2話 先手必勝
「ふぁ~、疲れたのですよぉ~」
新年の挨拶からのメイドさん全員との朝食会も終わり、まりもは自室のベッドに飛び込んでいた。
玉森家では、毎年元旦から三が日までの朝食は、メイドさんたち全員と食事することになっていた。普段メイドさんたちと食事をともにすることはない。だが、正月三が日だけは普段の奉仕の礼兼無礼講ということもあり、朝食は一緒に取ることになっていた。
ただしいくら無礼講とはいえ、飲酒はひとり一献までである。それはメイドさんたちだけではなく、玉森家当主一家も同じだ。無礼講とはいえ深酒が問題であることは、社会人としては当たり前なこと。当主や妻はまだしもメイドさんたちはまだ仕事中であるため、本来飲酒など御法度である。それが一献だけとはいえ、飲酒できるのだから文句など出ようはずもない。
ただし、甘酒はいくらでも飲んでもいいことになっているので、一献では足りない場合は甘酒をがば飲みする者はそれなりにいる。その甘酒をまりももまたしこたま飲んでいた。昔から甘酒が好きなこともあるのだが、まだ未成年であるため、まりもには酒を振る舞われてはいなかった。周りは誰もが飲酒しているというのに、自分だけがという状況がまりもに甘酒をがば飲みさせる要因となっていた。
「来年からはお酒も飲めるんですねぇ」
いまいち実感はないが、高校を卒業してもうじき一年になる。暇を見つけては受験勉強もしているため、今年の入試は問題ないだろう。そもそも去年の入試だって本来は余裕だったのだ。ただ、時間の確認を怠ったというミスから、実際の試験本番でケアレスミスを大判振る舞いと言えるほどに連発した結果、不合格の憂き目に遭ってしまったのだ。
しかし今年こそは問題ない。
もう時間の確認を怠ることはしない。
本来の試験時間よりも早く会場入りをし、精神統一をした後、全力で試験に挑む心積もりである。玉森まりもに二度目の敗北はありえない。それも同じ相手にである。今回は前回の屈辱を晴らすことしかまりもの頭にはない。
「四月からはようやく大学生ですかぁ。アリアにはいろいろと教えて貰わないとですねぇ」
一年早く大学生となった莉亜にはいろいろと教えて貰わねばならない。その際に「教えてください、先輩」と言ってやろうとまりもは密かに決めていた。当の莉亜には呆れられること間違いないが、どのみち楽しみであることには変わりない。
「大学生になったら、さすがにいまみたいにゲーム漬けはできないですし、そのことはレンさんとヒナギクさんには伝えておかないとですねぇ」
そう、いまは浪人生であるから時間にはいくらでも余裕はある。だが、大学生になれば課題やサークルなどで時間を取られることは間違いない。そうなるといままでのように毎日ログインも難しくなる。特に昼の時間帯のログインは絶望的だ。
ただ夜の時間帯であれば、莉亜もログインできていることを踏まえれば、まりももログインすることは可能だろう。こういうところがVRMMOのいいところだとまりもは思う。従来のMMOではどうしても睡眠時間というどうしようもない問題にぶち当たるのが、VRMMOではその問題を回避できるのだから、技術の進歩には感謝しかなかった。
「新生活が楽しみですねぇ~」
新生活と言っても、まだ大学に合格したわけではない。が、いまの調子であれば余裕であろう。さすがに主席合格するというつもりは欠片もないが、いまのところ合格はほぼ間違いないだろう。
「いまのうちにゲーム内を満喫するのもありですねぇ」
ゲームを自由にプレイできる時間はあとわずか。であれば、いまのうちにその時間を楽しむというのは当たり前なことである。
新年早々にゲームするというのはいかがなものかと自分でも思わなくはないが、こればかりはどうしようもないし、許して貰うしかないだろうとまりもは思いながら、飛び込んだ体勢のまま、ローリングを開始していく。せっかくの振り袖がしわだらけになるということさえも、いまのまりもには関係ないことである。右に左にところころと回転を続けていく。腕の中にはいつも使っている枕が収まっているのは、もはやお約束のようなもの。
