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Ex-22 鬼子母神

今日から特別編です。

1話目は大ババ様視点となります。

「──ふむ。どうにか形にはなったようじゃの」


 大ババ様ことリーゼは目の前の光景を眺めながら、満足げに笑っていた。


 リーゼの目の前には、金毛の妖狐であるタマモ、「風の妖狐の里」のアンリ、そして「水の妖狐の里」の里長であるエリセがいた。3人はタマモを中心にして折り重なるようにして眠っている。


 最初はタマモだけだったのだが、タマモにつられてしまったのだろう、ふたりも眠ったようだった。


 少し離れた墓地の入り口からでも、3人の寝息が聞こえてきそうなほどにぐっすりと眠っているようだった。


「……こっちも眠ってしまったようじゃしな。さて、どうしたものかの?」


 リーゼが視線を逸らすと、やはり折り重なるようにして眠るふたりの男女がいた。タマモの仲間であるレンとヒナギクのふたりだ。タマモたちの姿を確認すると、こちらも限界が訪れたようであっさりと眠った。眠る際にレンはヒナギクを支えながら倒れ込んでいた。レンに支えられたときにはヒナギクは意識を失っていたので、自身がどうやって眠ったのかはわかっていないはずだ。

 

 でなければ、ヒナギクの性格上、こんなに穏やかな寝顔を晒すわけがない。


 レンの場合はほぼ無意識でヒナギクを守ろうとしている。それだけレンにとってヒナギクが大切な存在であるという証拠だった。……過保護と言えなくもないあり方ではあるが、それだけレンにとってヒナギクは守らなければならない存在だということだろう。


「……まぁ、こちらも頭数がおるからどうにかなるのか。のぅ、エリス」


 リーゼは再び視線を逸らした。そこには青色の髪と同じ毛並みの尻尾を持った妖狐の女性が立っていた。名前はエリス。「水の妖狐の里」の先代里長の妻。つまりはエリセにとっては義母にあたる存在だ。……あくまでも表向きには。


「……うちを頭数に入れんといてぉくれやす」


「ほっほっほ、使えるものは親でも使えというであろう? 実際にそなたは母親なのじゃし、娘の世話くらいはしてもいいであろう?」


「……娘と言われましても、アレとうちは血のつながりなんて」


「この場には我とそなたしかおらぬぞ?」


「……なにを仰っておられるのか」


「安心せよ。この場には本当に我とそなたしかおらぬ。そなたが抱えている秘密を新しく知る者はおらぬ。約束しよう」


「……」


 エリスは一度口を噤んだ。エリスに合わせてリーゼも口を噤む。しばらくの間、鳥の夜鳴きの声が響いた。エリスはしかめ面を浮かべながら、ぼんやりと視線をエリセたちに向けていた。その見目は見ようによってはエリセに似ている。エリセのように普段から笑っているわけではなく、常にしかめ面をしているため、似ているという印象をつけられることはないが、実際は見ようによってはというレベルではない。


「……あの子が産まれた日は、ちょうどこんな夜でした」


 エリスは空を見上げながら言った。空は満天の星空が広がっている。本当の空ではない。あくまでも実際の空を模倣したものだ。その星空をエリスは遠くを眺めるように、目を細めて見つめていた。


「あの種なしの子をどうにか身籠もれた。あの種なしもあれの一族も全員が「やっとか」という顔でうちを見つめておりました。全員があの種なしのせいではなく、うちのせいにしておりました。あの種なしに節操がないわりに、他の女にも手を出すわりに、その女を身籠もらせていないことを踏まえたら、どちらが悪いのかなんて考えるまでもないっていうのにね」


 エリスは口元に冷笑を浮かべていた。種なしというのは先代の里長であるエリセの父のことだ。種なしとエリスが言うのも無理からぬことで、実際にエリセの父には子供を作る力が著しく低かったのだ。それを本人もその一族も認めたがらなかったのだ。その理由は単純だ。世間体ということもあるが、自身の一族の血を否定させないためである。


 エリセの父の一族はそれまで自身の一族だけで婚姻をし続けていた。親の弟妹ないし兄姉の子だ。その子の親もまた同じようにして婚姻を続けていた。一族以外の血をめったに入れることはなかった。その理由は自身の一族こそが金毛の妖狐に変わる優れた一族であるという意味のない自負のためだ。


 ゆえにほかの血を、自身の一族以外の血を、劣等種の血を入れようとしなかった。


 だが、そうなると血は代を重ねるごとに濃くなっていく。いや、濃くなりすぎてしまう。その結果、生殖能力が徐々に落ちていった。エリセの父親の代では生殖能力はほぼなくなっていた。その前の代まではどうにか子供を作ることはできた。エリセの父親にはふたりの弟がいるが、どちらも子供を作れていないのが血が濃くなりすぎた弊害である。


