表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

491/1006

Ex-27 ある日の出来事~生きるということは~

結果的にお休みいただきました←汗

本当は多目に更新したかったんですけどねぇ~←汗

「もうじき死ぬ」


 言われてすぐには意味を理解することはできなかった。


 正確には、過程がわからない。


 エンシェントクロウラーであるクー。


 ただのクロウラーであれば、単純に狩られたからと言われれば納得できる。


 ただのクロウラーの実力は、この世界に来たばかりの「旅人」であっても難なく倒せるほど。仮に倒せなかったら、その「旅人」には戦闘に関する能力はからっきしと評されるほどに、ただのクロウラーははっきりと言えば弱かった。


 だが、クーはただのクロウラーではない。エンシェントクロウラーという規格外の存在である。その実力は下位ドラゴン並み。下位とはいえドラゴン並みの実力を誇るはずのクーが死ぬ。ただ狩られただけと言うには納得することはできない。


 かといって寿命と言われても、やはり首を傾げるしかない。


 エンシェントクロウラーは千年もの長い時間を掛けて、成体であるエンシェントバタフライへと完全変態を果たす。クーの年齢はわからないが、もし千年近く生きていたとしても、死ぬわけではない。羽化する時期が来たというだけのことであって死ぬと言うことには繋がらないはずだ。


 しかしクーははっきりと「死ぬ」と言った。


 その時点で羽化という可能性は、もとからなかった可能性は完全になくなった。


 あるとすれば、羽化の途中で誰かしらからの攻撃を受けたということくらいか。


 だが、それもやはり可能性としては低い。


 なぜならクーには虫系モンスターズという、タマモの作業を手伝う虫系モンスターたちの集団という配下が存在している。


 クーが羽化している間、虫系モンスターズたちは彼らの王たるクーを絶対に守り通そうとするだろうう。


 それはクーの友人であるタマモとて同じだし、その仲間のヒナギクとレンとて同じのはずだ。むろん、エリセ自身も力の及ぶ範囲で守り切ろうと思っている。戦闘は得意ではないアンリもまたクーを守ろうとするだろう。


 クーの羽化を邪魔する存在がいても守り切れるほどの布陣は完成しているようなものだ。いわば、鉄壁の守りはすでにあるのだ。


 だというのに、クーは自分が死ぬという。


 クーが死ぬ可能性として一番ありえそうなのが羽化の途中での攻撃を受けるということくらいなのに、その可能性もほぼ完全に潰えている。


 それでもなおクーは死ぬと言い切っている。


 それがどういうことなのか、エリセにはよくわからないことだった。


「クーちゃんが死ぬ言うのはどうにも頷けませんなぁ」


 エリセがやんわりと言うと、アンリも首を何度も縦に振って頷いていた。「クー様がお亡くなりになるなんてやっぱりありえないのです」と言わんばかりである。それは虫系モンスターズたちも同じようで、しきりに頷いている。


 だが、当のクーだけは首を横に振った。まるで自身の死が回避できないものであるかのように。自身の死を理解し、受け止めているようにさえ感じられる。いったいどうしてそんなことがと思ったとき、ふとエリセはある可能性に行き着いた。


「……もしかして、クーちゃんは未来視が?」


『あぁ、できるよ。その力で私は私の終わりを見ている』


「そう、でしたか」


 未来視。


 それはエリセの「心眼」の能力のひとつである過去視の反対の力で、予知能力とも言われるものだが、実際のところ予知能力と未来視は似て非なるものとして、「EKO」の世界での公式設定として扱われている。


 ふたつの力の違いは、一言で言えばパッシブかアクティブかということに尽きる。


 予知能力はそれこそ制限なく本人の力の及ぶ限りの未来を知ることができる。ただし発動は完全に自動かつランダムであり、タイミング次第では福音となるも、場合によっては致命的になることもありえるもの。


 未来視はある程度の制限があるが、やはり本人の実力次第ではその制限は大幅に広まるものの、予知能力ほどに広範囲というわけではない。予知能力が10年、20年先まで見られるとすれば、未来視はどんなに実力者であってもせいぜい1年先が限界である。ただし予知能力とは異なり、発動は本人の意思ひとつで自由に行える。


