11話 ただ行うべきことを
掲示板回の予定だったのに、忘れて普通に書いていたというね←
たぶん次回も普通に進めます。その後に掲示板回になる予定です、めいびー←
全身が熱くなっていく。
(あぁ、まずいな)
全身が熱くなると、真っ先に思いつくのは制限時間という言葉だった。
もともと制限時間があるイベントだった。
だが、その制限時間とは別の制限時間がガルドにはある。
ベータテスト時にレイドボスを単独クランのみで撃破したことで得られた特別スキルのうちのひとつである「獣謳無刃」はステータスを倍加させる、ガルドの奥の手である。奥の手であるが、同時に禁じ手として普段はあまり使わないようにしていた。
その理由は暴走というデメリットを抱えているからだ。
暴走する時間はその時々によって変化するが、基本的には10分を越えると体が熱くなり、15分を越えると理性が徐々に薄れ始め、20分経てば、もう自分が自分でなくなってしまう。つまり20分を越えると暴走が始まるのだ。
時々によっては若干増減するものの、概ね20分後には暴走が始まる。
それはどんなにレベルが上がっても決して変わらなかった。
サービス終了するか、ガルドがゲームを引退するまでこのまま変わらないのだろうとガルド本人は思っていた。
(……熱いが、そのままにしちゃいけない)
思い浮かぶのは、つい先日まで師事を受けていた師匠の言葉。高位NPCである焦炎王が授けてくれた一筋の光だ。
『よいか、ガルド。おまえには天賦の才はない』
一時的にバディを組んでいたレンは、あっさりと卒業試験を合格し、一足先に地底火山を後にしていた。その後、焦炎王がガルドに告げたのはそんな一言だった。
『レンのような才はおまえには欠片もない。いや、欠片もないというのは言い過ぎかもしれぬが、あれと比べられるようなものはおまえにはほとんどない。おまえは凡庸だ。それこそ日々を当たり前のように過ごして、当たり前のように老いて死ぬ人間がおまえだ。あれのようにはおまえは絶対になれぬ』
それは若い頃に聞かされていたら、それこそレンとさほど変わらない年齢で聞かされていたら絶望で目の前が染まるような一言だっただろう。しかしガルドはそんな年齢ではなかった。
『そんなことは百も承知ですぜ? 俺はレンの坊主のような才能はねえです。いまの坊主とやり合っても勝てる自信はあります。ですが、将来的にはわからねえ。それこそ一年、いや、半年後にはあっさりと負けてしまうかもしれねえ。あれはそういう存在です』
レンとバディを組んではっきりとわかったことだ。レンは一種の天才である。それこそ兄のテンゼンすら越えるほどの天才。そのテンゼンとてガルドには逆立ちしても得られないほどの才能を誇っていた。そのテンゼンさえも越える才能。その片鱗をガルドはレンと過ごす日々の中で何度も感じ取っていた。
たとえば、ウォリア・オブ・ドラゴンとの戦い。たとえば、フェニックスとの訓練など。そのどれらにもガルドはレンとの間に才能の差を何度も感じさせられた。レン本人はそう思わなかっただろうが、ガルドにとってレンはいつかあっさりと自身を越えていくだろうというビジョンがはっきりと見えていたのだ。
それでもガルドがまがりなりにもレンに上位者と振る舞えたのは、たったひとつの理由だ。たったひとつのレンには絶対に負けないという自負を抱けるものがあったからだ。
『うむ、概ね同じ意見だ。ただ、おまえにはあれにはないものがある』
『というと?』
『経験の差だよ。レンはたしかに天才だ。いや、レンだけじゃないな。あれが所属するクランの者たちはみな天才だった。それこそ徹底的に鍛えたらどこまで上り詰めるかわからないほどに。もしやすれば我すらもたやすく凌駕するほどの才能の持ち主ばかりだ。だが、才能があってもまだ足りないものがある。それが経験だ。おまえにはあやつらが持っていないものを圧倒的なほどに持っている。その経験があるからこそ、おまえは「旅人」たちの中でも最上位に位置するほどの実力を誇っている』
そう、経験。それがガルドにあってレンにはないもの。ガルドがレンには負けないという自負を持つものにして、ガルドを全プレイヤー中最上位の存在として支える柱である。
『ええ。そこに限っては俺は誰にも負けるつもりはねえす。酸いも甘いも、というにはまだ早いとは思いますが、経験だけは俺はレンの坊主たちには絶対に負けねえと思っています』
『うむ。だからこそ、おまえにはここでもっと経験をして貰う』
