51話 拒絶とプレゼント
「水の妖狐の里」──。
タマモたちが知っている「風の妖狐の里」によく似ていた。というか、ほぼ同じである。違いがあるとすれば、住民の髪と毛並みの色が違うことくらいだろうか。
「水の妖狐の里」の住民は、だいたいが青系統の髪と毛並みをしていた。濃淡には個人差もあるが、誰もが青系統の色をしている。特に顕著なのは目の前にいる里長であるエリセだろう。
エリセの髪と毛並みはとても澄んだ青色であった。糸目というか、まぶたで隠された瞳もやはりきれいな青色をしていた。
そのエリセの後をタマモたちは追いかける形で、「水の妖狐の里」を歩いて行く。最初「風の妖狐の里」へと赴いたときもこうして追いかけていたが、そのときと今回とではまるで様子が異なっていた。
「里長様、こんばんは」
「はい、こんばんは」
里の中を歩けば里の住民とすれ違うというのは当たり前だ。この里が廃村になったわけではないのだから、住民たちがいるのは当たり前だ。当然すれ違うことだってある。その際に挨拶を交わすというのは当たり前のコミュニケーションである。
しかしそのコミュケーションに問題があった。決して無視をされているわけじゃない。挨拶は住民側からしてくれている。だが、一言挨拶を交わすだけで、そそくさと立ち去ってしまう。ひとりやふたりであればともかく、住民たち全員がそうだった。
「……相変わらずじゃな」
住民たちの様子を見て、大ババ様は静かにため息を吐いた。どうやら大ババ様は住民たちの様子がやけによそよそしい理由をわかっているようだ。
「仕方ありません。あの子たちも悪気があるわけじゃないですし」
エリセは笑いながら言う。笑っているが、どこか違和感のある笑みであった。
「仕方がないわけではなかろうに」
「とはいえ、あの子らにも事情がありますし」
「はっ、長をまともに敬わぬことに事情もなにもなかろう」
「敬っていないわけではないかと思いますけど」
「どうだかのぅ」
吐き捨てるような大ババ様の一言にエリセは困ったように表情を歪める。話の内容から聞く限り、住民の様子はすべてエリセに理由があるようだ。
「長さんは」
「あぁ、エリセで構いませんよ、タマモ様」
エリセはニコニコと笑っていた。見た目は20代半ばくらいか。物腰は柔らか。色白の美人さんだ。その見た目も相まって目を惹かれる女性である。
そんなエリセを遠巻きにしている住民たち。しかもエリセは里長であるのにも関わらずである。
いったいどういう理由でそんな状況になっているのだろうか。
「エリセさんはなにかご事情でもあるんですか?」
「……まぁ、一言で言えば、私は気持ち悪がられているのですよ」
「へ?」
「いや、気持ち悪がられているというよりも、気味悪がられているという方が正しいですかねぇ」
ふぅと小さく息を吐くエリセ。その表情はそれまでの笑顔とは違い、愁いを帯びていた。
「いったい、どうして」
「……まぁ、いろいろとあるのですよ。気にしないでくださいね」
エリセは詳しい事情を話さなかった。話す気がないのか。それとも自分でも口にするのも憚れるということなのだろうか。だが、それだけで納得できるわけもない。納得できないが、いまから事情を話せというのも無理があることである。
なにせ今回この里にいるのは、クリスマスプレゼントを配るためだ。エリセの事情を聞くために来たわけではないし、プレゼントを配り終えたら、次の里へと向かわねばならない。それ以降にも用事が詰まっている。言い方は悪いが、今日初めて会った相手にいつまでも関わってはいられないのだ。
そのことはエリセもわかっているのだろう。だからこそ、気にするなの一言を投げかけてきたのだ。事実上の拒絶であった。
拒絶をされるというのは、タマモはいままでされたことがなかった。いや、タマモだけではなく、玉森まりもとしてもなかったこと。ほぼ人生初のことであった。
そんな初めての出来事にタマモは衝撃を受けていた。だが、そのことに触れられることなく、タマモたちは「水の妖狐の里」が用意したプレゼント会場にとたどり着いた。そこはちょうど里の中央にある広場であった。その広場には大きなテーブルがひとつ置かれていた。ちょうどタマモたち3人が横一列に並べるほどの大きさである。
そのテーブルの向かい側にはすでに何人かの子供の妖狐たちがいた。「水の妖狐の里」ではタマモたちが練り歩くのではなく、タマモたちの元へと妖狐たちが向かう形になるようである。
「タマモ様方には動かずに、並んでいる子供たちに順々で渡してくだされば」
「まぁ、うちの里では走り回って貰ったからのぅ。この形式であれば十分休めるな」
「ええ。他の里はどうかはわかりませんけど、少なくともうちの里では休んで貰おうかなぁと思いまして。よければ、合間合間に私がいろいろとお世話も致しますけど」
「お世話ですか?」
「ええ。例えば」
ふふふ、と笑いながらエリセはタマモの背中に回ると、その体をぎゅっと抱きしめた。花の香りがふわりとタマモの鼻孔をくすぐった。
「こんな感じでタマモ様のお心を癒やすことができればと思います」
上から覗き込むようにしてエリセは笑う。その笑みにタマモの顔は一気に赤くなった。
「……タマちゃんってお姉さん系に弱いよねぇ」
「……それ、あんたも人のこと言えないからね?」
「……え?」
「え?」
タマモの反応にレンとヒナギクがそれぞれにらしいことを言い合う。レンはタマモがお姉さんに弱いことを言うが、ヒナギクはレンも同じだと言うと、異口同音を口にし合った。
そんななんとも言えない雰囲気が流れる中、エリセは穏やかに笑いながらタマモを抱きしめていた。抱きしめながらもその腕がかすかに振るえていることにタマモは気づいた。その理由を聞くよりも早く、エリセはタマモから離れていく。そのことをなんとも寂しく思いつつも、タマモはなんとも言えない雰囲気を漂わせるレンとヒナギクと一緒にテーブルの向こう側へと赴いた。こうして「水の妖狐の里」におけるプレゼント大作戦は始まった。