 しかしその弊害をエリセの父の一族は認めようとしなかった。逆に女の方を責めたのだ。せっかく一族の一員にしてやったというのに、子供を身ごもらないとはどういうことだと責め立てられたのだ。そのひとりがエリスだったわけだ。


 エリスは何度もエリセの父とまぐわったが、子を身ごもることはなかなかできなかった。エリス自身は、特にこれといった特徴もない一族の出身だったし、生殖能力はちゃんとあった。ただ相手が悪すぎただけ。なのにその相手は自分のせいではなく、エリスのせいにした。自身の一族への自負が強すぎたせいで、自身の欠陥を認めることをしなかったのだ。


 エリスの有り様はリーゼの目から見ても悲惨としか言いようがないものだった。


 その日々も終わりが訪れたのは、エリスが懐妊してからだった。


 エリスが懐妊したことで、エリセの父とその一族は喜んでいた。「ようやく我らが一族の一員になる資格を得たな」と言って持て囃した。そのときのことをリーゼは覚えていた。懐妊祝いと称して、祝いの席に呼ばれたのだ。その祝いの席のことはあまり思い出したくないほどに禍々しくて、愚かしいものだったが、子供ができたことは素直に喜ばしいことであった。


 エリスもその席では愛想笑いをずっと浮かべていた。笑いながらその目がひどく冷めたものであったことを鮮明にリーゼは覚えている。


 やがてエリスは子を産んだ。……とても強すぎる力を持った子を、エリセを産んだのだ。


 そう、エリセはエリスの実の娘だった。エリセの父親が使用人のひとりに手を出したのは事実だが、その使用人が身ごもることはなかった。その使用人は表向きはエリセの母親とされているが、実際のところその使用人とエリセの間に血のつながりはない。赤の他人である。強いて言えば、その使用人はエリス付きのものだったということくらいで、繋がりなどほぼ皆無であったのだ。


 では、なぜその使用人がエリセの実母になっているのかというと、エリスたっての希望であったからだ。


 とはいえ、エリスがエリセを嫌っていたわけではない。憎んでいたわけでもない。むしろその逆。エリスは──。


「……あんなにも小さかったあの子が、うちの腕の中に納まっていたあの子が、良人を見つけるなんてね」


 ──心の底からエリセを愛していた。


 あまりにも強すぎる力を持って生まれたとしても、自分が産んだ娘であることにはなんら変わりはない。その子をどうして憎めるのか。どうして嫌えるのか。エリセを産んだ直後にエリスが漏らしたのがその一言であった。


 エリセが産まれたとき、リーゼはたまたま「水の妖狐の里」にいたのだ。「水の妖狐の里」で各里長が集まっての会議をしていたのだ。そのときに産まれたのがエリセだった。エリセの父親は、エリスが産気だったことを知ってすぐに会議を離れた。ほかの里長はその間待たされることになったが、子が産まれるという一大事に比べれば、会議が中断するのもやむなしであった。


 エリスは産気だったものの、難産であったのか、なかなか赤子の声は聞こえなかった。結局会議は次の日に持ち越しとなり、里長はそのまま水の里長の家に泊まることになったが、家中の者はいまかいまかとその瞬間を待っていたため、非常に騒々しかった。


 その騒々しさが頂点に達したのが赤子の声が聞こえてからだった。


 そんなに騒々しくされては眠れるものも眠れないため、リーゼは起きて赤子の顔でも見ようと騒ぎの中心へと向かい、すぐに絶句した。なにせその騒ぎの中心となっていた里長の部屋では刃物を持った里長とその里長から背中を向けて赤子を抱きしめたエリスがいたからだ。

 なにがどうなっているのかはわかなかったが、実の子を殺そうとしているとしか思えない里長をリーゼは物理的に一蹴し、事情を話させた。


 曰く産まれた子は忌み子だということ。いや、忌み子どこからただの化け物だということ。そんな化け物は殺して当然だと里長は口から血を流しながら叫んだ。その叫びにエリスは言い返したのだ。


「この子は化け物じゃない! うちの子や!」


 泣きながらエリスは叫んだ。その目には深い憎悪の色に染まっていた。その瞳に里長とその一族の者はたじろんだ。たじろみながらも赤子が忌み子であることは変わらないと言うと、エリスはまた叫んだのだ。


「そないにこの子が嫌なら、新しい子を産めばええんやろ!? その子が産まれるまではこの子が跡継ぎや。ほかに跡継ぎになる者は誰もおらん。ほかにいるならいますぐ連れてきいや!」


