5話 和やかな食事?
「──姉様、姉様、あれ」
「はいはい、昆布巻きね」
「あーん」
「はいはい」
新年最初の食事が始まって数分。
食事の場は現在なんとも和やかなムードであった。
その理由は、エリセにべったりとしているシオンにある。
シオンはエリセの膝の上に動くことなく食事をしていた。その食事はエリセに食べたいものを要求して食べさせて貰うというものである。
姉弟というよりかは親子のような光景にも見える。エリセは見た目で言えば24、5歳くらい。対するシオンはせいぜい7、8歳くらいだ。親子というにはいくらか年齢が近い。かといって姉弟というには歳が離れすぎてはいる。
それでもふたりの関係は姉弟である。エリセが言うには異母姉弟ということだが、それにしてはふたりの見目はよく似ているようにも見える。異母姉弟ではなく、両親が同じ姉弟ではないのかなと思わなくもないが、エリセが異母姉弟と言っている以上は、それが正しいのだろうとタマモは思っていた。
そんな似すぎている姉弟であるふたりのやりとりは、非常に和めるものである。いまもシオンはエリセに昆布巻きを要求し、それを美味しそうに食べている。7、8歳くらいの見た目の子ではあるのだが、その食事方法を見ていると外見年齢よりもだいぶ幼く見えてしまう。まぁ、実際は単純に大好きな姉であるエリセに甘えているだけなのだろうけれども。
「シオンくんは本当にエリセさんにべったりですねぇ」
タマモは取り皿に置いた伊達巻きを一口サイズに切り分けながら、シオンに声を掛けるとシオンは昆布巻きを頬張りながらなぜか自慢げに、いわゆるドヤ顔を浮かべた。
「義兄様、羨ましいんどすか? やけど、あきまへん。姉様に食べさせてもらえるのんは僕だけどす」
ふふん、と鼻を鳴らして笑うシオン。なんともかわいらしい自慢である。どうやらシオンはタマモに対してマウントを取りたいようである。エリセに食べさせてもらえて羨ましいとは思わないのだが、それを言うと面倒なことになりそうなのであえてなにも言わないことにした。具体的にはエリセとは逆側に座るアから始まって、リで終わる名前の人物が非常に面倒くさいことをしそうな気がするのだ。
「ボクって女難の相でもあるんですかね? ボク自身女性なんですけど」と時折思わなくもない。ただ、それを言っても面倒ごとに巻き込まれる気がしてならないので、やはりなにも言わない方が良さそうである。
新年早々面倒ごとに巻き込まれるなんてごめんである。新年くらいは心穏やかに過ごしたいものである。そうタマモは思っていたのだが──。
「旦那様」
「ほえ? なんですか、エリセさ──」
「はい、どうぞ」
──どうも現実というものは、タマモにはかくも厳しいようである。
なにを思ったのか、エリセはみずからの箸でタマモがみずから切り分けた伊達巻きをひとつ掴むと、タマモに差しだしたのである。ちゃんと左手は皿のようにしている。
思いもしなかった光景にタマモは固まり、シオンはショックを受けているのか、まるでこの世の終わりのように顔を真っ白にした。そんなふたりを置いてけぼりにしてエリセは「はい、あーん」と口を開けるように催促してくる。
エリセは頬をほんのりと紅く染めていた。「美人さんの頬染めなんて、ごちそう以外の何物でもありません!」と心の底からの叫びを上げそうになるタマモ。実際にそのままのことを口走りそうになり、口を開けてしまう。そこにエリセはすかさず伊達巻きを放り込んできた。
伊達巻き自体はこれが初めて食べたわけではないのだが、非常に甘く感じられた。エリセの使う箸で食べたからなのかもしれないとタマモは思った。エリセはシオンにも同じように食べさせていたが、そのとき使うのはシオン用に用意した箸であり、みずからの箸では食べさせてはいなかったのだが、タマモには躊躇いなくみずからの箸を用いていた。
