14話 特訓開始
ちょっと短めです。
「まぁ、なんだ。いろいろと脱線したけど、始めようか?」
「……そうですね」
咳払いをするレンと悟りを開いたのかとと思うほどに静かなタマモ。実際は怒りが一週回って冷静になっただけである。
加えてどんなに怒り狂ったところで、運営から言われるのは「嫌ならやめていいですよ」というところだろう。
タマモの中では運営はド腐れ鬼畜野郎共の集いにクラスチェンジしたので、ほぼ間違いなくそう言われるに決まっている。
たしかにやめることは一瞬ですむ。しかし抗い続けられるのはいまだけなのだ。ならば歩き続けるしかない。
「タマちゃん、大丈夫?」
「大丈夫ですよ。ボクはボクを信じるのです。ビリーブインユアハートです」
「……そっか」
言いたいことはわかるし、元ネタもわかるが、それはなにか違うと言いたくなったレンだったが、理由はどうあれタマモがやる気になったことはいいことである。
……やる気の「やる」がどういう意味なのかはあまり考えないことにした。考えたところで答えなどわかりきっているのだ。ならば深く考える必要はない。
「まぁ、とにかく。ログイン限界も迫っていることだし、早速始めようか」
すでにログインしてから三時間を超えて、残り一時間を切っていた。
なんだかんだで時間のロスが多かったのだ。ちなみに一番ロスが多かったのは、レンが立ち直るまでの時間であった。
がそこはタマモとて立ち直るに時間をかけたため、タマモはなにも言わない。
レンもなにも言わない。自身の立ち直るまでの方が時間をかけたというのがわかっているからだ。
ゆえにタマモもレンも双方ともになにも言わない。唯一の例外はヒナギクであるが、ふたりがそれぞれに立ち直るまで「調理」をしていたので、時間経過に関しては大して気にしていない。
そのヒナギクは現在クーを抱っこしながら、余った木材に背中を預けてうたた寝している。寝ながらプレイしているゲームの中でうたた寝とはこれいかにである。
そしてヒナギクにだっこされているクーもまたうたた寝している。
どこにあるのかは定かではないが、いわるゆ鼻ちょうちんを萎ませては膨らませるを繰り返して心地良さそうに眠るクー。
……眠るのはたしかに心地いいものだが、はたして本当にそれだけだろうかと若干訝しむタマモとレンである。
「……まぁ、とにかく始めよう」
「……そうですね、始めましょう」
現在愛は抱けないが、怒りと悲しみを込めて特訓をするだけである。誰に対してなのかは言うまでもないが。
「それじゃ少し離れるね」
「あ、はい」
特訓を始めると言いながら、レンは少しだけタマモと距離を空けた。
正面に立っているのはいままでと同じだが、タマモの腕では届かないが、レンの腕でもわずかにタマモには届かない距離。
いままではタマモの腕でも届く距離だったのを数歩分離したというところだ。
「レンさん、いったいなにを──」
「──っふ!」
「するんですか」と言おうとしたタマモだったが、それよりも早くレンがいきなり踏み込んでの右ストレートを放ってきた。とっさにタマモはまぶたをぎゅっと閉じて、衝撃に耐えようした。
「──はい、タッチ」
が、襲ってきたのは衝撃とは言えないものだった。
むしろとても軽い。実際レンは「タッチ」と言っている。
まぶたを開くとなぜか頭にレンの手が乗っかっている。まさにタッチだった。
「……えっと?」
「はい、タマちゃんの負けね」
「はい?」
言われた意味がわからないし、なにがしたいのかもさっぱりだった。
ただ負けたということだけはわかった。しかしわかったのはそれだけで、意図がわからないのは変わらない。
「これが特訓だよ。タマちゃんにはこれからこの距離で俺からタッチされないように避けてね」
「避けるのが特訓です?」
「うん。まぁ避ける以前にまぶたを閉じないようにするところから始めようか」
レンが笑うが、タマモはぐうの音も出なかった。
実在殴られるかと思ってまぶたを閉じてしまったのだ。なにも言い返せるわけがない。
「寸止めするから、目を開いていようね」
「が、頑張ります!」
レンが苦笑いしている。タマモはできるだけ頑張ろうと思いながら、レンとの特訓を受けるのだった。




