46話 あかさたな
秘密裏での運営とのお話し合いは無事に終わった翌日──「プレゼント大作戦」当日、現在タマモたちはそれぞれプレゼント袋を持って移動をしていた。
目指すは大ババ様の宿屋であった。
正確には宿屋の地下深くにある隠れ里が目的地である。
隠れ里でぬいぐるみを配った後は、他の隠れ里にと大ババ様に転移させてもらう手はずになっている。他の隠れ里の正確な位置はいまのところわかっていないが、氷結王と風の妖狐の隠れ里の関係性を考えるに、「四竜王」の居城近くの都市にあるのではないかというのがタマモたちの共通とした見解である。
その見解に対して大ババ様はなにも言わなかった。ちなみにアンリに聞いても「わかりません」と困った顔をされてしまった。どうやら各隠れ里の正確な位置は各里の長にしかわからないことのようだった。……アンリが演技をしていないという前提での話にはなるが。
もっともアンリのことを「フィオーレ」の面々はよく知っているし、理解もしている。アンリが演技ができるかどうかなんてことは考えるまでもないことである。
「焦炎王様の居城はベルス近郊の「古塔」にあったことを踏まえると、「ベルス」に隠れ里があるってことだよね」
大ババ様の宿屋へと向かう最中、レンは顎に手を当てながらそう言った。「ベルス」にはまだレンしか到達していない。していないが、焦炎王の居城である地底火山にはタマモとヒナギクも行ったことがある。焦炎王がタマモとヒナギクを招き入れたからであるが、あまりの温度に獣人であるタマモは早々にダウンしてしまい、それ以来焦炎王はふたりを招くことはない。
代わりに焦炎王みずからが「フィオーレ」の本拠地にと訪れて、食事をしていくのが日常となっている。なおそのとき高確率で氷結王と遭遇することになるため、兄妹喧嘩が勃発することになる。
たいていの場合は食事速度比べとでも言うべき、ほぼ無意味な争いが展開することになるのだが、もはや「フィオーレ」内ではそれも日常と化しているため、最初は「結氷拳」の試し打ちをしていたようなタマモも、いまや呆れるだけである。
ちなみにだが、焦炎王と氷結王の姿を農業ギルドのファーマーたちはその正体を知らない。「鑑定」したところで「名称不明」と表示されるだけであるからだ。そのため、ファーマーたちの間では「謎の高位NPC」として密かに語られているのだが、そのことをタマモたちは知らないでいる。
そんな「謎の高位NPC」の一角として語られる焦炎王と近郊にある「ベルス」に存在するであろう隠れ里のことを口にするレン。本来なら本来ならチャット機能でも使って話すべきことだろうが、周囲には耳をそば立てる存在もいないため、警戒心なく通常の会話で話をしていた。
「そうですね。大ババ様はなにも仰いませんでしたけど、間違いなく「ベルス」の街の地下に隠れ里が広がっていると思います」
タマモもまた警戒することなく隠れ里についてを口にしていた。むしろ警戒するという発想自体がタマモには存在していなかった。考えることはレンと同様に隠れ里の場所のことだけだった。
「いまのところ「四竜王」様たちで居場所がわかっているのは氷結王様と焦炎王様だけでも、氷結王様と風の隠れ里の存在を踏まえると、やっぱり焦炎王様の居城の近くに隠れ里があるって考えるのが妥当だよね」
警戒心がなかったのはヒナギクも同じなようで、街中であるのにも関わらず平然とした様子で声に出して話している。「フィオーレ」の面々にとってこの会話は別に隠すほどのことではないという認識のようだった。
本来であれば、隠すべきことなのだろうが、氷結王も焦炎王もあまりにも日常の一部として溶け込んでしまっているため、秘匿すべきことという意識にはどうしても向かないのだろう。それは隠し称号を得ることでようやく訪れることができる妖狐の隠し里に関しても同じであった。さすがに妖狐という主語は抜いているが、隠し里に関しては平然と口にしてしまっていた。