『へえ。具体的に言いますと?』
『そうさな。ここにいる我が眷属どもとそれぞれ100戦しろ。勝つ必要はない。しかし簡単に負けることは許さぬ』
『これまた難しいことを』
『なにを言うか。まだひとつ上乗せするというのに』
『上乗せ、ですかい?』
『うむ。それは』
焦炎王が言った「上乗せ」は、はっきりと言えばとんでもないものであった。だが、それはガルドをより一層に成長させてくれるものだった。
「ほっほっほ、ガルドちゃんや。もう終わりかい?」
不意に聞こえてきた声にガルドは我に返った。目の前には絶対強者としか言いようのない存在ふたりがいた。もう幾度となく、「獣謳無刃」状態での攻撃を放っているし、それどころかもうひとつの特別スキルである「獣波激震衝」さえも放った。
それでもなお、このイベントNPCである「おじいちゃんとおばあちゃん」を満足させることさえも敵わないのだ。
はっきりと言えば、異常すぎる相手だった。
そんな存在を相手にし続けていると、体がどんどんと熱くなっていく。
全身の熱。それは暴走の兆しだ。
その兆しはどんどんとガルドの体を蝕んでいく。
以前であれば焦りしかなかった。
以前であれば冷静さを保つことができなくなっていた。
だが、いまはもう以前の自分ではない、とガルドは自信を持って言うことができる。
「おう、わりぃな。ちぃっとばかし、ぼーっとしていたぜ。まだまだやるからよ」
「ほっほっほ、お願いするよ」
「このところ肩こりがひどくてねぇ」
「おう、任せておきな」
どんと胸を叩きながら、ガルドは静かに息を吐く。
以前であれば、制限時間が迫る中、こんなことをする余裕はなかった。
だが、いまはあるのだ。
いや、そもそも制限時間など本当はなかった。
制限時間を作っていたのはガルド自身だったのだ。
それが焦炎王が教えてくれたことだ。
『ガルドよ。おまえは獣になったままで眷属どもと戦ってもらう。それも戦うときだけではなく、常にその状態を保てるようにしてだ』
言われた瞬間、なにを言われたのかをすぐには理解できなかった。
「獣謳無刃」はステータスを倍加すると同時に、徐々に理性を蝕み、暴走するというデメリットを持った特別スキル。
その特別スキルを常時使用しながら連戦をしろと焦炎王は言った。
いくらなんでも無茶にもほどがあるとガルドは思った。
だが、そんなガルドを焦炎王は笑い飛ばした。
『暴走? そんなものはおまえが勝手にしているだけのことだ。それは本来暴走するようなものではない。暴走するのはおまえがそれに慣れていないというだけのこと。もっと言えば、おまえがそれに身を委ねていないがゆえのもの』
『身を委ねる?』
『うむ。身を委ねよ。衝動に抗うな。衝動を受け入れよ。さすれば、その身を獣になれど、おまえ自身は獣にはならぬ』
焦炎王の言葉はあまりにも抽象的だった。
抽象的だったが、道を示してはくれたのだ。
そうして焦炎王の眷属のドラゴンたちの連戦の日々は始まり、ついにガルドは会得したのだった。
「称号「流水を識るもの」を獲得いたしました。これによりスキル「明鏡止水」を獲得いたしました」
ある日、それを得た。
それ以降、ガルドは暴走をしなくなった。
「明鏡止水」の効果は、「戦闘中冷静さを保ち続ける」というもの。たったそれだけの効果。しかしそれだけの効果がこれ以上とない結果を生む。
(心を静めろ。時間なんてものは存在しねえ。あるのはただ自分との戦いだけだ。もう何度となくしてきたこと。もう慣れっこだ。だから俺は俺のままでいられる)
ガルドは静かに息を吐き、「歴戦の大斧」を掲げた。
そして力いっぱいに振り下ろした。
でも、まだ「おじいちゃんとおばあちゃん」は満足した様子ではなかった。
長くなるなぁ。
そうしみじみと思いつつも、ガルドは戦う。
戦うのは自分の心。
自分自身との戦い。
いつも行ってきたものを、また行い続ける。
それがガルドのやれる唯一にして、絶対の自信を持つことだった。ゆえに行うべきことをただ行う。それだけを考えてガルドは斧を振り下ろした。
流水を識るもの……どんなときであろうと、心穏やかにあるもの。その心は穏やかな流水の如く。デメリット暴走を抱えるスキルを完全に掌握することで取得する。効果はスキル「明鏡止水」を自動獲得。
明鏡止水……荒ぶる心を抑えたとき、初めて一滴は捉えられる。「流水を識るもの」を取得することで自動獲得可能。本来はボーナスポイント100点で取得可能となる。効果はデメリット暴走の完全抑止。




