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Ex-24 ある日の出来事~始まり~

「──少し付き合って欲しい?」


「はい」


 エリセがタマモの世話役になって数日後。


 農作業や虫系モンスターズとのふれ合いに少しずつつ慣れてきたある日。エリセは自身と同じ世話役であるアンリにいきなり付き合って欲しいと言われた。


「ん~。アンリちゃんの気持ちは嬉しいけど」


「はい?」


「うちにはもう旦那様という心に決めたお方がいるわけで」


「いや、違います。そういう意味じゃないです、エリセ様」


「ふふふ、わかっている、わかっている。お姉さんにはぜぇ~んぶお見通し。アンリちゃんが密かにうちを慕っていて、どうしたらうちみたいになれるかを日々研究し始めていることくらいは。今回もその一環としてうちと模擬的に付き合って、うちの魅力をより深く理解しようと──」


「だから違うのです! 実際に研究はしていますけど、アンリが言いたいのはそういうことじゃありません!」


 アンリは顔を真っ赤にして叫んでいた。


 アンリのその反応に、エリセはお腹を抱えて笑った。


 一緒に住み始めてまだ数日だが、その数日の間でアンリの人となりはある程度エリセは理解していた。理解して出した結論は、「面白い子」ということだ。


 からかって面白いということもあれば、現役の里長であるエリセにも平然と立ち向かおうとすることでもあるし、愛情が空回りしすぎて「旦那様」であるタマモに若干被害が及ぶことでもある。それらすべてをひっくるめたうえでの結論が、「面白い子」という評価だった。

 エリセは一応まだ里長である。


 弟であるシオンへの教育はまだ途中であるし、そのシオンもまだ人で言えば4、5歳くらいの年齢でしかない。


 先代の正妻からは人で言えば10歳くらいの年齢である6、70歳になるまでは、エリセが代理の里長をするようにと言われていた。現在のシオンは20歳そこそこなので、あと40年はエリセが里長をすることになっていたのだが、タマモの世話役になったことで、シオンの里長襲名が大きく早まることになった。他の3つの里の長たちも協力してくれるということで来年までにはシオンは里長として襲名することが決まっている。もっともシオンが里長になったからと言って、エリセがそれで自由の身というわけではない。


 いくら他の里の長たちも協力してくれるとはいえ、若いを通り越して幼いシオンがひとりで里長をするなんてできるわけもない。後見人の存在が必要となる。その後見人にエリセは抜擢された。


 要は里長ではなくなるが、実質の里長としての仕事はエリセがこなすということである。無論、その仕事にシオンも同席させるし、シオンにも一部肩代わりさせる。……後見人が里長の仕事をし、その一部を里長が肩代わりするというのはなんともおかしなことだが、現実的にそうするしかないので致し方がない。


 その後見人の仕事として年末年始の祝い事の席にエリセは出席することが決定しており、明日には一時的に里帰りをし、三が日を里で過ごしてからこちらに戻ることになっている。つまり今日は事実上タマモたちと過ごせる今年最後の日ということなのだが、その当のタマモたちはまだぐっすりと眠っている。


「旅人」であるタマモたちは、活動できる時間がこの世界の住人の半分ほどしかない。その活動する時間も人によってまちまちのようだが、タマモたち「フィオーレ」の面々は同じ時間帯に起きて、やはり同じ時間帯に眠っている。ただタマモだけはほかのふたりよりも活動する時間は多く、ふたりよりも若干早く起き出してくるのだが、いまのところまだ誰も起き出してくる気配はない。


 タマモたちが起き出してくるまで、エリセもアンリも暇を持て余している、というわけではない。


 タマモたちが起き出すまでは、アンリと協力して家事や農作業をすることになっていた。


 エリセ自身は農作業はそこまで経験がない。農業を基本産業としているのはどの里でも同じだが、土の里は例外的に別の産業に従事している者が半数いるのだが、いまは関係ないので置いておく。


 エリセに農作業の経験がないのは、私生児とはいえエリセは水の里長の一族であるから。エリセがお嬢様であるからだ。お嬢様と言っても満ち足りた生活をしていたわけではないが、それでも食べるのに困ったことは一度もないし、必要なものは言えば届けて貰っていた。アンリのように庶民として育ったわけではない。が、アンリのように愛情に包まれて育ったわけでもない。ある意味アンリとエリセは真逆の人生を歩んできているが、アンリはエリセを羨んではいないし、エリセもアンリを羨んでもいない。


 お互いの人生に対して思うことは多少あるものの、いまのところ良好に付き合っている。その証拠にこうしてエリセがアンリをからかっても、アンリは顔を真っ赤にして言い返しはするもののエリセを嫌うことはなく、それどころかエリセを慕っているのだ。


