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4話 新年はじめのご飯

「──なるほど」


「だから、そんなにたんこぶが」


「……なのですよ」


 お茶を啜る穏やかな時間の最中、タマモはいたたまれない気持ちでいっぱいだった。


 その理由は上述のレンたちの会話にある通り、タマモの頭にできた大きなたんこぶが理由である。まるで昔のアニメないしは漫画での表現のごとく、タマモの頭の上には大きなたんこぶができあがっていた。


 昔ながらのお約束のうち、コメディ的なダメージ表現ではあるが、それをまさかVR世界で目にすることになるとは想像さえもしていなかっただけに、レンとヒナギクも物珍しそうにタマモの頭の上を見つめていた。


 しかし当のタマモにとってはのっぴきならない事態であった。というのも──。


「むぅぅぅ~」


 ──現在タマモの斜め後方からとてつもない熱い視線が注がれているからである。


 その視線の注ぎ主の名前はアンリ。タマモの世話役の片割れであり、自称正妻である。その自称正妻であるアンリは頬をこれでもかと膨らましながらタマモを睨んでいる。睨んでいるのだが、頬をこれでもかと膨らましているためか、迫力に乏しかった。


 加えて、内心の不満を尻尾がこれでもかと表現しているのだが、それも相まって余計に迫力がないのだ。その内容とは地面を叩くというもの。普段も不満があるときはてしてしと地面を軽く叩いているのだが、今回はてしてしてしてしとふたつの尻尾でいつもよりも早く地面を叩いていた。さながらドラミング──ドラム演奏のようにリズミカルに尻尾が動いていた。


「これって「尻尾操作」のレベリングにちょうどいいのでは?」とレンとヒナギクは思うが、実際に口にすることはしない。不要な言葉は時として地雷にもなりかねない。要は触らぬ神に祟りなしである。


 レンとヒナギクのスタンスが傍観者であるためか、アンリを制止できる者が不在となり、おかげで土埃が立ち上がっているのだが、アンリはお構いなしに尻尾ドラミングという不満をしっぱなしという状況になっているのである。


 現実世界で、お茶会の最中にそんなことをしようものであれば、注意のひとつやふたつはされるものだが、ゲーム内では土埃がいくら立ち上ろうともお茶やお茶請けに付着することはない。


 それにアンリが不満を向けるのは彼女の旦那様ことタマモに対してのみ。傍観者であるレンとヒナギクには危害が及ぶわけではない。あくまでも余計な言動を慎めばだが、その程度の慎みなどふたりは当たり前のように持ち合わせているので、ふたりに危害が及ぶことはいまのところない。


 あるとすれば、せいぜい土埃が立ち上る中でのお茶会というなんともシュールな状況の最中にいなければならないということだが、上述のようにお茶にもお茶請けにも舞い上がる土埃が付着することはないため、目の前の光景を我慢さえすればいいだけというなんとも簡単なミッションである。


「……ボクはどうすればよかったんですかね?」


「さぁ?」


「タマちゃんは手を出しすぎなんじゃない? あっちこっちに手を出すから困るんだと思うよ」


 ヒナギクはなしのつぶて。レンは正論をぶちまけるという優しさの欠片もない返答だった。余談だが、数年後にレンは自身のこの発言を全身全霊で後悔するような状況に追い込まれるわけだが、それはまた別の話となる。


「……別にあっちこっちに手を出しているわけじゃないですよ? そもそも手なんて出しては」


「じゃあ、この状況はどう説明するの?」


 ヒナギクの絶妙なカウンターが炸裂する。タマモは座っていた丸太のテーブルに顔を突っ伏した。


 なお、いまさらではあるが、現在4人はコテージ外の、畑のすぐ近くに設置している丸太のテーブルでお茶会中である。


 もともとは本拠地作製中の資材置き場と兼用していたスペースだったが、農作業中の休憩にちょうどよかったため、現在では農作業の休憩兼天気のいい日のお茶会スペースとして活用していた。もともとは丸太を重ねただけだったが、現在は天板部分を平らに均したうえに、ニス塗りを施したため、手作り感のあるテーブルに早変わりしている。