 同じ未来を知ることができるスキルではあるため、広義的には同種と扱われやすいが、パッシブとアクティブという前提条件がまるで異なるため、実際には別物である。あえて他に重なる部分を挙げるとすれば、発動中は常にMPを消費するということ、MP消費にしても予知能力の方がMP消費量が非常に大きく、未来視も消費量はそれなりにあるが、一部の高位NPCにおいては未来視を常に発動させながら長時間の戦闘を行うという離れ業も可能な程度という差異がある。


 なお、この二種は揃ってNPC限定のスキルとされており、現時点ではどのプレイヤーも取得していない。NPC限定のスキルとされているのもの、誰も取得どころか、取得可能なスキルの一覧にも表示されていないのがその理由とされているものだった。


 だが、取得できないのであれば、わざわざ公表する必要はないのではないかと議論の元とにもなっており、その議論が今日も掲示板で行われていることを、NPCであるエリセたちは知るよしもない。


『これでも何度も見たのだがね。どうしてもある日から先、私の存在は忽然と消えてしまうのだよ。羽化の準備をしているとか、羽化をして飛び立ったというわけでもない。そもそも私は羽化をしたとしてもタマモのそばから離れるつもりはないよ。あれはとても面白いからね』


 ふふふ、とクーはおかしそうに笑っていた。とても面白いとは言うが、要はタマモのことを気に入っているということ。そしてタマモを友として見ているからだろうとエリセは思った。友のそばにいたい。そう思うことは決しておかしいことではない。その友という存在を持ったことがないエリセにはよくわからないことであるが、書物や文献で見る限り、友とはかけがえのない存在であることは知っている。あくまでも知識としてだが。


 クーにとっての友であるタマモ。そのタマモのそばから離れることはないとクー自身は決めているのであれば、羽化したことでいなくなるというのはたしかに頷けないことではある。

 だからと言って、クーが死ぬというのはいささか早計すぎるのではないだろうか。


 もしかしたら、飛翔能力を得たことで新たなる配下を得るために一時的にタマモのそばから離れているところばかりを、クーが見ていたという可能性とてあるだろう。むしろそう考える方が妥当だ。いくから無理はあるかもしれないが、自身が死んでいると仮定するよりかはましだとエリセには思える。


 しかしクーは自分が死ぬと確信しているようだった。なぜそんな確信ができるのか。その確信をこれから話してもらえるとして、それは果たして納得できるものなのだろうか。


『……私自身、死んだと確信しているわけではないんだ。ただほぼ間違いなく私は死んでいるのだろうなとは思っている』


「なぜ?」


『……タマモがある日以降から変わってしまうからだよ』


「旦那様が?」


『あぁ。豹変と言ってもいいくらいに彼女は変わってしまう。とはいえ、攻撃的になるというわけではない。誰であろうと敵として攻撃を仕掛けるようになるわけではない。ただ』


「ただ、なんどす?」


『ただ、彼女から笑顔が消えるのだよ。いつも暖かな笑顔を浮かべている彼女からね、笑顔がふっとなくなってしまう。まるでうたかたの夢だったかのように。泡沫が水に流れて消えていくようにあっけなく消えてなくなってしまうんだ。それと同時に私の姿もなくなる。それはどう考えても私の身になにかがあったからというのが理由だろう。そしてその因果を成す者に対して、タマモは憎悪に満ちた目を向けるようになる』


「旦那様がそないなことに」


『少なくとも私は彼女がそういう目を向けたところを見たことはないし、彼女がそういう目を誰かに向けるなんてことを想像もできない。その想像もできないことを当たり前のようにするようになる。その同時期に私がいなくなる。……うぬぼれと取られるかもしれないが、理由は私の死以外にはない。そう思うのが妥当だろう?』