なにせ隠し里と言っているにも関わらず、その里出身者であるアンリは平然とアルトの街中を歩いているのだ。もはや地域と密着しているようなものだと3人には思えていた。ゆえに警戒心など3人にはなかったのである。
「ここにあるのは風だから、ベルスにあるのは土とかかな?」
「なんとなく水ではないよな」
「そうですね。焦炎王様が火属性の方なんですから、相性が良さそうなのは土とかですかねぇ」
「でもそうなると残りふたつが」
「そうですよねぇ」
名前や居城からして明らかに火属性である焦炎王。その焦炎王の膝元に存在する隠し里が風以外のどの属性であるのかを考え始める3人。3人で考えて答えを導き出したところでこれといった報酬があるわけではないのだが、3人はそこそこに楽しみつつ話し合いを続けていた。ここに第三者がいれば、「イベントのことを話せよ」と言われかねないのだが、これもまたイベントに関係していると言えば関係していることのため、3人は躊躇することなく隠し里のことへの話し合いを続けていた。
なお、時折イベントに参加しているプレイヤーとすれ違うことがあったが、そのプレイヤーたちは3人が話す内容を、漏れ聞こえた会話を耳にして不思議そうに3人を見やってから、足早に立ち去っていった。その際プレイヤーたちが浮かべていたのはなんとも言えない顔、もっと言えばかわいそうなものを見るような目と顔をしていたのだが、そのことに3人は気づくことはなかった。
そうしているうちに大ババ様の宿屋はみるみるうちに近づいていき、そして──。
「……話し合いをするのはいいんだが、目的地を通り過ぎるのはどうかと思うんだがねぇ」
──大ババ様の声で話し合いは中断されることになった。3人が「はっ」とした様子で顔を上げると、そこはすでに大ババ様の宿屋の前である。その宿屋をスルーするうように3人は歩いて行こうとしていた。そんな3人の姿に宿屋前にいた大ババ様は大きくため息を吐いていた。明らかに呆れていた。
「話し合いをするのはいいけれど、あまり夢中になりすぎるのも問題だよ?」
やれやれと肩を竦める大ババ様。そんな大ババ様にタマモたちはばつの悪そうな顔をするしかできなかった。
「あと、あまり人気のある場所でその手の話題はしない方がいい。怪我のもとさね」
大ババ様は周囲を窺いながら言う。その表情はいままでになく真剣なものである。その表情に「うかつなことをしたのかも」と3人は緊張感を欠いていたのかもしれないと思ったが、当の大ババ様は「まぁ、そこまで気にしなくてもいいけどね」とあっけらかんに笑った。
「あんたらは里に行ける証がある。でも、その証がない連中には里の話はわからない。もし知り合いがいたら、「隠し里」と言ってみるといい。たぶんなにを言っているのかわからないだろうからね」
「どういうことです?」
「そのままの意味さね。「隠し里」と聞こえるのは証を持つ者のみだよ。証のないものは「あかさたな」としか聞こえないようになっているし、仮に入り口を見つけても底の浅い地下室にたどり着くようになっているのさ。とはいえ、人前で「あかさなた」を連呼していると、頭のおかしい人と思われるだけだからやめた方が無難ってわけさ」
「その証拠にほれ」と大ババ様があらぬ方を指差した。そこにはプレイヤーらしき人物が立っていたのだが、大ババ様と3人を見てなんとも言いがたそうな顔をしていた。どうやら4人を頭のおかしい人物として捉えているようである。風評被害にもほどがある。
「まぁ、そういうわけさ。だから人前ではあまりその手の話題は避けなよ」
喉の奥を鳴らすように「くくく」と笑う大ババ様。そんな大ババ様に「もっと早く言ってよ」と言わんばかりに苦々しい表情を浮かべるタマモたち。そんなタマモたちの視線を浴びても大ババ様の様子は変わらなかった。
「それよりも立ち話もなんだし、中においで」
大ババ様は宿屋のドアを開けて3人を招き入れる。言いたいことはあるが、いまはイベントを優先しようと3人は言いたいことをぐっと堪えて宿屋の中にと入って行くのだった。




