7話 参加表明
「別件にて、お知らせさせていただいたお正月トライアスロンの詳細につきまして」
「新年イベントのお知らせ」を読んだ後に届いた別件の表題にはそう書かれていた。
メールを開き、その内容を読み進めていく。抜粋すると、内容は以下の通りとなった。
「表題の通り、新年イベント「お正月トライアスロン」についての詳細を記させていただきます。
先ほどのメールの文末でも、表記させていただきましたが、「お正月トライアスロン」は「お年玉獲得レース」、「年賀状配布レース」、そして「スプリントレース」の3つのレースで競技していただくことになります。
まず「お年玉獲得レース」ですが、これは全プレイヤーで共通の「おじいちゃんとおばあちゃん(イベントNPC)」からどれだけ「お年玉入りのポチ袋」を制限時間内で集められるかを競っていただくことになります。レース開始と同時に出場者の皆様にはそれぞれ専用の「おじいちゃんとおばあちゃんの家」に移動していただき、「おじいちゃんとおばあちゃん」とふれ合っていただくことになります。そのふれ合いの内容によって、「おじいちゃんとおばあちゃん」の「孫LOVE度」が増減致します。その「孫LOVE度」によって獲得できる「ポチ袋」の内容が変わっていきます。制限時間内にどれだけ「孫LOVE度」を稼げるかの勝負ということになります」
「……つまり、「おじいちゃんとおばあちゃん」に孝行をしてお年玉をむしり取れと」
「……言い方を変えると、すごくエゲつないね、これ」
「だなぁ」
タマモの言い換えはエゲつないものではあるが、間違ってはいなかったし、おそらくは誰もが幼少期に一度は経験したことがある内容であろう。
いま思えば、支給される年金と退職金プラス預金で暮らす祖父母から一円でも多くのお年玉を回収しようとするのは、なんとも業の深いものである。子供の頃はそういうことには無頓着だったし、回収したお年玉の使い道もわりと散々なものになりがちだが、いざ社会人として働くと、祖父母から回収したお年玉の重さがどれほどのものであったのかを痛感させられることになる。両親からのお小言の中でも「お年玉は大切に使いなさい」ほど実感させられる言葉はそうそうないだろう。
その実感させられる内容を再体験させられる。年齢が上がれば上がるほど、このレース内容で精神的ダメージを負うことは必至だろう。
「……うーん、これはパスですね。ボク、おじいちゃんとおばあちゃんって知らないので、どう接すればいいのかわからないので」
「俺もかなぁ。うちはおばあちゃんはもういないし、じいちゃんはいるけれど、もう意思疎通とかできないしなぁ」
タマモとレンはこのレースはパスすると早々に宣言する。今回の「お正月トライアスロン」はチーム競技となる。つまり3人1組で、3つのレースに参加するのだから、3人がひとつそれぞれのレースに出ればいいということになる。ゆえに「お年玉獲得レース」に参加せずとも、ほかのふたつのレースのどちらかに出ればいいのだ。そしてタマモとレンがパスしたということは自ずと「お年玉獲得レース」に参加するのが誰なのかは決まってしまった。
「……はいはい、じゃあ私がこれに出るよ。幸いなことに、うちは父方も母方もおじいちゃんとおばあちゃんは健在だからね。さすがにお年玉をせびりはしないけど、今年の予行練習代わりに出ることにするよ」
ヒナギクはため息交じりに手を挙げた。そんなヒナギクにふたりは申し訳なさそうな顔をした。押しつけたという感じがどうしても否めないが、実際押しつけているので否定はできなかった。
「とりあえず、「お年玉」はヒナギクさんにお任せするとして、ほかのふたつはどうしますかね」
「「年賀状」と「スプリント」かぁ。普通に考えれば、「スプリント」は俺かなぁ。この中で一番AGIが高いのが俺だし」
「となると、「年賀状」はタマちゃんだね」
「……消去法で考えるとそうなりますかねぇ。でも、内容を確かめてから決めましょう」
「そうだね」
「たしかにね」
残るふたつのレースのうち、「スプリント」はどう考えてもレン向きのものだろう。「スプリント」、つまり短距離走はAGIがものを言う。「フィオーレ」内で一番AGIの数値が高いのはレンであるため、自ずと「スプリント」担当者はレンとなるだろう。そうなると、残りのひとつである「年賀状配布レース」は消去法でタマモになる。が、内容がまだわかっていないので断定するのは早すぎる。3人はメールの続きに目を通していく。
