49話 次の里へ
──30分後。
「到着です!」
タマモは大通りを駆け抜け、大ババ様の家の前にと到着した。
持っていたプレゼント袋はいくらか小さくなっているが、まだまだ中身は多いが、これから別の妖狐の里にも巡ることになるため、むしろ中身が残っている方がいい。
それでも「まだまだ先は長いですねぇ」とため息を吐きたくなるほどには、プレゼント袋の中身はまだ多い。
「さて、ヒナギクさんとレンさんは」
「お、来たね、タマちゃん」
「重役出勤だねぇ」
タマモはヒナギクとレンの姿を探すため、ふたりが向かったそれぞれの通りを長めに行こうと背を向けると、ちょうど背後──大ババ様の家の中から声が聞こえてきた。振り返ると家の中では隣り合ってお茶を啜っているふたりの姿があった。ちなみにお茶請けとして栗ようかんが置かれていた。
「おふたりとももう終わっていたんですか?」
大ババ様の家の敷居を跨ぎながらふたりに声を掛けるタマモ。ふたりはそれぞれにお茶を啜ってから頷いた。見たところ、汗はもう引いていた。配り終わってそれなりに経っているようであった。
「私は5分くらい前かなぁ。こいつはそれよりももっと速かったみたいだけど」
「12、3分くらい前に着いたよ。もう少し時間が掛かると思っていたのだけど、意外と早く済んだんだよね。むしろ、人があまりいなかったというか」
ヒナギクはともかくレンは拍子抜けするほどに早く済んでしまったようだ。曰くレンが担当する側の通りに住む妖狐たちの姿があまりなかったそうである。その分プレゼント袋はタマモよりもだいぶ大きい。ヒナギクはレンよりも少ないが、タマモよりも多い。「フィオーーレ」内ではタマモのプレゼント袋が一番残量が少なかった。
「……もしかして、ヒナギクさんもいる人は少なかったとか?」
「私はそこそこいたけれど、3分の1くらいの人がいなかったかな? ちゃんと正確に数えてはいなかったからわからないけれど」
「俺の方は半分くらいもぬけの殻だったね。買い物にでも出かけているのかなぁと思ったのだけど」
ふたりの言葉を聞いて、タマモはひとり「そういうことでしたかぁ」とため息を漏らした。その反応にふたりは「もしかして」と察したようであった。
「ボクの方は人混みだらけでしたよ。家に寄ろうとすると、一斉にわぁと群がってくるみたいに集まってきましてね、なかなか進めなくて困りました」
「……それって」
「もしかしなくても、俺たちの担当場所にいなかった人たちが」
「……ボクのところに集まってきたみたいですねぇ。なにせプレゼントを渡すたびに、「ありがたやぁ」って感じで親御さん方に拝まれるほどでしたから」
やれやれと肩を竦めつつ、タマモは土間の縁に腰掛けた。ふたりはすっかりとくつろぎモードになっているが、これから別の里に移動することになっているので、靴を脱ぐことがまだできないのである。それでも多少なりとも疲れがあるので、土間の縁に腰掛けてさせてもらったのである。そんなタマモのそばにお茶がすっと置かれた。見れば本来の妖狐の姿になったリィンがお盆を抱えるようにして座っていた。
「あ、リィンさん」
「お疲れ様です、タマモさん。お茶をどうぞ」
「これはどうもです。ではいただきます」
タマモは素直にお礼を口にすると、渡されたお茶をゆっくりと啜っていく。寒い時期なのでお茶は温かい。だが、熱いというほどではなく、ぬるめにしてくれているようだ。喉が乾いているタマモとしては実にありがたかった。
「ふぅ、生き返りました」
「大げさですね」
「いやいや、喉が乾いているところにぬるめのお茶というのは、かえってありがたいくらいですよ」
「そうですか?」
「そうですよ。リィンさんはいいお嫁さんになれると思うのです」
「……そんな相手はいまのところいませんね」
「もったいないですね。リィンさんなら選り取り見取りなのに」
「そうでもないですよ。「いいなぁ」と思った相手のお眼鏡には敵わないみたいですし」
