくまでもゲーム内世界のイベントのひとつだ。
そう頭ではわかっていても、目の前に映る現実は一向にバルドに微笑みを投げかけてはくれないのだ。
「……やりますかねぇ」
はぁと小さくため息を吐きつつ、年賀はがきをそれぞれの住所へと仕分けていく。
4年分の経験はあると言えど、年末年始の短期であるため、実際の実働歴は半年にも満たないほど。
それでも経験者としては下手な成績では終われないのだ。
(……掲示板の様子を見るに、いまのトップはタマモちゃんか。あー、尻尾三本あるもんなぁ。利き腕が四つになったみたいなものだし、妥当かねぇ)
基本的、というか、当たり前なことではあるが、利き腕というのはひとつだけである。中には両利きというプレイヤーもいるだろうが、それでも腕は二つだけなのだ。だが、タマモの場合はそこに利き腕同様に動かせる尻尾が三本もある。つまり利き腕が四つになったようなものだ。
その四つの利き腕を使って年賀はがきを仕分けられるとなれば、たしかにトップを独走できてもおかしくはない。
仮に現実で長年郵便局で働いているプレイヤーがいたとしても、郵便局毎で担当している住所は異なるのだから、担当している住所を覚えなければどうしようもない。年賀はがきの仕分け自体には慣れていても、その住所を覚えていなければ長年の経験はそこまでのアドバンテージとはならない。
利き腕が四つあるプレイヤーと速度を競おうものならば、いくら経験があろうとどうしても速度では劣ってしまう。
それがタマモが現在トップを独走している理由だ。
(……むしろ経験者であるからこそ、足かせになっているかもな、これ)
加えて、現実の作業現場を知っているからこそ、この現状に戸惑ってしまうということもあるのかもしれない。
余計な先入観と知らない住所、そして使える利き腕の差という諸々の理由がタマモをトップたらしめているのだとバルドは理解していた。それはきっと他の参加プレイヤーも同じことだろう。
(それでも指を咥えて負けるなんざごめんだぜ。それも同じ相手に二度もな)
たしかに現状ではバルドがタマモに勝つのは無理だろう。
掲示板によると、タマモが仕分けたケースの数は50を越えるそうだ。バルドが仕分けた数はせいぜい30を越すかどうかというところ。他のプレイヤーもだいたい30前後のところ、タマモはそのさらに先を行っている。頭一つ、いや頭二つ分は先行されている。
残り時間はもう半分を切っている。
このまま順調に仕分けられて50を越えたとしても、タマモはすでに50を越えているのだ。数を逆転させることは生半可なことではない。
だが、その生半可ではないことをやらねばならない。
他のプレイヤーはどうしようもないと匙を投げるだろうが、バルドは匙を投げるつもりはない。
バルドはすでに一度タマモに負けているのだ。
あのときとは勝負の内容は異なるが、どちらにしてもバルドに一日の長があったことはたしかだった。そのうえで二回も連続で負けることはできない。なによりも──。
(タマモちゃんに「格下」と思われたくないんだよ、俺は)
──なによりも当のタマモにバルドは格下の存在だと思われるのだけは防ぎたいのだ。
タマモがそんなことを考えるはずもないというのはバルドはわかっている。むしろ、タマモは前回運良くジャイアントキリングをしたとしか思っていない。タマモの中ではバルドは格上の存在と捉えてくれているだろう。
だが、それでもタマモに連続で負けるというのはダメなのだ。
一度土を着けられたのに、連続でというのはダメだった。
どんな物事にも相性はある。
タマモとバルドではタマモに軍配が上がるほどの相性があるとしても、「格上」と思われているのであれば、その相性を凌駕せねばなるまい。たとえどんなにちっぽけなことであったとしても、だ。
(そうでもなきゃ「ライバル」としては情けねえだろうが)
そう、ライバル。バルドはタマモをライバルとして見ている。端から見ればおかしなものだろう。バルドはベータテスターの中でもトップクラスのプレイヤーであり、「大防御」の上位互換である「絶対防御」の使い手である。対するタマモは「絶対防御」と「急所突き」という最強の矛と最強の盾の使い手ではあるものの、まだ初心者レベル。どう考えてもバルドがタマモをライバル視するのはおかしいことだ。
それでも、バルドはタマモをライバルとして見ていた。それはバルドだけではなく、バルドの兄貴分であるガルドや前回の戦いでタマモに打ち勝ったローズもまた、タマモをライバルとして認めていた。
おそらくガルドとローズが同じレースに出場していたとしたら、どんなに差を開けられようとも決して諦めなかっただろう。ライバルがそんな簡単に諦めてどうするのだ、と。だからバルドもこんなところで諦めるつもりはない。
(差し切ってやるぜ、タマモちゃん。覚悟しろよ?)
どんなに難しかろうとも、その背中に手を届かせてみせる。
バルドは心の中で密かに闘志を燃やす。たとえその背中がどんなに遠く見えていても必ず届くと信じて。バルドは年賀はがきの束を新たに掴むのだった。




