47話 クリスマスカラー
かつーん、かつーんと音が鳴り響く。
「風の妖狐の里」へと繋がる階段を下っていく。
階段はいつもと変わらない。薄暗く、音が反響するもののまま。そう、構造自体はほぼ変わらない。変わらないのだが、地下は若干趣が異なっていた。
だが、そのことに対して大ババ様はあまり気にした様子もなく、どんどんと下りていく。大ババ様とは対照的にタマモたちはあんぐりと口を大きく開けながら、趣の異なる地下に戸惑っていた。
「あの、大ババ様?」
「なんですかな、眷属サマ?」
タマモは戸惑いつつも、大ババ様に声を掛けた。大ババ様は普段と変わらない様子で振り返る。その表情は薄ら笑いをたたえていた。「してやったり」とその顔に書いてあるのがよくわかる。
「えっと、これは?」
「これはと申しますと?」
「いえ、ですから様子がだいぶ違うのですけど」
「そうですかな? いつも通りの階段と壁ですが?」
「いやいや、全然違いますよ。だって飾り付けなんて普段していないじゃないですか」
タマモは若干呆れた様子で壁を指差す。普段寒々しい階段と壁があるだけの地下なのに、今日はなんというかやけに華やかである。階段には赤いカーペットが敷き詰められ、壁には大小様々なクリスマスリースが掛かっている。さらには一定の間隔で階段に小さなクリスマスツリーまで設置されてもいる。しかもツリーはどういう仕組みなのか、カラフルに光っている。イルミネーションもかくやというほどの懲りようである。
「まぁ、クリスマスですからなぁ。少しは派手にしても問題なかろうと思いましてな」
「いや、少しというレベルじゃないんですけど、これ」
「ここで驚いていたら、里では持ちませんぞ?」
「……里では?」
地下空間だけでも十分な変わりようだというのに、大ババ様の言い方だと、里はもっとすごいことになっていそうである。いったいどこまで手の込んだことをしているのやら。若干恐怖を覚えるタマモたち。それこそ里全体にイルミネーションが施されていてもおかしくなさそうである。
古来の日本の村という出で立ちの隠れ里が、色様々な電飾やオーナメントに包まれているのはなかなかに違和感だろう。想像するだけで「やらかしたかなぁ」と思わずにはいられないほどの違和感である。
そんなタマモたちの思考を読み取っているのか、大ババ様は非常に楽しそうに笑っている。そう、楽しそうな笑みを浮かべている。とても邪悪な笑みを浮かべて笑っている。その笑みを見てタマモたちの誰もが「ああ、嫌な予感がする」と思わずにはいられなかった。
その嫌な予感を抱きつつ、タマモたちは若干足取りを重くしながらも、階段をゆっくりと下りていった。そして下りきった先──「風の妖狐の里」には──。
「お待ちしておりました、旦那様、ヒナギク様、レン様」
──深々とお辞儀をするアンリがいた。いつもとは若干様子が異なる姿のアンリがそこにはいた。
具体的に言えば、丈の短さは普段の巫女服と変わらない。が、普段のそれは白を基調としてアクセントに赤が入っているというもの。しかしいまアンリが着ているのは普段とは真逆で赤を基調としたものになっている。
普段は露出していない肩もいまは露わになっていた。いや、肩どころか鎖骨の少し下くらいまで胸元も露わになっている。屈んだらいろいろとまずそうなほどにセクシーである。上衣にほぼ隠れるような短さの袴は普段とは違って真っ白である。すらりとした健康そうな白い脚をこれでもかと強調しているようだ。腰には緑色の帯が結われ、赤と白と緑というトリコロールカラーもといクリスマスカラーを富んだ巫女服となっている。足下はいつもの草履と足袋ではなく、黒いブーツで、トドメとばかりに頭の上には先端が少し垂れたサンタ帽に、金色のベルを黒みがかった緑の立ち耳に結うという、巫女服とサンタ服を合わせたような、和洋折衷な出で立ちであった。
「あ、アンリさん、そ、それは」
タマモはアンリの出で立ちに衝撃を受けているようで、わなわなと体を震わせている。アンリはタマモの視線を浴びて恥ずかしそうに頬を染めていた。頬を染めつつもタマモからの反応を待っているようで、尻尾がふりふりと振られている。
「うわぁ、アンリちゃん、かわいいね。いや、アンリちゃん自身がもともとかわいいけど、今日はいつもに増してかわいいね」
普段とはまるで出で立ちの異なるアンリにヒナギクは若干興奮している。アンリの周囲をぐるぐると周りながら、ヒナギクはアンリを「かわいいかわいい」と褒めていた。
「……露出多くね?」
レンはレンでふたりとは若干反応が異なっていた。どうにも視線を向けづらいというか、視線のやりどころに困っているようだ。レンとアンリとでは身長差があるのが理由だった。具体的に言えば、屈まなくてもいまのアンリの格好ではいろいろと危ない。ゆえに視線のやりどころに非常に困っているわけである。そんなレンの視線を敏感に感じ取ったのか、ヒナギクが「あんた、どこ見ているわけ?」と口元を大きく歪めて笑った。その笑みにレンが「ひぃぃぃ!」と悲鳴を上げたのは言うまでもない。
「あ、あの、旦那様。どうでしょうか?」
ヒナギクとレンのやりとりはまるで聞こえてもいないし、見えてもいないかのようにアンリはじっとタマモを見つめた。タマモは「あー」とか「うー」とか唸りつつも、アンリをちらちらと見やっては目を逸らすばかりでまともなコメントを出せないでいた。が、アンリは徐々にタマモへと近づいていく。タマモがどんなに視線を逸らそうともそれを許さないかのような押しの強さを発揮していた。その押しの強さについにタマモは白旗を揚げ、覚悟を決めたのか、アンリと正面切って向かい合うと一言、たった一言だが口にした。
「……似合っています」
頬どころか、金色の立ち耳まで真っ赤に染めてタマモは言う。その言葉にアンリははにかむように「ありがとうございます」と笑ったのだ。その笑顔にタマモは俯いてしまうも、アンリは嬉しそうにタマモの手を取って、「ふふふ」と笑っている。なんとも甘酸っぱい空気が漂っていく。
「……ふむ。アントンには今日我が家で泊まるように言っておくべきかの?」
喉の奥を鳴らして「くくく」と笑う大ババ様。具体的には言っていないが、どういう意図で言っているのかは明らかであった。
「……そういう「せいや」はいらない」
「ねぇ」
タマモとアンリ、そして大ババ様を見やり、レンとヒナギクはそれぞれにため息を吐いた。その後、アンリの出で立ちに慣れたのか、タマモがアンリの手を握り返せるようになってから、5人は里の入り口から里の中へと入っていた。入った里の中は──。
「うわぁ」
──様々な光に覆われた幻想的な光景に染まっていたのだった。