現在のまりもを見れば、誰もがだらしないと思うだろうが、もしこの場に某ネカマ剣士がいたら、「なぜ僕はあの枕ではないんだろうか」と血涙を流しながら悔しがったことであろう。もしくは「あの枕なんて○ねばいいんだ!」と逆恨みしたことであろう。……無機物相手に悔しがったり、逆恨みしたりするのは若干を通り越して、思いっきりアウトな気がしてならないが、ある意味宿業じみたものであるため、どうしようもないことである。某ネカマ剣士の家族がその発言を聞けば、涙したことは言うまでもない。
まぁ、それはさておき。
現在まりもは自室にいる。だが、まりもひとりでいるわけではないのだ。
『──まったく、あなたという子はいったいなにを考えて──』
『仕方がないですよ、母さん。この子の奇行はいまに始まったことでは──』
「むぅ、いつまで正座しなければならないのですか、そろそろ脚が──」
『黙りなさい! お嬢様に失礼なことをしようとしていたというのに、なんてことを!』
「何度も言いますが、私こそが被害者なのです! お嬢様はああ見えて加害者ですよ!? いつもいつもいつも! 私の理性をこれでもかと殴りつけてくる犯罪者なんです!」
『あなたの発言を聞いていたら、誰がどう聞いてもあなたこそが犯罪者でしょうが! なぁにぃがぁ、姫始めだ、このバカ孫娘がぁぁぁぁ!』
『か、母さん、落ち着いてぇぇぇ!』
現在、まりもの自室には玉森家メイド隊の副長である藍那がいる。その藍那の前にはまりものスマホが置かれており、そのスマホの前で藍那はひとり正座をしている。そのスマホは絶賛通話中であった。その通話先は藍那の祖母である藍香と藍那の母である藍里のいる藍那の実家にと繋がっていた。
というのもまりもが自室に引っ込んだとき、まりもはふと危機感を覚えたのだ。
「藍那さんのことですし、「姫始め」だのなんだのと言って襲いかかってくる可能性がありますね」
そう、藍那は若干アレである。その若干アレな藍那がこの機を逃すとは思えない。であれば、だ。先手を打つのは当然のことであった。その先手こそが藍那にとっての目の上のたんこぶとも言える祖母と母への連絡である。
まりものスマホには藍那の実家が登録されている。藍那へのカウンター措置として登録しているのだ。そのカウンターを発動させようと登録先である藍那の実家をプッシュしたのと同時に、藍那はまりもの部屋にと訪れたのだ。そのときにはすでに藍那の実家に繋がっており、出た相手はよりにもよって藍那の天敵である祖母の藍香であった。
『あけましておめでとうございます、まりもお嬢様。わざわざご連絡を──』
「ふふふ、お嬢様。今日こそはお嬢様を藍那のものにしてさしあげます。いわば、姫始めを──」
『……まりもお嬢様。失礼を承知でお願いしたいのですが、そのバカ孫娘と替わっていただけますか? 少し絞ってあげなければならないので。ああ。そうそう、藍里、藍里来なさい! 一緒にあのバカ孫娘を絞りますよ!』
ちなみに通話はいわゆるビデオ通話であった。まりものスマホには非常ににこやかに笑う藍香が映っていた。その藍香の姿を見て、藍那は大いに焦っていたのは言うまでもない。なにせ意気揚々とまりもの自室に来てみれば、そこには天敵である祖母と通話中のまりもがいたのである。某軍師の目を以てしても見破れぬ展開であったでことは間違いない。
その後の展開は言うまでもなく、藍那と祖母藍香による口論が始まりを告げたのだ。当のまりもはひとり平和にベッドでくつろぐことになったが、そろそろゲームにログインしたくなってきた。
「さぁて、新年はどうなりますかねぇ」
どんなゲームでも新年のイベントはあるものだ。それは「EKO」でも変わらないだろう。どんなイベントが待ち受けているのか。わくわくとしつつ、まりもは愛用のVRメットを装着するのだった。