 その農作業にしてもなんだかんだで今日の仕事は終了している。実際の農作業ではこうもいかないだろうが、やはりゲーム内ということもあり、ある程度はなぁなぁで済まされてしまう。例えば、種植えは植えたい種などをインベントリから選べば、あとは畑のどのスペースに植えるかを選択するだけである。


 収穫にしても当初はひとつひとつ手作業で行っていたが、農業ギルドのランクが上がったことで、収穫できるものは一括で種類に関係なく収穫できるようになっている。


 現在のタマモの畑は不動のキャベベ、ジャンクなポテテ、そして先日入手したオニウマメロンの種を田植えできるようにするための、レベリングにちょうどいいと掲示板でおすすめされていたもののひとつであるアゲアゲスイカが現在畑に植えられている。わりかしカオスな畑の状況ではあるし、「スイカは夏の野菜じゃね?」と誰もが思うが、実際にすくすくと生育しているのでどうしようもない。


 アゲアゲスイカの種はほんの数日前に農業ギルド内のショップ内で販売されていたのを買ったものだが、「冬にスイカ?」とタマモ自身も首を傾げ、ショップのお姉さんに聞いてみたものの、「それがなにか?」と逆に首を傾げられる始末だった。試しにリィンやアンリにも尋ねてみたが、かえって不思議がられてしまった。それどころか、「なにを不思議がっているんだろう?」とタマモの常識を訝しまれてしまうことになったのはタマモにとって記憶に新しいことである。


 ちなみにだが、タマモの農作業スペースはもうひとつあり、そちらは畑ではなく、氷結王が住まう霊山からの小川の水を引いて作った水田となっている。水田のスペースは以前組み手用に使用していたスペースを水田として再利用しているのだが、こちらはまだ田植えはしていない。


「水耕」のスキル自体は入手しているし、水田で育てる苗はテンゼンから本ホーラの苗を譲って貰っているものの、水田ではちょっとした問題が発生しているため、現在まだ育てられていないのだ。その問題自体はいまのところ手の出しようがないので放置している。弊害は時折「ぼえぼえ」うるさいくらい──。


「ぼえ~。ぼえぼえ~。ぼーえぼえ~(まったく、これだからタマモちゃんはダメなのよねぇ~。さっさとアンリちゃんを組み伏しちゃえばエリセさんとの上下関係もきっちりと構築できたのに。プラトニック・ラブを気取るのはいいけれど、どうせいつかはずっこんばっこんするのだから、さっさとしちゃえばよかったのよ、具体的には両方をいっぺんに~)」


 ──そう、こんな具合にだ。


「──黙れ、肉塊」


「ぼえ!(あふぅん!)」


 ズバンという小気味いい音とともにタマモのフライパンが水田の問題を一蹴した。水田の問題はその巨体をビクンビクンと痙攣させながら、なんとも言えない表情で地面に横たわった。それはとても満ち足りたものであった。


「……肉塊さん、なんて言っていたの?」


 ずずっとお茶を啜るヒナギク。尋ねながらヒナギクの目は穢らわしいものを見るかのようにとても冷たい。無言でお茶を啜るレンも同じ目をしているのが、水田の問題こと肉塊、すなわち霊山で氷結王の眷属であるスライムたちを悩ませていた沼クジラの宿業の深さを表していた。


 そう、水田の問題とは沼クジラが水田に住み着いてしまったということである。なお、この沼クジラは件の沼クジラと同一個体であるが、その言葉がわかるのはいまのところ、「フィオーレ」内ではタマモとエリセだけである。


 タマモがわかるのは「物々交換者(水)」の称号のおかげであるが、エリセがわかるのは彼女が「水の妖狐の一族」ゆえに、水系統の魔物の言葉を理解することができるのだが、この沼クジラの言葉を理解することができることにエリセはため息を吐きながら、「嫌やわぁ」と一言だけ漏らした。