 生まれた里は違うし、その能力も異なるけれど、仲良く付き合うふたりを見て、ふたりの「旦那様」であるタマモは「まるで姉妹みたいですねぇ」と漏らしたことがあった。が、その言葉により「どちらが正妻か」論争が勃発してしまったが、それはまた別の話である。ちなみにだが、その論争の際、アンリは顔を真っ赤にし、エリセは常におかしそうに笑っていたとだけは言っておこう。……果たして本当に論争と言ってよかったのかどうかは本人たちのみぞ知るというところであろう。


 その論争が起きて間もない、そんなある日にエリセはいきなりアンリから「付き合って欲しい」と言われたのだ。


 当然のようにエリセはアンリをからかい、アンリも顔を真っ赤にして反論するという、早くも当たり前となりつつある、いつものやりとりを行った。


 アンリは顔を真っ赤にして「ふーふー」と言っている。黒みがかった緑色の尻尾が逆立っている。そういう反応もまたエリセには愛らしく感じていた。


「それでどこに付き合えばええの?」


 タマモたちの眠りを邪魔しないようにとふたりで外の丸太のテーブルに腰掛けているため、ふたりのやりとりは他の「旅人」ことプレイヤーたちにも丸見えである。「狐ちゃんばっかりずるい」と涙を流すプレイヤーもいるし、中には「狐ちゃんとお嫁さんたちのやりとり、尊すぎる」とか「素直かわいい妹系のお嫁さんの次は、はんなり美人お姉さんなお嫁さんか。じゃあ次は幼なじみ系なお嫁さんだな!」とか「お嫁さんたちはどっちが上でどっちが下なんだ? あえて年下がぶつぶつ」などなどそれぞれの趣味を口走るプレイヤーたちもいる。そんな彼らないし彼女らの言葉は当然ふたりの耳にも届いているのだが、その言葉の意味がふたりにはよくわからず、「「旅人」さんの言葉は不思議」と評することにしていた。


 いまのやりとりもやはり見られており、なぜか拝まれているのだが、ふたりはあえてその方向を見ることなく、会話を続けていた。


「むぅ、いきなり真面目にならないでください」


「ん? じゃあ、アンリちゃんが「旦那様の正妻の座はエリセ様にお譲りします」と言うまでいじり倒してええの?」


「それはダメです! エリセ様にもそればかりは譲りません! そもそも旦那様と知り合ったのはアンリの方が先なのです! だから旦那様の正妻の座はアンリのものです!」


「まぁ、知り合ったのはたしかにアンリちゃんの方が先なのは確かだけどねぇ。でも、旦那様は年上好きなんよ。つまりは旦那様の好みに近いのは」


「そ、そんなことありません! それにその観点から言えば、アンリも旦那様よりも年上です! ならアンリも」


「ん~。それはそうだけどねぇ。アンリちゃんはいくらか、ここが足りへんから、ね?」


「うぅ! そ、それは」


 エリセは自身の胸をとんとんと指で叩きながらアンリを見やる。ちなみにエリセは先ほどからうっすらとまぶたを開いている。アンリがエリセに憧れて、その魅力を研究しているというのはアンリの内心を実際に読み取ったがゆえの言葉である。


 エリセがアンリの内心を読み取っていることはアンリ自身もすでに知っている。一緒に暮らし始めた初日にエリセの口から伝えられたのだ。


 アンリはエリセの力を知っても「それがどうかしたのですか」と言った。エリセの力とエリセ自身の人となりとは関係ないというのがアンリが言い切った理由である。その言葉にエリセが人目をはばからず泣き、そんなエリセをタマモが後ろから抱きしめた。抱きしめたと言っても、身長がちっとも足りていなかったため、抱きしめたというよりかは母親に抱きつく子供という風にしか見えない光景であったが、タマモとしては後ろから優しく抱きしめたつもりであったのだが、タマモの理想像にはほど遠い光景にしかならなかったという、タマモにとっては悲しい出来事であった。


「アンリちゃんがかわいいのは認める。けど、ここがないのが致命的やねぇ。うちはこう見えてそれなりにあるから、そういう点を含めてもやはり正妻の座は」


「だ、ダメです! 正妻なのはアンリです! アンリは正妻がいいんですぅ!」


 ついにアンリは立ち上がるとエリセに向かってぐるぐるパンチをし始める。エリセはアンリのぐるぐるパンチを両手でぱしぱしと受け止めながら笑っていた。


 やはりその光景は仲のいい姉妹にしか見えないものであった。


「それでアンリちゃん、うちはどこまで付き合えばええの?」


「むぅぅぅ! こっちです! さっさと来てください! 意地悪エリセ様!」


「はいはい」


 アンリは雑木林に向かって尻尾を逆立てながら進んでいく。そんなアンリにエリセはおかしそうに笑いながらその後を追いかけて進んでいくのだった。

別作品になりますが、誤字報告ありがとうございます。まさかの量で少し驚きましたが、助かりました。ありがとうございました。

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