同じように食べさせて貰ったが、その唯一の差がこれでもかとシオンの精神を打ちのめしているのか、エリセの膝の上に座っていたシオンはすでに涙目である。タマモに対してマウントを取ろうとしていたのが、がっつりとカウンターを喰らってしまったのだから致し方ないことである。
「美味しいどすか?」
エリセは頬を染めながら笑う。笑いつつも、その目は少しだけ期待しているようにも見える。もしこれが戦闘であれば、タマモの頭上に「クリティカルヒット」ないし「2コンボ」という表示がされていたことであろう。その証拠にタマモの体がぶるぶると震え始める。それだけ強い衝動にタマモは駆られているのだ。
それこそ某大泥棒のごとく、「エリセさーん」と空中脱衣からの突撃を仕掛けたいと思うほどの衝動にタマモは駆られた。そう、駆られたのだが──。
「……旦那様?」
──がしり、と肩を握りしめられたことで、理性が衝動に勝った。いや、理性ではない。恐怖がタマモから衝動を消し去ったのだ。さきほどとは異なる意味で震える始めるタマモ。タマモは恐る恐ると背後に振り返ると、瞳孔の割けた緑色のお目目とこんにちはだった。
「……浮気はダメですよ?」
瞳孔は割けているが、アンリは笑っていた。
そう、笑っているのだ。
笑っているのだが、その笑顔はエリセが浮かべているような笑みではない。
もともと笑顔というものは、攻撃的なものである。その攻撃的な笑みを現在アンリは浮かべていた。いや、攻撃的という言葉を通り越して殺意マシマシの笑みを浮かべている。その笑みにサァーと血の気が引く音をタマモは耳にした。
「もう、アンリちゃん。邪魔したらあかんえ。せっかく旦那様とイチャイチャしとったのに。正妻ちゅうのなら、そないな妬きもちばっかりはあかんえ。もっとおおらかちゃうと」
「じ、じゃあエリセ様だったらいまのは」
「別に気にしいひんよ? 旦那様ほどの方なら惹かれる女多いのんは当然やし。最終的にうちを見てくれはるんやったらそれでええの」
エリセからのもう少しおおらかになれという言葉に対して、アンリはエリセならできるのかと問いかけ、その結果器の差というべきものを見せつけられてしまうアンリ。まさにぐうの音も出ないとはこのことだろう。そんなアンリに対してエリセは追撃を仕掛けた。
「それに正妻やらあまり興味あらへんなぁ。旦那様にとっての一番の女言うんやったら話は別やけど、ただ正妻ちゅう立場だけやったらどうでもええで。そんなん欲しかったらアンリちゃんになんぼでもあげる。代わりに旦那様にとっての一番の女の座はちょうだいね?」
唇を薄く舐めて半目を開けながら、エリセは笑った。その笑みはえらく艶やかであった。思わず、ごくりと喉を鳴らしてしまうタマモ。そしてシオン同様に涙目になるアンリ。
「……これも修羅場って言うのかなぁ?」
「さぁ?」
「あ、レン。栗きんとん取って?」
「うん。代わりにそっちのローストビーフっぽいの取ってくんない?」
「またお肉?」
「いいだろう、別に」
「はいはい」
「はいは一回でいいっつーの」
対面のやりとりをレンとヒナギクは我関さずと見やっていた。見やりつつも、こちらはこちらで熟年夫婦っぽいやりとりを行っていた。タマモたちが新婚夫婦であるのに、こちらは熟年夫婦であった。年齢的にはレンたちの方が若年であるのにも関わらずである。
そんな甘ったるいような和やかなような雰囲気をかもち出しつつ、食事は進んでいったのだが、そんな最中に不意にそれは訪れた。
「ん? メールです?」
そう、それは一件のメール。運営からのお知らせであった。タマモは首を傾げながらも、そのメールを開くのだった。