 しかし言葉はわからずとも雰囲気でだいたいの発言内容がわかってしまうこともあり、「フィオーレ」内では沼クジラという名称ではなく、タマモが命名した「肉塊」で通っている。


 その肉塊が今回はなにを言ったのかを、ヒナギクは念のためなのか聞いてきたのだが、タマモとしては答えたくもないほどに穢らわしいものであった。


「……聞かない方がいいと思いますよ、耳が腐りますので」


「あぁ、なるほど」


「まったく困った肉塊だね」


 しみじみとうなずき合う「フィオーレ」の面々。その内容を耳にしてさきほどとは違う意味で痙攣を始める沼クジラ。その表情はとても満ち足りた恍惚としたものであった。一言で言えば、ヘヴン状態である。


 そんな肉塊にドン引きする「フィオーレ」の面々であった。


「おまちどうさまどすぅ」


 なんとも言えない空気が漂う中、のんびりした声が聞こえてくる。


 本拠地のコテージのドアが開き、煮染め、黒豆、栗きんとんなどのおせち料理の詰まったお重を持ったエリセと、エリセにくっつきながら興味深そうに「フィオーレ」の面々を見回すシオンが現れた。


「簡単なものしか用意できしまへんどしたけど、皆はんどうぞ」


 にこにこと笑いつつ、お重をテーブルに運ぶエリセと、そのエリセにぴったりとくっついて離れようとしないシオン。よく見れば、シオンの尻尾はしっかりとエリセの腕に巻き付いていた。そのことに苦笑いしつつも、エリセは特に気にも留めていなかった。要はこれがエリセとシオンの普段通りのあり方ということなのだろう。


 そんな微笑ましい光景にタマモだけではなく、レンとヒナギク、そして不満げだったアンリの表情もほっこりとしていた。が、タマモの表情に変化にシオンは「むぅ~」と唸りながら一睨みした。


「義兄様でも、姉様をけったいな目で見るのんは許さへんどす」


 敵意の籠もった視線を投げかけるシオン。そんなシオンにエリセが「こら、シオン」と叱るもシオンは頬を膨らますだけである。なお、シオンのタマモの呼び名「義兄様」で落ち着いたようだ。「ボク、一応女なんですけどねぇ」とタマモが漏らしはしたが、当のシオンは「どっちで呼んでもええって言った」の一点張りで、決して譲りはしなかった。


「大好きなお姉さんが奪られちゃうのってやっぱり我慢ならないんだろうねぇ」


「それも見た目があんまり変わらないタマちゃんであれば、余計に腹正しいのかもねぇ」


 レンとヒナギクは他人事のように言う。実際ふたりには他人事であるため、対岸の火事よろしく徹底的に傍観者でいるスタンスのようである。要は他人の不幸は蜜の味ということ。


 そんな薄情なふたりにタマモは恨みがましい視線を向けるも、ふたりはどこ吹く風というように意に介することはなかった。


「ま、まぁまぁ、とりあえずいただきましょう。ほら、エリセさんもシオンくんも座ってください」


 タマモは咳払いをしてから、ふたりも着席するように促した。なお、席順はタマモを挟む形でエリセとアンリが腰掛け、その対面にレンとヒナギクが座るという形である。6人までは掛けられるスペースはあるため、シオンが座るスペースも十分にあるのだが、シオンはレンとヒナギク側ではなく、エリセの膝の上に腰掛けた。


 どうやらエリセの膝の上がシオンの定位置のようである。徹底していると言えるほどに、シオンはエリセにべったりであった。そのシオンは隣にいるタマモに向かってなぜか胸を張った。まるで「羨ましいだろう」と言っているかのような仕草にタマモは苦笑いし、エリセは何度目かのため息を吐いた。


「それではいただきます」


 エリセがため息を吐いた後、タマモは手を合わせて食前の挨拶を口にする。その声に続いて他の面々も同じように食前の挨拶を口にし、新年はじめの食事が始まるのだった。

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