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52話 笑顔の意味

「──はい、これで終わりですね」


 最後の子供の妖狐にぬいぐるみを渡し終えたタマモたち。最後の子供は女の子で「ありがとう、けんぞくさま」と元気いっぱいに頭を下げた。


 種族は違えど、子供の元気のいい姿を見るのはわりと気持ちがいいものだなとタマモは思った。それはレンとヒナギクも同じなのか、ふたりも頬を緩ませて笑っている。


 ちなみに3人一列に並んではいたが、「水の妖狐の里」でもタマモのところに来る妖狐が多かった。その次がヒナギクであり、レンはやはりこの里でも一番不人気であった。が、レンのところに来る妖狐は女の子が多かった。ヒナギクは逆に男の子、タマモはどちらも多かった。


 普段であれば、ヒナギクの機嫌は悪くなっていそうだが、今回はクリスマスであるし、相手は幼女だ。外見がせいぜい7、8歳くらい女の子相手に機嫌を悪くすることはなかったようだ。


 もっとも外見が幼女であっても、実年齢はタマモ、いや、もしやすればタマモたちの親よりも上であるが、妖狐族にとっては100歳以下は子供扱いされてしまう。もっと言えば、ついこの間まで母親のお腹の中にいたという扱いになる。


 ぶっちゃければ、タマモの実年齢であっても、「産まれたばかりなのか」と言われてしまうようなレベルである。 


 それだけ妖狐族は寿命が長い。同じ生物であっても、有り様がまるで違う存在だった。


 加えて外見が明らかに幼子であることも大きい。レンとヒナギクにしてみれば、リアルでの近所に住む子供たちに人気があるというようなもの。たとえ、その子たちの年齢が自分たちをはるかに超えていたとしても、幼子相手にまで嫉妬など抱きようがないということである。


 なによりもこの日がクリスマスということもある。


 せっかくのクリスマスを、しかも初めてのクリスマスを人間が物理的に振り回されるという恐怖の光景で彩ってはいけないという自制心が効いているというのが一番大きい。


 その結果、レンの女性人気が高くてもヒナギクの機嫌が悪くなっていないという奇跡が起きていた。


 クリスマスに起きる奇跡というのはわりとよく耳にするフレーズであるが、その奇跡がこんなにも簡単に起きるものなのかとタマモは密かに思っていたが、そのことをあえて口にするつもりはない。


 触らぬ神に祟りなし。


 できることならば、クリスマスくらいは人間が物理的に振り回されるという光景を見たくはない。レンとて一年の最後まで振り回されたくはないからか、いつもならぽろっと口にするうかつな発言はないし、高頻度のラッキースケベもいまのところ発動しない。そんな奇跡的な状況がいま「フィオーレ」の面々に起こっていたのだった。


「お疲れ様でしたな、眷属サマ方」


 大ババ様は穏やかな笑みを浮かべながら、机の端でお茶を啜っていた。その近くではお盆を抱えたエリセがいた。エリセは相変わらずまぶたを閉じているが、満足げに笑っていた。


「ありがとうございます、タマモ様方。あの子らもえらく喜んでおりました。私が近くにいるというのに、あんなにも喜んでいるのを見るのは久しぶりでした」


 エリセはとても嬉しそうだったが、言っている意味がいまひとつわからなかった。たしかに住民のほとんどは遠巻きにエリセを眺めているだけ。挨拶はしても相談事を持ちかけたり、世間話をしたりとかはしてこない。それどころか、エリセを見る目は怖がっているように思えた。


 それは大人だけではなく、子供の妖狐たちも同じようで、エリセを見ると一礼をするとそそくさと立ち去ってしまうのだ。まるで化け物かなにかを見ているかのように思えてならなかった。そのことをエリセ自身理解しているのか、寂しそうに笑っているだけ。エリセ自身から声を掛けることはなかった。


「あ、あの」


 声が聞こえた。見れば、最後にぬいぐるみを渡した女の子がエリセに声を掛けたのだ。思ってもいなかったのか、エリセは驚いているのか、口を半開きにしていたが、すぐに口を閉じて「どないした?」と尋ねていた。物腰は非常に柔らかいが、かすかにエリセは震えているようだった。