 エリスの剣幕は凄まじく、その剣幕の前に里長たちは黙るしかなかった。その後落ち着きを取り戻したエリスは、使用人だったひとりに、すでに里長に手を付けられたおつきの者が産んだのがその忌み子だということにした。その忌み子がエリセ。自身の名前を捩った名をエリスは産まれた我が子に付けたのだ。それらのことを里長とその一族の者は認めさせたのだ。


 端から見れば、エリスの言動はおかしなものである。


 自身が産んだ子を殺されそうになれば、みずからの身を挺して守ったかと思えば、今度はその子をみずからの子ではなく、自身のおつきの使用人の子として認めさせる。誰がどう考えてもおかしなものだ。いっそ、気が狂ったとしか思えないことである。……エリスの真意を知らない限りはだ。


「……それでそなたの目的はいまのところどうだ?」


「順調ですなぁ。あとひとりで終わり。そのひとりももう寝たきりさかい」


「そうか」


「ええ。これでくそったれな血筋が根絶やしになるのは確定です。なにせほかに子はおらんしね」


 エリスは笑っていた。その青い瞳に狂気の色を宿しながら。


 エリスの真意。それは業を断つというもの。


 もっと言えば、エリセの父親の血筋すべてを殺すということだ。


「自分たちの血統こそが高貴だという、わけわからんことを抜かす連中なんていらん。そもそも連中は死ぬほどまぐわってようやく子を作れるような種なしども。でも、間違って子供ができたらまたわけわらかんことを抜かしよる。そうならんうちに、根絶やしにするのが一番ええと思うんです」


 それはエリスが産まれたばかりのエリセを抱きしめながら言った言葉だった。その言葉をリーゼはエリスとふたりっきりのときに聞いたのだ。産後で落ち着きのないエリスを落ち着かせて欲しいと里長に頼まれたからだ。いま思えば、それさえもエリスの筋書きだった。


 そのことに里長は気づくことなかった。気づかぬまま、エリスに殺されたのだ。


 里長が死んだのは急な病ではない。


 エリスが服薬した毒によって死んだのだ。


 それは里長のすぐ下の弟も同じだ。


 里長の弟にエリスは、里長が死んですぐに縋り、ふたりはすぐに男と女の関係になった。がそれはエリスの策略であり、エリスがその弟に惚れ込んだわけではない。


 里長の血筋を根絶やしにする。


 その目的のために近づき、毒殺したのだ。近づけるほどの容姿がエリスにはあった。その容姿をエリセは受け継いでいる。普段は化粧や髪型を変えることで印象を異ならせているが、化粧を落とし、髪を下ろせばエリスとエリセは瓜二つだ。実の親子どころか、年齢差がある姉妹のように見えるほどに。


 そんなエリスに先代の里長も次弟は殺された。最後の末の弟にも同じ事をして、その弟はいまや寝たきりだ。


 里長の弟たちに子供はいないし、里長の親たちに男親はすでにいない。いるのは子供を生めない女親ばかり。その女親たちにはもう一族を率いる力はない。周到にエリスが力を削いだからである。里長の一族はすでに詰んでいる。そのことに誰も気づいていないのだ。


 一族を滅ぼそうとしているエリスに頼るしかない。その当のエリスももう子供を作ることはできない。


 毒を服薬し続けたことで、生殖能力を失っていた。


 みずからが産んだ子を殺そうとした。そのことを誰も止めず、それどころかそそのかしていた。


 それがエリスの動機だ。


 それまでの扱いも理由のひとつになるだろうが、大きなところではエリセを殺され掛けたということが一番の理由である。


 ただ唯一の誤算がエリセの弟を産んだということくらいか。


 それによりエリセは跡継ぎとしての資格を失ったが、こうしてタマモという良人を見つけることができた。


 エリスとしてはこれ以上となく最良の相手を見つけられたと喜んでいるのは明らかだ。


「……リーゼ様。エリセをこれからもよろしくお願いします」


「……わかっている。そなたもあまり無理はするなよ」


「はい。シオンもまだ小さいですからね」


 にこやかに笑うエリス。シオンはエリセの弟の名前。純粋無垢なかわいい子である。その父親の血筋を根絶やしにしようとしているとはシオンは考えてもいないだろう。それはエリセもまた同じだ。


「……幸せになってね、エリセ」


 エリスは笑う。その笑みは母親としてのものであるが、その一方で鬼のようにとても冷たいものでもあった。その冷たさが向く先がなんであるのかは考えるまでもないこと。


 エリスの有り様にリーゼはなにも言わない。なにを言えばいいのかもわからない。ただ、そういう生き方もあるとだけ思うことにしていた。だからなにも言わなかった。


 なにも言わないまま、穏やかに眠る3人を見つめ続けた。

次回はエリスさん視点となります。

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