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8話 それは魔神か邪神か

なんかヤバめなサブタイですが、大真面目にアホなことをするだけなのでご安心を← だってタマちゃんの方だもの←

 ヒナギクは戦慄していた。


 リリース当初からプレイしてきた中で、いや、いままで生きてきた中で、かつてこれほど戦いたことはかつてあっただろうか、と思うほどに。


(……ありえない。ありえないよ、なんなの、これは?)


 呼吸が自然と早くなっていく。


 それは焦りからなのか。


 それとも恐怖からなのか。


 いまのヒナギクには判断ができなかった。


 ただただ、人生において初めての感覚に体を打ち震わせることしかできなかった。


 相対するは一組の男女。


 揃って笑みを浮かべている。


 その笑みは当初穏やかなものにしか映らなかった。


 だが、いまやその笑みこそが恐ろしかった。


 そこにいるのは得体の知れないナニカ。


 決して事前に説明されていたような存在ではない。


 弧を描いた口元に浮かぶのは、いまや哄笑にしか見えない。


「おや? どうしたんだい、ヒナギクちゃんや?」


 相対するひとりである女性が声を掛けてきた。


 口元が開き、やけに白い歯とその歯を支えるピンク色の歯茎が印象的だった。


「若いんだから、頑張っておくれ? その程度じゃあ、満足できないんだよねぇ」


 喉の奥を鳴らすようにして笑う女性。その声は嗄れていた。嗄れているのに、その声からは充実したような響きがある。覇気とも言えるような力強さを感じられた。


 その女性の見目は一言で言えば衰えていた。


 服から覗く素肌は深い皺が刻まれていた。


 皺というよりも溝というべきほどに深いものだ。


 その深く刻み込まれた皺だらけの肌を覆うのは、派手ではなく、とても地味なもの。茶色の着物とその上に黒い半纏を身につけている。それは男性も同じであり、女性同様に穏やかな笑みを浮かべているものの、すでに当初あった印象は掻き消えていた。


 いま目の前にいるのは見た目通りの存在ではない、と。


 いま目の前にいるのは決してか弱い存在ではない、と。


 目の前にいるのは絶対強者と言うべきナニカである、と。


 ヒナギクは認識を改めた。


 相対するふたりに対して、生半可なことでは通じはしない。


 本気で、それこそ一撃で仕留めるつもりではないと危険であると。


 そう心の底から再認識した。


 拳を強く握る。


 端から見れば、虐待と言われかねないことだ。


 しかし相手は虐待されるような、か弱い存在ではない。


 羊の皮を被った狼という比喩があるが、目の前にいる存在はまさにその通りの存在。


 いや、狼さえも通り越している。


 目の前にいるのは羊の皮を被った竜、いや、魔王とも言うべき存在である。


 魔王に対して全力を賭さねば通用しないのは当たり前のこと。

 

 そう、これは当たり前のことなのだ、と自分に言い聞かせてヒナギクは「鬼鋼拳(炎熱)」のスキルを発動させる。


 当初であれば、過剰というか、必要はないと思っていた。


 そんなものを使ったら殺してしまいそうだとも思っていた。


 だが、認識はすでに改めている。


 手加減など不要である。


 手加減などしていたら次の瞬間には、仕留められるのは自分かもしれない。


 それだけの相手が目の前にいる。


 根源的な恐怖とも言えるような存在だとそう認識したのだ。


「行きます」


「ふふふ、おいで」


 ちょいちょいと手で招かれる。


 女性は笑う。


 その笑みにヒナギクは恐怖を感じつつも、ありったけの勇気を持って鋼のごとき硬度となった自身の拳を振るった。


 ドォンという地鳴りに似た音が響く。


 大気がぴりぴりと震える。


 それはまるで落雷のよう。


 ヒナギクの放てる最大の一撃。


 その一撃を躊躇なく放った。


 そう、放ったのだが──。


「ほっほっほ、いい感じだねぇ。だが、まぁだまだ足りないねぇ~。もっとおくれ、ほら早く」


 ──女性には大して通じなかった。


 にやにやと女性は笑みを浮かべていた。


 心が折れそうなほどの衝撃だった。


 いまのは正真正銘の全力である。


 ありたがくないどころか、もはや悪意の固まりとも言えるような称号から得たスキルを使ってもなお、目の前の女性を満足させられない。


 そんな事実のまえに、ヒナギクの心は折れ掛かった。


 同時に思う。


(……今頃タマちゃんも大変な目に遭っているかも)


 ややっこしいが楽しそうだとは思っていた。


 だが、これは決して楽しいとは言えない。


 認識を再度改めよう。


 目の前にいる存在を人と思うべきではないのだ、と。


 魔王という認識さえも生ぬるかったのだ、と。


 ここにいるのは魔王さえも超越した存在。魔神や邪神とでも言うべき、ただの人間では意識することさえ敵わない存在である、と。


 そんな存在相手にただの人間であるヒナギクが敵うわけがなかった。


 だが、それでもやらねばならないのだ。


 それがいまヒナギクに課されたもの。


(私は勇者じゃない。でも、いまは勇者になったつもりで戦わなきゃいけないんだ)


 勇者になどなるつもりはない。


 そんなものに憧れたことはないし、これからも憧れるつもりもない。


 だが、いまだけは勇者にならねばならない。


 勇者として目の前にいる圧倒的な強者を狩らねばならぬのだ。


「……もう一度行きますね」


「ああ、いいよ。どんどん来なさい。じゃないと「お年玉」は渡せないねぇ」


「その次はわしじゃよ、ヒナギクちゃんや。さぁ、ヒナギクちゃん、頑張ってわしらを満足させておくれよ?」


「はい、おじいちゃん、おばあちゃん」


 圧倒的な強者──「おじいちゃんとおばあちゃん」に向かってヒナギクは力強く頷き、「おばあちゃん」の肩に向けて再び「鬼鋼拳(炎熱)」を再度使用した。そう、ヒナギクは現在「お正月トライアスロン」の第一レースである「お年玉獲得レース」にて、「おじいちゃんとおばあちゃん」に対して肩たたきを行っていた。


 だが、それは決して肩たたきなどというものではなかった。


 それは誰がどう見ても異様なものだ。


 しかしどんなに異様であろうとも、これがいまヒナギクの成さねばならぬことだった。


「せいやぁぁぁぁ!」


 ヒナギクは裂帛の気合いを籠めて、「おばあちゃん」の肩に拳を突き出していく。それでもなお「おばあちゃん」は満足してはくれない。


(長期戦になるね、これは)


 ヒナギクは額から汗を流しながら、「ここの運営は本当に」と思った。そう思いながらも、ある意味ダメージレースとなった「お年玉獲得レース」に集中していくのだった。

サブタイを「可鍛多滝」にしようかどうかで迷ったのは内緒です←

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