「あの、長様。これ」


 そう言ってエリセに差しだしたのは、小さな人形だった。それもとても古いもので、女の子が以前から持っていたものであることは間違いない。


「……これはあんたのやないの?」


「……うち、新しいの貰ったから」


「でも、これは」


「ええの。長様にあげる」


 そう言って押しつけるようにして人形をエリセに渡す女の子。エリセはどうしていいかわからなかったみたいだが、女の子の勢いに負けたのか、「おおきに」と言って女の子から人形を受け取ろうとした。


「こら!」


 不意に怒声が響く。見れば大人の妖狐が、エリセよりも年齢が明らかに上に見える白髪交じりの女性の妖狐が女の子に向かって叫んでいた。女の子にあまり似ていない女性で、年齢からして母親というよりも祖母というところか。


「あんた、なにしているの!」


「おばあちゃん、これは」


「長様に近寄ったらあかん言うたやろう!」


「で、でも」


 女の子はちらりとエリセを見やる。その視線を追って女の子の祖母は忌々しそうにエリセを睨み付けた。


「長様、この子にはきちんと言い聞かせるさかい、金輪際近づかへんどぉくれやす」


「……うん、わかったで」


 エリセは女の子の祖母に向かって弱々しく笑う。そんなエリセを鼻白みながら女の子の祖母は女の子の手を取り、そそくさと立ち去ろうとしたが、女の子が持っていた人形が地面にと落ちてしまう。エリセは「人形が」と言いかけるが、祖母は立ち止まると、鼻を鳴らして言った。


「そんなんはいらしまへん。勝手に処分しとぉくれやす」


「でも、これはその子の」


「そやさかい、いらへん言うてんやろう! ええ加減にしとぉくれやす!」


 祖母が叫ぶ。その一言にエリセは小さな声で「堪忍な」とだけ言った。その謝罪にも祖母は鼻白みながら立ち去っていく。そして女の子に向かって──。


「あら化け物やさかい近寄るな言うたやろう。なんべんも同じことを言わせへんで」


 ──エリセにも聞こえるような声ではっきりとそう言ったのだ。エリセは顔を俯かせた。その姿に大ババ様がゆっくりと立ち上がった。


「おい、貴様。里長に向かってなんという口の聞きようをしている?」


「お、大ババ様には関係が」


「ないと言うつもりか? ふざけるなよ」


 女の子の祖母もさすがに大ババ様の剣幕には敵わないようで、だいぶ腰が引けている。しかし大ババ様は、女の子の祖母の様子に一切気を掛けるつもりはないようだ。その瞳孔は縦に割け、髪がふわりと逆立っている。いまにも大ババ様は女の子の祖母を攻撃しそうだった。が、それをエリセは止めた。


「大ババ様、気にしいひんでください。私はいけるさかい」


「しかし」


「ええんどす」


 エリセは大ババ様の手を掴んでいた。決して離さないという意思がその手には込められているように見える。その意思に大ババ様はため息交じりに頷いた。


「……わかった。貴様、さっさと消えよ。不愉快極まりない」


 大ババ様は納得していないようだったが、エリセの姿に根負けしたようだった。祖母は大ババ様にお辞儀をした。女の子はエリセをじっと見つめている。女の子にエリセは力なく笑いかけた。


「堪忍な。この子は大切にするさかい」


 地面に落ちた人形を拾い上げるエリセに、女の子は「うん」と頷いた。


「長様、めりーくりすます」


「うん、めりーくりすます」


 エリセと女の子はメリークリスマスと言い合った。それからすぐに女の子は祖母に引きつられて立ち去っていく。女の子は見えなくなるまでエリセに手を振り、エリセもまた女の子に手を振り返していた。エリセは笑っている。笑っているのにタマモには泣いているようにしか見えない。その泣き顔がどういう意味なのかもまた。申し訳なさなのか、悲しいからなのか、それとも嬉しいからなのか。エリセの笑顔の意味はタマモにはわからない。わからないまま、なんとも言えない雰囲気になった村の中央広場でタマモはエリセを見つめていた。

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