「それは」


 エリセは続く言葉が出なかった。


 違う。そんなことはないと言うことはたやすい。たやすいができなかった。


 エリセ自身、クーの死以外でタマモの豹変とも言える変化を説明できないし、納得さえしてしまっている。


 だからなにも言えない。なにも言うことができない。


『……すまないね、こんなところまで連れてきたうえに、つまらないことを言ってしまった』


「つまらないなんて、そないなことは」


『いや、いいのさ。私は私の終わりをもう受け入れている。その日はもう間近に迫っていることもね』


「その日っていったい」


『……年が変わってしばらく経ってからだな。君が帰って来てすぐというわけではないとは思う。年が変わってすぐに、タマモは件の人物を招くことになる。その件の人物が実行に移るまでにしばらく猶予がある。まぁ、猶予があろうとなかろうと私にはどうすることもできないわけなのだが』


「……クーちゃん」


『いいのだよ、エリセ。私は長く生きすぎたのだろう。これもおそらくは主神エルドが私の死を願っているということなのだろうさ』


「そんな、そんなことは」


『……そう思えば、少しは気が楽だってことさ。ままならないことなのだがね』


 クーは笑っていた。


 その笑顔は諦めたものだった。


 どうにもならない現実に屈してしまったように見える。


 どうすればいいのか。どういえばいいのか。エリセにはもうわからなかった。


「諦めちゃ、ダメです!」


 不意にアンリが叫ぶ。


 雑木林全体がびりびりと震えるような声量だった。


 アンリらしからぬことにエリセは驚いた。それは叫ばれたクーも同じようで、目を何度も瞬かせていた。


 そんなクーにアンリは続けた。


「クー様は、クー様は死にません。だってクー様が亡くなられたら、旦那様は変わられてしまうのでしょう? アンリはどんな旦那様でもお慕いできますけど、お慕いするのであればいまの旦那様のままがいいのです! いまの旦那様に変わられてしまうことなんてアンリは求めていません! だからクー様は亡くなられてはいけないのです!」


 アンリは鼻息を荒くしながら叫ぶ。言っていることがだいぶめちゃくちゃというか、自分本位のものとしか思えないことではあるのだが、自分勝手とは思えない。むしろアンリらしいかわらしいものだと思えてしまって、そういう状況ではないとわかっていても、エリセはつい笑ってしまった。それはエリセだけではなく、クーやその配下の虫系モンスターズたちもまた笑っていた。ただひとりだけ、当のアンリだけは笑われてしまったことで頬をぷくっと膨らませてしまっていた。


『……そうだな。ついついと弱気になってしまっていたみたいだな、私も。死ぬ可能性はあるだろうが、確実に死んだというわけではない。ならばあがいてみるのも悪くはない。いや、あがいてみるべきなのだろうな。生きている限りは必死になるべきだろう。いや、あがき続けるからこそ生きるということなのだろうな。そんな当たり前なことを私はすっかりと忘れていたみたいだな』


 クーは遠くを眺めるように言う。その表情はひどくまぶしそうだ。まぶしそうにアンリを見つめている。そんな視線を浴びたアンリはなんとも言えない顔で俯いてしまった。


『あぁ、わかったよ。アンリ。私はあがき続けよう。タマモを変えないために。私はそのためだけに生き続けよう』


 クーはまた笑った。それまでの諦めたような、寂しそうなものではなく、心の底からの笑み。生き続けるという強い意志の籠もった笑みをクーは浮かべていた。


「……アンリちゃんは本当に美味しいところばっかり持って行くなぁ。でも、ええよ。その分、うちは今夜旦那様にいっぱい甘えてかわいがってもらうし。いろんな意味で」


 にやりとエリセは口元を歪める。その言動にアンリは大いに反応した。「ダメです! そんなのはダメですぅ!」と腕をぐるぐると回転させながら、ぽかぽかと叩いてくる。その攻撃をエリセは腕を伸ばしてアンリの体を遠ざけることで簡単に対処した。それでもアンリは「うー!」と唸りながら、ぽかぽかと殴り続けている。まさに子供扱いをしているのだが、それでもアンリは必死に抵抗している。そんなアンリの姿にクーは、やはりまぶしそうに眺めている。それはエリセもまた同じだ。


「アンリちゃんには本当に敵わんなぁ」と思いながら、エリセはいまだに抵抗するアンリを見て尊さを感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