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48話 プレゼントを手に

「風の妖狐の里」はだいぶ、いや、大いに様変わりしていた。


 普段の里は、古来の日本の村という出で立ち。藁葺き屋根と漆喰の壁の家々が立ち並ぶというものだ。


 住まう人々はみな妖狐であり、みな一様に緑系統の毛並みの尻尾と立ち耳があり、服装は男性が宮司のような服──上衣と袴のセットをそれぞれ好みの色で身に付けている。女性はアンリが身に付けている巫女服をそれぞれの色合いと丈の長さを変えて身に付けていた。古来の日本の村というには、いくらか神職の色が強いのだが、その生活自体は神職というよりかは農村のものである。


 住人それぞれがそれぞれの畑を耕し、農作物を育てるというもの。中には豆腐や油揚げ、漬物などの農作物の加工品を取り扱う店もあれば、ほぼ個人的な趣味でやっているであろう服飾雑貨の店もある。


 里で流通している貨幣は、この世界共通の貨幣「シル」だが、場合によっては物々交換をすることもあるようだ。そういうところも古来の日本の村という雰囲気をかもち出していた。……普段であれば。


 現在の里は普段の趣とは大いに異なっていた。


「……なんというか、すごいですね」


 絞り出したような声で一言告げるタマモ。その一言にレンとヒナギクも「……すごいね」と返していた。


 嫌な予感がしていたのだ。


 大ババ様の様子から嫌な予感はしていたし、宿屋の地下の階段の様子からも嫌な予感はあったのだ。


 本来なじみのないものを満喫しようとして、かなり無理矢理なことをしているんじゃないかという予想をしていたのだ。


 例えば、藁葺き屋根の上にネオンカラーなイルミネーションを用意したり、漆喰の壁にクリスマスリースなどを飾り付けたり、木の引き戸の前にオーナメントでデコレーションされたクリスマスツリーが置かれたりなどという和洋折衷にもほどがあるだろう、やや無理のある光景が広がっているのだろうと考えていた。


 なにせ普段丈の短い巫女服を身につけているアンリが、クリスマスカラーな巫女服を身につけているのだ。どう考えても里の中もクリスマスを意識した過剰な飾り付けになっているであろうことは想像に難くなかった。


「これはどうよ」と言いたくなるような光景を延々と見せつけられるのだろうと考えていた3人だったのだが、その予想はいい意味で外れていた。


「風の妖狐の里」の現在の姿は、普段のそれと変わらない。藁葺き屋根の上にはイルミネーションはない。漆喰の壁にクリスマスリースが飾られているわけでもない。木の引き戸の前にクリスマスツリーが置かれているわけでもない。


 ならなにが違うのかというと、それは光だった。


 里の至る場所に無数の色の光が浮かんでは消えていた。イルミネーションのように電飾の強い光とは違う、焚き火のような、夜営中の焚き火のような柔らかな光が色鮮やかに里を彩っていた。


 その光はイルミネーションのように華やかであり、クリスマスリースなどのように鮮やかに、そしてクリスマスツリーのように美しく里を飾っていた。


 地下の階段のようにクリスマスをイメージした飾り付けは一切なく、ただ無数の光だけが里の中にはあった。その光だけであるのにこれ以上となく里を彩っている。間違いなく言えるのは、ゲーム世界であるからこそ、現実にはない魔法という超常の力があるからこそ成立する光景──幻想的な光に包まれた、見慣れた里であるのに初めて訪れたような衝撃のある光景としてタマモたちの前に存在していた。


 その光景にタマモたちはただ息をのみ、言葉を失っていた。言葉を失いながらもどうにか絞り出したのが「すごい」という一言だけだった。たった一言だけ。されどその一言に込められた想いがどれほどのものなのかはクリスマスの準備をしていた大ババ様には感じ取れたのか、自慢げに胸を張っていた。アンリはそんな大ババ様と言葉を失うほどに感銘しているタマモたちを見て、穏やかに笑っているという三様になっている5人の前に、「わーい」と楽しげな声をあげて数人の子供の妖狐たちが、見た目は5、6歳くらいの子供たちが駆けてくる。


「眷属さま、ぷれぜんとくださいな!」


 子供たちはタマモの元へと駆け寄ると、きらきらとした目で両手を差し伸べてくる。なんとも現金なものだが、実に子供らしいものである。もっとも子供の見た目ではあるが、実年齢はタマモさえも越えるほどに生きているが、妖狐にとってみればそのくらいの年齢はまだまだ子供の範疇である。それこそ「この間まで母親のお腹にいたもんな」と言われかねないほどに。ぶっちゃければ、タマモの実年齢を聞いても妖狐たちはこぞって同じ事を言うだろう。それだけ妖狐という種族は長生きの種族である。


 その長生きの種族の子供たちに無垢な瞳を向けられるタマモは、苦笑いしつつも「はいはい、順番に渡しますからねぇ」とプレゼント袋から動物のぬいぐるみたちを取り出し、子供たちの両手の上にそれぞれ置いていく。両手の上に置かれたぬいぐるみに子供たちの目は輝かんばかりのものになり、それぞれがぬいぐるみをぎゅっと強く抱きしめた。


「ふかふかだー」


「きもちいいー」


「いいにおいー」


 子供たちはそれぞれの反応をしていたが、アンリがこほんと咳払いをした。


「あなたたち、旦那様、じゃなく眷属様からぷれぜんとをいただいたのですから、なにか言うことがあるのではないですか?」


 普段天然であるアンリからは想像もできない、お姉さんらしい一言が呟かれた。その言葉に子供たちは「はーい」と揃って頷くと、それぞれに顔を見合わせると息を合わせてぺこりとお辞儀をした。


「眷属さま、ありがとうございます」


「気にしないでください。皆さんのためのものですから。それでは良いクリスマスを。メリークリスマス」


「めりーくりすます!」


 タマモと子供たちはそれぞれに「メリークリスマス」と言い合った。それから子供たちは「ありとうございました」ともう一度お礼を言ってからまた駆けていく。その先には子供たちの親御さんらしき大人の妖狐たちがいて、プレゼントされたぬいぐるみを大人の妖狐たちに見せていた。大人の妖狐たちは「よかったねぇ」と言って子供の妖狐の頭を優しく撫でていく。なんとも微笑ましい光景であった。


「……なんとも微笑ましいものですねぇ」


 しみじみと呟くタマモ。レンとヒナギクもまた「そうだねぇ」と嬉しそうに頷いていた。


「眷属サマ、感慨にふけるのもよろしいですが、そう時間があるわけではないのでしょう? ではさっさと里を巡られるべきではないですかな?」


「それもそうですね。では、皆さん一斉に回っていきますよ」


 タマモの号令にレンとヒナギクはそれぞれが背負ったクリスマス袋を改めて握りしめると、不敵に笑っていた。


「それでは大ババ様の家に向かいながらプレゼントを配っていきますよ。30分後に大ババ様の家の前で集合です」


「了解」


「頑張るよ」


「それでは散開です!」


 タマモは真っ正面の大通りに向かって行く。ヒナギクとレンはそれぞれひとつ向こうの通りへと駆けていく。


 こうして「フィオーレ」のクリスマスイベントは始まったのだった。

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