静かにため息を吐くリィン。そんなリィンに「そうなんですか?」と首を傾げつつ、お茶を啜るタマモ。その言葉にリィンは小さくため息を吐いた。
「まぁ、その人にはお似合いの子がいるので無理もないわけですけど」
リィンは腰を上げながら言った。それと同時に「旦那様、速いですよぉ」とくたびれた声を上げながら、アンリが大ババ様の家に到着していた。
アンリはタマモの後を追う形で大通りを進んでいたのだが、タマモ以上に人混みに揉まれることになったのだ。アンリがタマモに事実上の嫁入りしていることは知れ渡っているはずなのだが、タマモ以上にアンリは里の妖狐たちに声を掛けられていたのだ。それも口々に「おめでとう」というもので、誰もがアンリを祝ってくれていた。
本当ならタマモも祝われた方がいいのだろうが、なんとなく居心地が悪かったこともあり、アンリを置いていく形でどんどんと先に進んでいったのである。そのせいだろうか、アンリは若干不満げに頬を膨らましていた。実に愛らしいが、「失敗しましたねぇ」とタマモは頬を搔くも、それでアンリの不満が和らぐわけがない。
「どうして旦那様はアンリを置いて行かれてしまうのですか? 旦那様だって当事者なのに」
「いや、ボクは別に当事者というわけでは」
「当事者です。だって旦那様はアンリの旦那様なんですから」
じっとタマモの目を覗き込むアンリ。その視線にタマモはただ苦笑いすることしかできなかった。それでもやはりアンリの不満は和らぐことはない。
「まぁまぁ、それくらいにしておけ、アンリよ。周知の事実ではあるが、まだ祝言を挙げておらんのだ。であれば、眷属サマもまだ夫面はできまい。……まぁ、既成事実を作ってしまえばあとはなし崩しじゃがな」
不満を露わにするアンリを落ち着かせようと、アンリの後を追っていた大ババ様が宥めてくれる。なだめてくれるのだが、最後にぼそりと余計な言葉を口にしてくれている。その余計な一言にアンリの顔が一気に真っ赤になってしまう。「既成事実」という言葉の意味がどういうことであるのかは容易に伺いしれた。つまりはそういうことである。
「……あの大ババ様、ボクには種まきできるようなものは存在しなくてですね」
「ほっほっほ、なにを仰ることやら。そのようなものがなくても、愛があれば子は孕めるのです。それに我らは魔術を得意とする妖狐。であれば、その力を転ずればいくらでも子は作れるのです。魔術的にも物理的にも」
「おい、こら、待ちやがれなのです。不穏なことを言うんじゃねーですよ!」
明らかにアウトな発言をしてくれる大ババ様。これがプレイヤーであれば、即座にオシオキルームに直行させられるのだが、悲しいことに大ババ様はプレイヤーではないため、オシオキルームに招かれることはない。逆説的に言えば、大ババ様はフリーダムに発言ができるということである。……格好からして垢バン案件ではあるが、中身もまた垢バン案件であることを改めて痛感させられるタマモだった。
「まぁ、それよりもじゃ。そろそろ移動されますかの?」
「……そうですね。これ以上いるといろいろと面倒なことになりそうなのです」
「ほっほっほ、それでは参りましょうか。アンリは予定通りにの?」
「はい、お帰りをお待ちしています」
予定ではアンリは風の妖狐の里に残ることになっている。それはアンリ自身すでに納得しているので、すんなりと話は済んだ。
「最後の準備を本人に任せることになりますけど」
「いえいえ、お気になさらずにです。お帰りをお待ちしています」
にこやかに笑うアンリ。寂しそうではあるが、こればかりは致し方がない。後ろ髪を引かれる思いはあるが、仕方がないことなんだと自分に言い聞かせてタマモはヒナギクとレンを連れて大ババ様の家を出る。
「では、また後ほどに」
「はい、行ってらっしゃいませ、旦那様」
深々とお辞儀をするアンリ。その姿に愛おしさを覚えつつも、タマモは大ババ様の魔術で次の里へと向かうのだった。