「次に「年賀状配布レース」となりますが、このレースの出場者の皆様も開始と同時に専用フィールドである「郵便局」に移動して貰い、「郵便配達者(イベントNPC)」の仕事開始時間までにどれだけの「年賀状」を仕分けることができるかを競っていただくことになります」
「年賀状配布レース」の内容は、思っていたものとは若干異なっていた。配布とあったので制限時間内にどれだけ年賀状を配れるかだと思っていたが、まさか配る前段階の作業だとは3人とも思っていなかったので、若干唖然としてしまった。
「……はぁ、つまり配布するためのレースということですね?」
「となると、やっぱり適任はタマちゃんだね。普通の人は腕が2つだけど、タマちゃんの場合は腕が5本あるようなものだもんね」
「むしろ、このときのために尻尾が3つあるようなものだよね」
「……それ、褒めています? でも、否定できないですねぇ」
ヒナギクとレンの言葉になんとも微妙な顔を浮かべるタマモ。しかし、ふたりの言い分は決して間違いではない。制限時間内で年賀状をどれだけ仕分けられるかを競うのであれば、それぞれ器用に動かせる3つの尻尾があるタマモは、事実上腕が5つあるようなもので、単純計算で他のプレイヤーよりも2・5倍の物量を仕分けられることになる。
とはいえ、仕分けるために確認する頭は他人同様にひとつだけであるため、実際に2・5倍の速度で仕分けられるわけではないだろう。だが、他のプレイヤーよりも仕分けるための腕が多いことはたしかなため、「フィオーレ」内での適任がタマモであることは間違いないだろう。
「じゃあ、やっぱり「スプリントレース」は俺か。まぁ、わかっていたけど」
「とりあえず、内容を確認しようよ」
「そうですね。いまのところ、くせ者揃いな内容ですから、これもくせ者だと思うのです」
「……否定できないなぁ」
「お年玉」も「年賀状」も一癖二癖あるものである。となれば、ラストの「スプリントレース」もただの短距離走と考えるのは危険である。確実になにかしらの厄介な要素が含まれているはずだ。その要素を確認するべく、タマモたちは「スプリントレース」の概要に目を通し思ったのは、「あぁ、ここの運営らしい」ということだった。
なぜならこの「スプリントレース」は「お正月トライアスロン」の集大成とも言うべきものであったのだ。
「最後に「スプリントレース」ですが、これは単純明快に特定の距離を一斉に走っていただき、その着順で順位が決まる──ということではありません。「お年玉獲得レース」と「年賀状配布レース」でそれぞれ獲得ないし配布したイベントアイテムの総数によって、制限時間が定められます。その制限時間内でかつ制限時間の残り時間によって勝敗が決します。具体例として、「お年玉」と「年賀状」の総数が100と致しますと、「スプリントレース」の制限時間は100秒となります。その100秒以内にゴールに達していただき、その残り時間が50秒ですと、最終獲得ポイントは50ポイントとなります。無論、制限時間内にゴールできない場合は、それまでの獲得ポイントがどれほど高かろうと失格となりますので、ご注意ください」
「……これって、絶対ただの短距離じゃないですよねぇ」
「うん、なにかしらのトラップとか絶対ありそう。ゴール前で振り出しに戻されるとかの」
「絶対そういう意地悪そうなの仕掛けているよな、ここの運営は」
3人が3人とも絶対と言い切るほどに運営への信頼は高かった。……果たしてそれを信頼と言えるかどうかはさておくが。
「でも、まぁ、面白そうではありますよね」
「うん。癖だらけだけど、面白そう」
「難易度は高いほどやりがいはあるもんな」
一癖二癖どころか、百癖くらいありそうではあるが、たしかに面白そうではあるのだ。であれば、不参加というのはありえないだろう。
「じゃ、参加ということでいいですか?」
「異議なし」
「同じく」
「じゃあ、「フィオーレ」は参加ということで」
別件のメールの最後にはイベントに参加するか否かの選択肢があった。3人はそれぞれに「参加」を選び、チーム名はクランの「フィオーレ」、メンバーもまた「フィオーレ」の3人とした。
その直後、ふたたびメールが届いた。それには正午から競技開始と具体的な注意事項が明記されていた。そのメールも目を通し終えてから3人はそれぞれの顔を見合わせて「頑張ろう」と口にし合うのだった。




